夏休みの章・4 結婚話再浮上?
三日間は、割とあっさりと過ぎていった。
順也とも時折他愛なのないお喋りはするものの、初日のような冗談は口にしなかった。
しかし飛沢の話題に触れた時、順也が話していたことが唯一気になった。
「先生、ぼちぼち結婚が近い気がするんだよね」
「え?」
コンビニで順也が結婚のことを訊ねていたのは知っていた。でも飛沢は否定していたはずだ。しかし、それを言ったら二人の話を盗み聞きしていたと暴露するようなものだ。
二人の話を耳にした時、あまりにも驚いものだから、その場にいた飛沢には、つい結婚の話を追及してしまったが、今となってはちょっと後悔している。
「へえ……そうなんだ」
取り敢えず知らなかった振りをすることにした。黙々と作業の手を休めることなく相槌を打つと。
「ひなたちゃんは気にならない?」
すかさず訊ねられ、思わず言葉に詰まる。
「ええと……」
気にならないわけじゃない。しかし、その問いはすでに飛沢から聞いている。
でも。
「やっぱり、ちょっと気になる」
「でしょ?」
順也は積み上げた本に腰を下ろす。順也と同じように本の上に座るのは気が引けたので、手近にある椅子に腰を下ろした。
「実はさ、バイト先に篠原さんと先生が飲みに来ていた時、二人の話を聞いちゃったんだ」
「話?」
「うん。土曜日だったかな? あ、そうだ。山田さんに合コン来てもらった日」
「あ……」
順也からのお願いで、ピンチヒッターとして合コンに参加した日のことらしい。思い出したくない醜態が甦る。
「あの時は……迷惑掛けちゃってごめんなさい」
「ああ、気にしない気にしない。酔っ払って吐くくらい、誰でもあることだから」
「……」
そうだ。酔っ払って吐いて、飛沢先生に送って貰って。
実を言うと具体的に何をしでかしてしまったのか覚えていない。人づてに教えてもらったことだけでも、何てことをしでかしてしまったのだろうと思う。
「ええと、話を戻すね」
「あ、うん。ごめんね」
お互い乾いた笑い声を立てる。
「その日さ、先生ウェディングドレスの試着に付き合わされて大変だったって篠原さんに愚痴ってるの聞いちゃったんだよね」
ウェディングドレス?!
確か順也には「知人の結婚相手」と言っていたような気がする。知人のドレスの試着に付き合うことがおかしいのか、よくわからない。しかし「ウェディングドレス」という言葉自体が、ひなたにとっては衝撃だった。
「先生は知人の結婚相手だって言っていたけど、普通は知人の結婚相手の試着になんて付き合わないだろうし。うちの姉ちゃん時だって、家族皆で同行したけど、友達は呼んでいなかったな」
「そっか。そう、だよね……」
順也の言うとおりドレス、しかもウェディングドレスの試着に付きそうのは家族や結婚相手が普通のような気がしてきた。
「篠原さんの話によると、すごい美人と痴話喧嘩っぽいのをしていたらしい。だから結婚の話を濁しているんじゃないかって思うんだ」
すごい美人。
痴話喧嘩。
普段の飛沢からは、とても想像がつかないような単語が次々と飛び出してくる。
その後は、順也の話が半分も頭の中に入ってこなかった。
「はああ……」
三日間の作業を無事終え、順也と正門にたどり着く前に別れた後、思わず大きなため息を吐いてしまう。
どうしてかわからないが、ものすごい疲労感だ。作業自体は順也のお陰で、そこまで大変には感じなかったはずなのに。
なんでだろう……。
ふと空を見上げると、薄らと黄昏色に色づいた空が街路樹の枝の隙間から垣間見える。ずいぶんと日差しは和らいだが、じっとりと汗が滲んでくるような暑さだ。
そっか、きっと暑いから疲れているんだ。
近くにあったベンチに座ると、さらに疲れが押し寄せて来た。冷たいものでも飲めば元気になるかもしれないと思ったが、根が生えたように身体が重たい。自動販売機は近くにあるが、立ち上がるのも面倒だった。
日暮れ前のせいもあり、昼間は多かった学生も今は少ない。普段は正門通りのベンチに座ることなどない。人通りが少ないせいもあり、こうしてぼんやり座っていても気にする者はいないと思うと気楽だった。
身体が重たい。特に重たいと感じるのは胸の辺り。お昼のお弁当のせいで胸焼けでもしたのかと思ったが、そうでもない気がする。
はあ、と何度目かのため息を吐く。でも一向に胸は軽くならない。
バッグを抱き締めるように胸に抱え、もう一度ため息を吐く。朱色の夕陽を避けるように目を閉じるが、自分の上に落ちた影に気づいて目を開く。
「山田さん?」
この声は。
勢い良く顔を上げると、相手――飛沢は驚いたように一歩後退した。