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夏の章・9 恋に恋する

「わたし……」


 ひなたは顔をくしゃくしゃにすると、手にしたハンカチをぎゅっと握り締めた。


「もう無理です……」


 顔を伏せたまま、くぐもった声で呟くと、またぽろりと涙を零す。

 無理とは、合コンのことであろうか?

 どう言葉を掛ければいいのかわからず、戸惑っていると、ひなたは涙声でぽつりぽつりと語り出す。


「全然喋れなくて……せっかく話し掛けてくれても、全然話が続かないんです」

「ああ……」


 確かにひなたは、初対面の人間相手といきなり打ち解けて話せるようなタイプではない。誉と普通に会話が交わせるようになったも、割と最近の話である。相手が順也や篠原のように、相手のテリトリーにぐいぐい入ってくるような人間なら、また話は別かもしれないけれども。


「そんな調子だから、ノリが悪いって言われてしまって……ノリが悪いって言われても、どうすればノリがいいのかわからなくて」


 その気持ちはよくわかる。誉自身、よく言われていた台詞であるのだから。


「それで……すごく疲れてしまって…………お腹が空いたからお料理を食べようかなって思っても、一緒にいる女の人たち、全然手を付けていなくて……仕方がないから飲み物しか口にできなくて……」


 なるほど、道理で。

 ひなたがどうしてこれほどまでに酔っていたのか、ようやく誉は納得した。何も食べずにアルコールばかり摂取していれば、悪酔いもするはずだ。


「そうしたら、隣に座っていた男の人が、色々サワーとかカクテルとか頼んじゃって、なんだか飲まないと駄目だよって言われて」


 もしやあの男か?

 ひなたを迎えに来たスポーツマンタイプの青年を思い浮かべる。見た感じは清潔感のある好青年風だが、飲めない人間に無理やり酒を飲まそうとは感心できる行為ではない。


 ――しかも、人をおじさん呼ばわりしていたな。


 せいぜい五、六歳……もしくは七、八歳程度だろうか。とにかく、十歳程度下の男に「おじさん」呼ばわりされる筋合いはない。

 今更ながらに怒りがこみ上げてきた。しかしその怒りが、ひなたに強引に酒を飲ませたことに対してなのか、自分をおじさん呼ばわりしたことに対してなのかは、自分でもよくわからない。

 何はともあれ、気に食わない……と、誉は結論づける。


「先生、わたし……」


 ひなたの声が震えた。

 話しているうちに気持ちが高ぶってきたのだろう。新たに込み上げてくる涙が、ぱたぱたと音を立てて、握り締めたひなたの手の上に落ちる。


「わたし、もう一生彼氏ができないかも……」


 この世は終わりだと嘆くような、悲壮な声。ひなたは、ハンカチをぎゅっと握り締めると、ぽろぽろと涙を零す。

 合コンでうまく立ち回れなかったからといって、一生彼氏ができないという発想に至る経緯がよくわからない。しかし、何よりも、どうやったらひなたが泣き止んでくれるのか。


 わ、わからん……。

 誉は困った。大いに困った。困り果てたと言ってもいいだろう。情けないが、女性の扱いスキルに乏しい誉にとって、これまでにない困難な状況であった。

 こういう時、篠原なら「優しく抱き寄せて、ハンカチがわりになってやればいいんだよ」とでも言いそうだが、そんなことできるはずもない。


「山田さん、取り敢えずハンカチを使いなさい」


 ひとまず、本物のハンカチに役に立ってもらおうと思ったが。


「はいぃ…………」


 返事はするものの、相変わらず手の中に握り締めたまま、涙を拭おうとはしない。役に立っていないハンカチを横目に、宥めるようにひなたの背中を軽く叩く。

 小さな背中は、嗚咽をするごとに震えていた。体温も高く、服越しでも熱が伝わってくる。


 恐らく、彼女がこんな状態なのは、酔っ払っているせいもあるのだろう。部類としては、泣き上戸というやつか。普段よりも饒舌なのも、酔いが成せる技に違いない。

 この場合、合コンが上手くいかなかったイコール彼氏ができないというわけではないのだと説明をし、彼女に理解してもらうことが適切なのか。はたまた、黙って彼女の言い分を、気の済むまで聞いてやるのが適切なのか。

 あれこれ思案していると、不意にひなたが口を開いた。


「最近、智美ちゃんに……彼氏ができたんです」


 智美ちゃんが誰かは知らないが、きっと彼女の親しい友人なのだろう。


「いいなあ……智美ちゃん」


 心底羨ましそうに、ぽつりと呟く。

 ひなたが、そこまで彼氏が欲しいと望んでいるとは意外だった。


「山田さんは、彼氏が欲しい?」

「はい」


 潔いほどの即答だった。


「合コンに誘われた時、どうしようって思ったけど……ちょっと期待もしていたんです。もしかして、この人っていう相手に会えるのかなって…………」


 まだ涙の乾かない頬のまま、ひなたは嬉しげに語る。

 彼女はまだ、恋に恋をしている状態なのだろう。恋に憧れる気持ちもわからないでもないが……。


「残念ながら、合コンはそれほどロマンティックなものではないぞ」


 敢えて言わなくても彼女だってわかっているだろう。余計なことだとわかっていながら、つい言わずにはいられなかった。


「……はい」


 はっとしたように彼女は目を見開くと、夢見がちな己を恥じるように俯いてしまう。罪悪感が胸を掠めたが、何故か言葉が止まらない。


「それに、山田さんには、合コンは向いていないと思う」

「そんな……」


 打ちひしがれた声に、ぎくりとする。

 ……しまった。

 余計な発言で、ひなたを落ち込ませてしまったようだ。噛み締めた唇が微かに震えているのがわかってしまう。


 何をやっているんだ、俺は。

 誉は内心慌てつつ、フォローの言葉を考える。


「つまり……合コンではなく、サークルだとか、同じ講義を取っていて、よく顔を合わせる人間だとか、昔からの友人だとか」

「つまり、親しい相手から……ですか?」

「そうだな」

「…………」


 一応誉の意見を考慮しているらしい。軽く眉を寄せ、じっと握り締めたハンカチを見つめている。


「親しい相手……智美ちゃん、とか」

「この場合は男性でないと」

「あ……そうですね……あ、祥君」

 知らない異性の名前を出されて、思わずドキリとする。


「どういう……間柄で?」

「弟です」

 脱力しそうになるが、辛うじて冷静に答える。


「…………血縁者以外で」

 眼鏡を外して、眉間を抑える。


「はい」

 ひなたは曖昧に頷くと、ふわりとした眼差しを上げる。誉と間近で視線がぶつかる。


「じゃあ、たとえば……」


 ひなたは曇のない真っ直ぐな瞳で、誉をじいっと見つめた。

ずいぶん前話から空いてしまいました(汗)

書いていたら長くなってしまったので、途中で切って次話に回そうと思います。

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