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夏の章・20 不可解な女心と、複雑な男心

「ああ、こんにちは」


 驚いた。ものすごく驚いた。しかし、感情が表に出ない性質のため、誰からも驚いているとは気づかれないのは幸いだった。


 もしや、今の話を聞かれていた?


 聞いていたところで、ひなたがどう思うかなんてわからない。いや、どうとも思わない可能性だって十分にある。


 落ち着け――。


「あ、あの、図書館で勉強していこうかと思いまして、お昼ご飯を調達に来たんです。今学食がお休みですと、やっぱり不便ですね」


 慌てふためいた様子でそう告げると、手にしたコンビニ弁当を差し出した。


「先生知ってますか? 今このお弁当ものすごく人気があるんですよ。昨日は売り切れちゃったんですけど、今日はうん良く残っていたんです。あと二つ残っていますから、先生もいかがですか?」

「ああ……」


 今日の彼女は、少々テンションが高くはないか?

 少々押され気味になりつつ、ひなたが手にした弁当を覗き込む。


 この「たっぷりデミグラスソースと、とろとろチーズハンバーグ弁当」と命名された弁当には、チーズを乗せた大きなハンバーグが鎮座していた。名前のとおり、濃褐色のデミグラスソースが下に敷かれたライスを隠すほど掛かっている。


 今日は軽めに済まそうと思っていたが、せっかく彼女が勧めてくれているというのに無碍にするのも心苦しい。


「せっかくだから試してみようか」

「はい、ぜひ」


 途端、ひなたは嬉しそうに破顔する。こんな笑顔を見れるなら、胃もたれの一つや二つなんその……と思ってしまう自分は、やっぱりどうかしている。

 当たり障りのない雑談をしながらコンビニエンスストアを出る。


「ところで先生は……」


 そろそろ大学の正門に差し掛かろうとする時だった。


「あの、ご結婚されるのですか?」


 単刀直入な質問に、誉は思わず固まった。


「すみません、さっきお話しているの、聞いてしまったんです」


 やっぱり聞いていたか。

 それもそのはず、あんな狭い店内で、あれだけ大声で話していれば、店中筒抜けなのは仕方がない。


「あれは……」


 そっぽを向いたまま、軽く髪を掻き毟る。

 怖くてひなたの顔を見れない。もし期待いっぱいの表情を浮かべていたら、ちょっと立ち直れそうにない。


「小原くんの勘違いだ」

「えっ……そうなんですか?」


 ひなたの驚きの声が上がる。


「残念ながら、結婚に至るような付き合いをしている女性もいない」

「ええっ!」


 またもや驚きの声を上げる。

 彼女の心中に、一体どんな驚きがあったのだろうかと考える。



 一、この歳で彼女がいないなんて信じられない。

 二、先生みたいな素敵な人に彼女がいないなんて(これはまずないだろう)。

 三、もしかして彼女じゃなくて、相手は彼氏?



 ざっと考えてみたものの、誉のボキャブラリーではこの程度しか思い浮かばない。


「……そんなに驚かなくてもいいだろう」

「す、すみません……」


 ちらりと肩先に見えるひなたを盗み見る。申し訳なさそうに肩を竦めているひなたの様子が伺える。

 なんというか、決まり悪い上に気不味い。

 しかし、そう思っていたのは誉だけだったようだ。隣りで小さな笑い声が聞こええてきた時は、一体何事かと思ってしまった。


「……山田さん?」

「すみません」


 軽い笑みをこぼすと、冗談めいた口調で言った。


「実は……お祝いとか、どうすればいいかなって考えちゃいました」

「ずいぶんと気が早いな」

「先月、高校の時の友達が結婚したんです。友達皆でプレゼントをしようって話になって、色々考えていたら、全然話がまとまらなくって。だからこういうことは、早めに考えておかなくちゃって思ったんです」

「それはいい心がけだ」


 今日のひなたは、いつもより饒舌だ。普段よりもテンションも高いかもしれない。

 身近な人間の結婚話に浮かれているのかもしれないが、誉にとっては複雑な気分だ。


 期待させて申し訳ない、と言うべきなのだろうか?

 妙に嬉しげなひなたを横目に、誉は複雑な気分だった。

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