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01 燃え立つ始原のエロス

なぜ、人間のエロスだけが、終わりなき「煩悩」と化してしまったのだろうか。生殖という目的だけを見れば、他の動物のように発情期が過ぎれば関心を失えばいいはずだ。しかし、サピエンスだけが文明の檻に入ってもなお、寝室の暗闇で激しい情動に身を焦がし続けている。


本『エロス起源論』シリーズが突きつける最大のコンセプトは、私たちが官能の極致において味わう「実存の震え」はすべて、数万年前の荒野で先祖たちが生き延びるために駆動させていた、脳の原始回路の木霊こだまであるという冷徹な真実だ。


私は官能小説を書いている。長年言葉を用いて粘膜の熱や肌触りを紡いできた。本稿では、ユヴァル・ノア・ハラリの歴史論、ジョルジュ・バタイユの侵犯の美学、そして中沢新一氏の対称性の思考を重ね合わせ、立ち上がったサピエンスが直面した「垂直の崇高さ」と「水平の残虐」の相克を解き明かしていく。

遺伝子に刻まれたエロスの初源へと降りていく、妖艶なる思考実験の幕を、今ここで開けよう。


何編も官能小説を書いている間に、自分の中にいくつかの仮説が育っていくのを感じていた。

それは、エロスの根源は極めて血なまぐさいものだ、ということだ。


よく「食べたいほど愛している」というが、エロスの本質を突いた、この上ない比喩であり表現だと、ずっと思っていた。


しかし、実は昔は、それは単なる比喩ではなかったのではないか?

本当にその柔らかな肉を貪っていたのではないか?

甘みと旨味のある濃厚な血を啜っていたのではないか?

抗う者の声に恍惚としていたのではないか?

痛みと苦しみに悶え絶叫するその声と肢体に、ギラギラと興奮していたのではないか。


そんな思いを抱かせる、衝撃的な本と出会ってしまったのだ。

ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』である。


この『全史』を開いたとき、私は背筋が凍るような歴史の真実に直面した。


かつて地球上には、ネアンデルタール人、ホモ・エレクトス、ホモ・デニソワなど、多くの異なる人類種が同時に存在していた。しかし、約1万3000年前、私たち「ホモ・サピエンス」だけが唯一の生き残りとなった。私やあなたも含め、今この星にいる人類はサピエンスだけなのだ。


なぜ、他の人類種はすべて絶滅したのか。

おぞましいことだが、サピエンスによる徹底的な排斥、すなわち生存競争の果ての「殲滅せんめつ」が、頻繁に、大規模に行われたのではないかと、この『全史』は暗黙に語る。


『全史』を基に、私は原始の風景にエロスの残虐性を重ねる。

狩猟に出かけた男たちは異なる部族や人類種と戦い、敵の男を駆逐し、富を略奪し、逃げる女たちを襲い、捕獲し、己のものとした。あるときはその肉を喰ったかもしれない。この激しいまでの攻撃性と嗜食ししょく性が、私たちホモ・サピエンスの中に、DNAとして受け継がれているのではないか。


この仮説に従えば、「食べたいほど愛している」理由が説明できそうだ。

私は、女を愛しながら、脳内で女を食べているのである。


そんな幻想を根底にしながら、このエッセイを纏めた。


もちろん、これは現代の倫理や法における性の話ではない。文明という衣服をすべて剥ぎ取った荒野で、私たちの先祖が生き延びるために駆動させていた「脳の原始回路」の話だ。


私のエロス観は、文化人類学者の中沢新一、作家で哲学者のジョルジュ・バタイユに深く影響を受けている。そこに、ハラリの壮大な歴史論を重ね、二足歩行とエロスの起源を書いてみた。

この作品はnoteの「エロス起源論Ⅰ」にも収められています。

一気読みしたい方は一度覗いて見て下さい。

https://note.com/kaito_x999/n/nd0a8b659ea0d

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