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私の心を溶かした春

作者: 佳上 成鳴
掲載日:2026/04/10

短編小説ですが、心を込めて書きました。


少しでも心に響いてくれると嬉しいです。

 一日一善。そう心掛けて生きてきた。

 人に感謝されることをすると気分がいい。自分に価値がある。そんな気分になる。


 刺すような冷たい空気が満ちている冬の朝。私は高校へ向かう道を歩いていた。吐く息が白く変わり空気へと溶けていくのを眺めながら学校へと進む。軽快に歩くとあちこちで朝の挨拶が聞こえてきて気分もいい。そろそろ受験勉強が本格的になってきた二年の冬は勉強の厳しさを感じていた。行きたい大学は決めている。一年の頃は実験が好きなので理系に進みたいと思っていた。今は遺伝子に関わる仕事を目指して日々勉強に励んでいる。私には高い目標かもしれないけど頑張りたい。


 風邪に気を付けるようにお母さんに言われてマスクを持たされたけど、息が苦しく感じて苦手なのでそのままカバンに入れてある。最近は個包装のマスクもあって清潔に持ち歩けるのはいいなって思う。

 制服は凄く可愛くてお気に入り。制服目当てで入学してくる人も結構いる。私鈴木綾(すずきあや)もその一人。校則は比較的自由で胸までのストレートヘアをおろして、これもお気に入りのカチューシャをしてきた。ヘアケアには最近力を入れていて、黒髪に天使の輪が出来て今が一番いい状態じゃないかなって思ってる。

 今日は一段を寒さを感じるけど心は何故か軽い。きっと昨日の小テストの点数が良かったからだ。先生にも褒められた。

 足取りも軽く歩いていると前を歩くおばあさんが咳をして、手に持っていたハンカチを落とした。私は慌ててそれを拾い声を掛ける。


「落としましたよ。大丈夫ですか?」

「まぁ、親切にありがとうね」


 可愛いおばあちゃんという感じの女性は微笑んで拾ったハンカチを受け取る。私も微笑んでハンカチを渡す。するとおばあちゃんはコホコホと咳をした。


「いやぁね、この寒さで風邪引いたのかしら? さっきから咳が止まらなくて」


 恥ずかしそうにそう言っていたので、カバンからマスクを取り出し差し出した。


「これ、良かったらどうぞ」


 差し出されたマスクを見ておばあちゃんは嬉しそうに受け取った。


「まぁ! ありがとう。優しいのね。助かるわ」

「いいえ、お役に立てて良かったです」


 早速マスクを付けてくれて微笑んでくれたので、私も微笑んで何だか柔らかい空気になって意味もなく嬉しくなってしまう。


「似合うかしら?マスクって似合うのか心配になるのよね」

「大丈夫です。お似合いですよ」


 そう言って二人で笑顔で別れた。やっぱりいい事をすると気分がいい。おばあちゃんの役に立てて良かった。そんないい気分で学校へと向かった。


 学校はいつも通りだった。授業受けて友達と冗談言い合いながら笑って……楽しい一日を過ごして学校生活を謳歌して過ごした。


 放課後、掃除当番だったのでごみを捨てに焼却炉へ向かった。

 冬の寒さが風を纏って綾に襲い掛かる。頬に風が当たるとそこが氷のように冷たくなったように感じる。


「おー寒!」


 独り言を言いながらごみを捨てて校舎へと戻る。さっさと掃除を終わらせて帰って勉強しなくちゃ、なんて思って教室のドアを開けようとするとクラスメイトの話声が聞こえてくる。


「綾ってさー何か良い人ぶってない?」

「あ、分かるー良い事して満足気というかさ」

「うんうん、自分は正しいみたいに思ってる所あるよねー」

「ただの自己満だよね」

「私あの子嫌い」

「私も」


 ドアを開けようとした手は止まり、目の前が真っ暗になるような感覚だった。心臓はドクンドクンと鳴り、時間が止まったように感じる。


(良い人ぶってる? 自己満……嫌い……)


 今聞いた会話がぐるぐると頭の中を回り何度も繰り返される。どうやって呼吸していたのか分からなくなったように息苦しい。それと同時に自分が価値の無い人間のように思えた。


 それからどうやって学校を出たのか覚えていない。ただ友達たちの笑顔が仮面を付けているように思えたのは覚えている。力無くふらふらと歩いていると前を歩いていた年配の男性のポケットから財布が落ちた。反射的に拾って声を掛ける。


「あの、これ落としましたよ」


 振り返った男性は鬼の形相をしていて言葉を失う。


「お前、俺のポケットから盗んだのか!」


 予想外の事に言葉を失ってしまう。驚いた表情をしていたのだろう。


「そんな顔をしていてもお前が盗んだのは分かっているんだぞ! 演技が上手いな! 来い! 警察に突き出してやる!」


 男性に腕を掴まれ引きずられる。


「ま、待ってください! 私本当に拾っただけなんです!」

「嘘をつくな! 俺は財布はポケットの奥の方に入れていたんだ! 落ちる訳がない!」


 そんなことを言われても本当に落としていたのだ。でも物凄い勢いの男性にどうしていいのか分からない。 

 その時だった。


「おやめなさい!」


 声の主の方を振り向くと朝のおばあちゃんが立っている。今朝のニコニコした表情とは違い、とても怖い顔をしていた。


「私は見ていましたよ。あなたがスマホをポケットから取り出した時にお財布が落ちたのを」

「なんだ、この……」

「それをこの子が親切に拾ってくれたのにお礼を言うどころか泥棒呼ばわりとは何ですか! 恥を知りなさい!」


 街中で人々の注目は男性に注がれた。それに気づいた男性は悔しそうに立ち去って行った。男性がいなくなっても綾はその場に茫然と立っていた。するとおばあちゃんはにっこりと微笑んで綾の背中に手を添えた。


「大丈夫? あんな人放っておきましょ」


 そう言って背中をさすってくれる。おばあちゃんの温かい手を感じて綾の目からは涙がこぼれた。


「あらあら、大丈夫? さぁこれで涙を拭いて」


 そう言って差し出されたハンカチを見て綾は嗚咽しながらボロボロと泣いてしまった。


「私……わたし……」

「さぁここのベンチに座って」


 言われるままに横にあったベンチに座るとおばあちゃんも横に座って背中をさすり続けてくれる。


「気にすることないわ。あなたは間違ったことはしてないんだから」


 そう言われて綾は首を振って、学校であったことを話始めた。おばあちゃんは黙って聞いてくれて、ひと通り話すとおばあちゃんが言った。


「そんなことを言うのは友達なんかじゃないわ」

「私……そんな風に思われてたなんて……ショックで……」

「そうよね、傷つくわよね」

「はい……」


 そう答えて大粒の涙を落とす。おばあちゃんはハンカチで涙を拭きながら優しく語り掛ける。


「ねぇ、ほら、このマスク、覚えてる? 私とても助かったのよ。今度会ったらお礼を言おうと思ってたの」

「お礼なんてそんな……」

「今日ね、お友達と大切な約束があったの。でも咳が止まらなくて困っていたのよ。私達ってもう年でしょう? ちょっとした風邪でも大変なことになってしまうことがあるの。移してしまったらいけないから、残念だけど帰ろうと悩んでいた時にあなたがマスクを出してくれて嬉しかったわ。おかげでお友達と楽しい時間を過ごせたの」

「それは……良かったです。でもマスクはお母さんに持たされたけど苦手でそのままカバンに入れてただけだったんです」


 正直に打ち明けるとおばあちゃんはふふ、と笑った。


「それでもね、あなたが私を気遣ってマスクを渡してくれたことは変わりないわ。私はあなたの優しさのおかげで楽しくできたのよ」


 綾はただおばあちゃんを見つめる。おばあちゃんは綾の視線を優しく受けとめてくれる。


「あなたのその優しさを分かってくれる人は絶対にいるわ。分かってくれない人は心の外に追い出しちゃいなさいな」


 おばあちゃんは綾の手を握った。皺のある手が綾の冷えた手を包み込んでくれる。温かい……それが物理的に手が温かいのか、おばあちゃんの優しさで温かく感じているのかは分からなかったが、心が少し軽くなる。


「分かりました」


 綾がそう答えるとおばあちゃんはにっこりと微笑んだ。つられて綾も微笑む。


「そう! その笑顔でいるといいわ!」


 綾にはおばあちゃんの優しさが嬉しかった。おばあちゃんは冷えた心を温めてくれた魔法使いのように感じる。


「ねぇ? 連絡先交換しない? 私、あなたとお友達になりたいわ」


 驚いたけど嬉しい提案だった。こんな素敵な人と友達になれたらきっと楽しい。


「はい、是非!」

「よかった! お名前は何というのかしら? 登録するわ。私はね、亜矢っていうのよ」

「えっ……! 私も綾っていいます」

「まぁ! なんて素敵なのかしら! こんな可愛いお嬢さんと同じ名前なんて!」

「私も嬉しいです」


 そう言って二人は笑いあった。綾の心の中にはあのどす黒い悲しみは無くなっていることに気付く。


 亜矢おばあちゃんと連絡先を交換して、また会いましょうと約束をして別れた。悲しいこともあったけど、新しい友達が出来たことが嬉しくて、心の中は春のように温かさを感じている。こんな友達がいい。温かさを感じるような嬉しい関係。


 綾はそう思って家に向かって歩き始めた。

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