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夏休みの章・2 助っ人登場…と思いきや

 飛沢から頼まれた作業は、そう難しいものではなかった。

 不必要な本を片付け、新しいものを書棚に並べる。ただそれだけ。なのにどうしてこんなに手間取ってしまうのか。まずは量が多いということもあるが、本のタイトルが英文だったり、ドイツ語だったり、ぱっと見ただけでは判別できないものが多いせいもあるのだろう。


「暑い~」


 額に滲む汗を手の甲で拭う。

 古い建物であるせいか、エアコンの効きが悪い。そろそろお昼だが、飛沢が用意してくれたかき氷が恋しくなる。


「……うう」


 どうしよう。

 今食べてしまったら、残りの午後乗り切れるかどうか。

 でも……暑い!

 手についた埃を払って、冷蔵庫の前に立つ。冷蔵の扉を開くと、ひやりとした冷気が頬を心地よく撫でる。一番大きなカップに入ったレモン味のかき氷に手を伸ばしたその時だった。


「ひなたちゃん、頑張ってる?」


 突然、陽気な声が静かな研究室に飛び込んできた。


「ひゃああっ」


 驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げてしまう。勢い良く冷蔵庫の扉を閉め、その勢いのまま振り返る。


「じゅ、順也くん?!」

「こらこら、先生の冷蔵庫物色しちゃダメだよ」


 順也は悪戯っぽく、にやりと笑う。


「あの、先生が冷たいものを用意してくれてて……」


 勝手に物色していたわけじゃないよ。

 だけど、何だか言い訳をしているみたいで、最後まで言えなかった。困り果てて俯くと、つかつかと順也が近づいてきた。


「冗談だよ、冗談」

「え?」


 顔を上げた途端、おでこを指で弾かれた。つまりは、順也にデコピンされてしまった。


「いたた……」


 痛みよりも驚きの方が大きかった。思わず恨みがましい声が出てしまう。しかし、順也は悪びれた様子もなく、額を押さえるひなたを見て苦笑する。


「誰も本気で、人のものを物色しているなんて思っていないって」


 なんだ。冗談だったんだ。

 安堵しつつも、ちょっとだけムッとなる。


「……今日、先生いないよ」


 別に怒っているわけでもないのに、つい声が尖ってしまう。


「うん、知ってる。先生に言われたんだ、ひなたちゃんの手伝いをしてやってくれって。お昼ご飯、持ってきてる?」

「う、ううん」


 慌てて頭を振ると、順也は人懐っこく破顔する。


「よかった」


 順也は特に気に留める様子もなく研究室の中へと入ってきた。途端、ふわりと何だかいい匂いが漂ってきた。どうやら匂いの元となるものは、順也が手にしたレジ袋の中身のようだ。手近な長テーブルの上に置いた。


「コロッケ弁当買ってきたんだ」


 そう言いながら、順也は白い発泡スチロールに入った弁当を取り出した。油と香ばしいコロッケの匂いが研究室に立ち込める。


「先生に教えてもらった店なんだけど、荒井精肉店って知ってる? ちょっとここからは離れているけど美味いんだ」


 知っているもなにも、荒井精肉店のコロッケは子供の頃からお世話になっている。食事のメインにもよし、おやつにもよし、父親のビールの肴にもよし。


 そっか。先生もここのコロッケ気に入ってくれたんだ。


「そっか……ありがとう」


 自分が作ったわけではないのに、自分が気に入っているものを好きになってくれるだけで嬉しい。


「あ、これ先生の奢りだから」

「え? そうなの?」

「うん、ひなたちゃんと旨いもんでも食えってお昼代貰ったんだ」

「え……」


 冷たい飲み物やかき氷、その上お昼ごはんまで奢って貰うなんて。



「そんな……いいのかな」

 嬉しいというよりも、何だか申し訳ない。ひなたの遠慮を汲み取った順也は、軽く肩を竦める。 


「実は俺が先生にタカったんだよね。論文で忙しいからバイトできなくて金欠なんだ。だから、昼飯代を浮かせるために、ひなたちゃんをダシに使わせてもらいました」

「順也くん……それはちょっと」


 ちょっとそれはあんまりじゃないだろうか。咎めるような視線を向けると、順也は真顔でひなたの視線を受け止めた。


「なんて冗談。ひなたちゃんの手伝いをするって言ったら、バイト代の代わりに昼飯代出してくれたんだ」


 そんな真顔で言うことだろうか?

 普段見ない順也の表情に、思わずドキリとしてしまう。

 格好良い人は、どんな表情をしていても格好良いのだと、妙なことに感心してしまう。とはいえ、順也の好意は嬉しかった。でも。


「そうだったんだ、ありがとう。でも」


 いくら本の量が多いとは言え、三日間あれば一人でも十分だ。エアコンの効きが悪いとはいえども、一応はエアコンがある室内での作業だし、冷蔵庫には冷たいものもある。


「忙しいんだから、わたしのことは気にしなくていいよ。一人でも大丈夫だから」


 すると順也は不服そうな顔になる。


「あのさ、わからない?」

「? 何が?」


 一体何のことだろう?

 首を傾げると、順也は不貞腐れたようにそっぽを向いてため息を吐く。


「あの……順也くん?」


 無意識のうちに、機嫌を損ねるような発言をしてしまったのかもしれない。狼狽えたひなたは、恐る恐る訊ねる。


「ごめんなさい、わたし……わからなくて、あの」


 すると、今度は盛大なため息を吐かれてしまった。


「そうじゃなくてさ、単にひなたちゃんと一緒に居たかったからだよ」


 よかった。別に気に障るような発言をしてしまったからではなかったようだ。


「なんーだ、そうだったんだ」


 ホッと安堵したの束の間、改めて順也の言葉を頭の中で反復する。

『単にひなたちゃんと一緒に居たかったからだよ』

 わたしと……一緒に居たかったって……。


「えっ?!」


 それって、どういう意味?!

 ひなたは驚愕の声を上げた。

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