6話:二人のターニングポイント
今日は水嵐。
止水の作成のためにスイリュウとパレットは街の外に出る。
「もしもーし見えてる?聞こえてる?」
携帯電話の画面を見ながらパレットは声をかける。
「聞こえてるよ。パレットはカメラに近づきすぎ」
パレットの携帯からはトウメイの声がする。
「よかった。街のギリギリ外なら嵐の影響無く電波が届くね。それじゃあ始めようか」
「はい、よろしくお願いします」
ぺこりと画面越しにトウメイがおじぎする。
「と言っても黙々と水に魔力を注ぐだけなんだけれどね」
「いえ、弟子は師匠の背中を見て学べと言いますから!」
「なんの漫画を見たんだか」
やれやれとテントのイスに腰掛けながらパレットは返す。
「大層な背中じゃないんだけどなぁ」
ボソッと呟くのはスイリュウ。
作業はスイリュウの言う通り淡々と進んでいた。
パレットはトウメイとのおしゃべりに花を咲かせている。セクハラまがいのからかいに晒されていたスイリュウは、これからもできるだけトウメイを呼ぼうと思った。
「今さらなんだけどさぁ」
パレット作られた止水が詰められたボトルを眺めながらスイリュウに声をかける。
「この水、単純な魔力だけじゃなくて何か混ざってない?水嵐の魔力とも、スイリュウの魔力とも違う何かが刺々しく視える」
目を細めながらボトルを照らしてパレットが言う。
「すごいな。そこまで視えるのか。僕なんかよりもよっぽど良い目をしている」
「そりゃどうも。で、実際のところはどうなの?それもこのテントみたいに秘密?」
「そうだね、パレットなら僕が滞在している間に気づく気はするけれど、企業秘密ということで」
「師匠の背中を見て学べって事ね」
「師匠じゃないけれどね」
「頑なだなぁ。双子の弟子を持つ魔法使いとかかっこよさそうなのに。ねぇ?画面越しに膨れているお姉ちゃん?」
「知りません……でも良いと思います」
「……それでやる気が出るのなら、好きに呼びなさい」
むくれたトウメイと思い通りになってニヤニヤしているパレットに嘆息しながら許可を出す。
「やった!ししょーありがと!」
ニッコリとしながらパレットがスイリュウの隣に座る。「あーーー!」と遠くからトウメイの声が響く。
「ってあれ?水無いじゃん」スイリュウの作業スペースに未処理の水が無い事に気づく。
「会話がひと段落するまで休憩してたんだよ。外に取りに行こう」
そう言うとスイリュウは貯水タンクを、パレットはトウメイの映った携帯電話を持って外に出た。
テントのドアを開けると、そこは薄紅色のもやが充満していた。
「え、雨やんでる」
パレットは怪訝な顔をする。
スイリュウは表情を変えて「まずい!早く中に……」
言いかけたところで二人はその場に倒れこんだ。
「パレット!師匠!」
トウメイが電話越しに叫んでも返事は聞こえない。テレビ電話も明後日の方向にカメラが向いている。
かれこれ5分は状況が変わっていない。人を呼ぶ事すら忘れ、トウメイはパニックに陥っていた。
「どうしたら……」
塔から二人が作業をしているであろう場所を見つめる。
目に映る薄紅色のもやに不安が煽られる。
悲しい別れはもう経験している。だからと言って目の前に届くのにまた大切な人も自身を救ってくれるおせっかいな人も失いたくない。絶対に嫌だ。嫌だ。
パレットの事を想い、喪失の恐怖におびえるトウメイに魔力の光がまとわりつく。スイリュウの腕を吹き飛ばした時以上の魔力の奔流がトウメイの指先で堰き止められているのをトウメイは自覚する。
「力なら、あるんだ」
トウメイは呟き、最後の門を開いた。
時間にしてほんの数秒だった。瞬間的な魔力砲はスイリュウとパレットまで一直線に伸び、もやを霧散させた。
「パレット!師匠!」
トウメイはもう一度叫ぶ。
「……ん」
スイリュウが呻きながら身体を起こす。遅れてパレットも目を覚ます。
二人は顔を見合わせて、険しい顔をしている。
「スイリュウ、アンタ」「パレット、君は」二人はお互いに口を開きかける。
「良かった!!良かった!!」
涙声で叫ぶトウメイに遮られる事で二人は携帯の画面を見る。
「あぁ、トウメイ、もしかして君が?」
回らない思考でスイリュウが訊ねる。表情の険しさは深層に沈んだ。
「はい。私の意思で、思った通りに魔力を飛ばす事ができました」
「そうか、助かったよ。そして大きな進歩だ」
何が起きたのかをハッキリと認識し、気を取り直して声をかける。
「そんな事はどうでも良いんです。本当に良かった……」
「そうだね、こんな事にもなったし、そもそも水嵐もやんでしまったし、今日のところは撤収かな。トウメイのおかげでまだもやが消えているうちに帰ろう。パレット、完全なイレギュラーだった。すまない。トウメイも怖がらせてしまった」
「え?あ、あぁいいよ別に。魔力嵐が危険なのはわかってるし、事故だってあるよ」
まだ本調子じゃないのか、少し遅れてパレットが返す。
「それだけじゃないよ」
真剣さが伝わるような声でスイリュウがさらに返す。
「……うん」
俯くパレットの表情は誰にも見えない。
「それじゃあトウメイ、また後で」
「はい、お夕飯の時に」
そうトウメイが言うと電話が切れた。
静寂がテントを包む。スイリュウは片付けを進めているが、パレットは座ったまま動かない。
「……何が起きたかの説明はいるかい?」
スイリュウが口を開く。
「いらない。『夢雲』の混線でしょ?滅多に起こらないって聞いてる」
「そうだね。滅多に起こらない。今回は近くにいた事と、パレットの目を基点にした感受性の高さが影響したかもね」
夢雲は魔力嵐の一種である。薄紅色のもやの中に入った人間をこん睡状態にし、死に至る夢を見せる。
実のところ、夢雲の脅威は高くない。夢雲の見せる夢は過去の強い負の記憶、すなわち『過程はどうあれ乗り越えた出来事』でしかないため、基本的に死ぬことはない。
ただしそれは自分の経験だからである。
夢雲の混線とは、夢雲によって抽出された記憶が別の人間の中で再生される現象の事を指す。混線した夢の持ち主がその時抱いた未経験の悲しみや自殺欲求に駆られてしまう危険性がある。
「トウメイに感謝だわ。もう少し遅れていたらどうなっていたかわからなかった」
机に突っ伏す形でパレットは続ける。
「ねぇ、このテントの事も、その腕の事もわかったわ」
「やっぱりその夢か。夢雲にかかるといつもそうなんだよね。無事で良かったよ」
「スイリュウ、アンタは……」
言葉が続かない。なんと言えば良いのかわからない。それでも心の中にずるりとのしかかりまとわりつく不快感をパレットはどうにかしたかった。
「パレット、“オレ”も忘れるから、忘れてくれ」
スイリュウは遮る。優しさでもあるが拒絶である。
「……」
顔を上げ、口をパクパクと動かすが、パレットの声が聞こえることは無かった。




