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夏の章・13 帰り道、二人で

 どうも、この状況は落ち着かない。

 ひなたに荷物を持たせ、自分は手ぶらでいるという状況のせいなのか。

 はたまた、ひなたとこうして肩を並べて歩いている、という状況のせいか。


 キャンパスを抜けるまでは、この状況が他人の目にはどう映っているのか気にしていたが、本人が気にするほど人は気にしないようだ。

 そもそも、誉とひなたが並んで歩いているところで、何かを勘ぐるような雰囲気はまるで無い。せいぜい怪我をした誉の荷物を、ひなたが代わりに持ってやっていると思われるくらいであろう……まあ、まったくその通りなのではあるが。


 ちらりと、肩ごしにひなたを見下ろす。彼女は今の状況に大して不満も無さそうに自分の隣を歩いているのが、不思議でならなかった。


 暦の上では夏になったものの、まだまだ夕暮れ時は夏の気配は程遠い。

 わずかに肌寒い夜風が心地いい。またもや、ひなたの様子を盗み見る。以前よりも少し伸びた栗色の髪が、さらりと風に揺れる。街灯に浮かび上がる彼女の横顔は、入学した当時よりも少し大人びて見える気がした。


 しかし、ほんの二ヶ月程度で変わるものであろうか。肩に掛かるくらい長くなった髪のせいか、もしくは手慣れてきた化粧のせいか。

 つい見つめ過ぎてしまったのかもしれない。誉の視線に気づいたかのように、ふとひなたがこちらを見上げる。だが、まさか誉と目が合うとは思っていなかったらしく、一瞬驚いたように瞠目すると、慌てて目を背けてしまう。


「……申し訳ない」


 何か言わなければ不自然だ、と思って口走ってしまったものの、唐突だったのかもしれない。ひなたは一瞬きょとんとなるが、すぐに誉が言わんとする意味に気づいたらしい。


「いえ、そんな!」

 大きく頭を振ると、控えめにはにかんだ。


「これまで先生には失礼なことばかりだったので、少しはお役に立てるようなことができればなって、ずっと思っていたんです……なんて、荷物持ったくらいで何言ってるんでしょうね、わたし」


 恥じ入るように苦笑すると、すみませんと頭を下げる。


「…………いや」


 知らなかった。ひなたがそんな風に思っていたとは。

 別に気にしてもいないし、そんなに失礼なことばかりされたような記憶もない。強いて言えば、一番最初に会った時のことであろうが、すべての非がひなたにあったわけではない。


「…………」


 こういう時、何かを言うべきであろう。だが、何をどう言えばいいのかがわからない。


「……………………」


 だが、こうして二人で話すという機会は滅多にないだろう。誉とて、いつまでもひなたに引け目を感じていて欲しくない。だったら、言わないといけないだろう。


 自分に対して引け目を感じる必要などないのだと。そんな風に線を引いて、接して欲しくないのだと。


「山田さんはいつも真面目に頑張っていてくれるから、もう十分に助かっている」

「……本当、ですか?」


 誉が大きく頷いてみせると、安堵したようにふわりと微笑んだ。


「いいえ……あの、その…………よかったです」


 少しは伝わっただろうか。彼女の控えめな笑顔が見れたことに安堵を覚える。


 束の間流れた沈黙の後、ひなたがぽそりと呟いた。


「……先生、元々はどちらに住んでいたんですか?」


 ここから三十分程離れた駅を告げると、ひなたは不思議そうに首を傾げる。


「思ってたより近いですね」

「ああ、そうなんだが……」

 確かに実家から通えない距離ではない。現に、この春まで実家から通っていたのだから。


「そろそろ実家から出るのもいいかと思ったんだ」


 父親が再婚をするから家を出たんだ、とはさすがに言いづらい。しかし、いつまでも実家に居座っているのもどうかと思っていたのも事実だ。


「じゃあ、家事とかも自分でちゃんとやってるんですか?」

「ひと通りは」

「じゃあ、お料理も?」

「簡単なものなら」

「たとえば?」


 いつになく積極的に問い掛けてくるひなたに戸惑いつつ、よく作るメニューである適当な炒飯、適当な味噌汁をいくつか上げると。


「先生、すごいです!」


 ひなたは感嘆の声を上げると、眩しいものを見るように誉を見上げる。少々大袈裟ではないかと思うが、彼女にとってはすごいことであるらしい。


「炒飯だって、あるものを適当に刻んで冷や飯と一緒に炒めるだけだ。味噌汁だって同じようなものだ」

「でも、わたし、そんなに色々作れません」

「具材を変えてバリエーションを増やせはするが、基本は炒飯と味噌汁だ。色々作れるというわけではない」

「でも」


 ひなたは恥じ入るように肩を竦ませる。


「今だにわたし……カレーとシチューしか作れません」


 それだけでも作れるならいいのではないかと思ったが、ふとカレーとシチューの類似性に気がついてしまう。


 ああ、そうか。

 多少の違いはあるものの、この二つのメニューの具材はほぼ同じものだ。

 後は、カレールウを入れるか、シチュールウを入れるか。


「っ……」


 つい吹き出してしまいそうになるが、ここで笑うのは彼女に失礼だ。どうにか堪えるものの、ひなたに気づかれてしまったようだ。


「先生、笑わないでください」

 ひなたは困ったように眉をひそめる。しかし、笑うなと言われると、余計に笑いがこみ上げてきてしまう。


「ふ……はははっ」

 堪えきれず、つい短い笑い声を漏らしてしまう。


「でも、美味しいって評判なんですよ。うちの中では」

 ひなたは拗ねたように軽く唇を尖らせる。


「そうか、すごいな」


 どうしても笑いが滲んでしまうのが隠しきれない。すると、ひなたはくるりとそっぽを向いてしまう。


「……本当、なんですよ」


 何故かはわからないが、彼女の耳と首筋は、暗がりでもわかるほど真っ赤に染まっていた。

もう少しペースを上げるよう、頑張ります!

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