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4話:スイリュウは教え、パレットは学ぶ

 その後のスイリュウの記憶は曖昧だった。

 パレットがブルの娘だった事にスイリュウは驚きはしたが納得もした。街の最重要人物の友人兼お目付け役だ。街の長に歳の近い同性の子供がいるのならその役割が回ってきても不思議ではない。

 ただ、その後の言葉にはしばらくの間頭がはたらかなかった。

「双子なんだよね。私たち。私が妹」

 目をパチパチとしばたたかせるスイリュウを見てパレットが説明をする。


「マジかぁ……」

 一夜明け目を覚まし、昨日の事をスイリュウは反芻する。

 眠った事で思考も整理される。ブルがパレットの訓練を渋った理由も想像がつく。

 大事な双子の娘をポッと出の男に二人揃って任せる気にはなれないだろう。トウメイは命の危険があるがゆえの緊急措置だったが、パレットはそうではない。この街には彼女の資質を伸ばす土壌が無いにしても、そこは譲れないのだろう。

 それに、ブルにとって二人は忘れ形見だ。

 それでも最後には折れてくれた。

「責任重大だ」

 その意味を考えながら大きく伸びをしてベッドから起き上がった。

 自室にあてがわれた部屋を出て階段を下りるとパレットが朝食の準備をしていた。

「おはよ、師匠。寝ぐせができてるよ」

 ニヤニヤしながらパレットが声をかける。昨日の今日で「姉の師匠」から「双子の師匠」になったことを面白がっている。

「おはようパレット。師匠は重すぎるからせめて先生にしてくれると助かるよ」

「えぇ~、トウメイには師匠って呼ばれてるのに私はダメなの?」

 口をとがらせながらパレットがぶーたれる。

「トウメイの訓練は命を預かっているのと同じだから師匠でも間違いではないよ」

 初対面でトウメイの食いつきに気圧されたというのが本当のところなのだが、これ以上パレットにネタを提供する気も無いので黙っていた。

 寝起きの身体にパレットの淹れてくれたコーヒーを染み渡らせながら、スイリュウは身支度をした。


 今日の天気は雷嵐。

 パレットと有志の魔法使いを連れて訓練を行う予定だ。

 昨日の今日ではあるが結界魔法の訓練にそれなりの人数が集まってくれた。

 雷嵐は絶え間なく雷が降り続ける嵐。魔力の乗った雷は避雷針に誘導されるが破壊をもたらす。街を守るなら半球状の結界に避雷針を立て続けなくてはいけない。

 街を出て開けた場所まで移動する。訓練を受けるメンバーは手練れで思い思いの方法で雷を避ける。二人組で魔法を行使するものもいれば、三人組で互い違いに魔力供給をしながら雷を避けるものもいる。一人で魔法を行使しているのはスイリュウだけだ。

 自身の魔力では魔法は使えない。それが魔法の大原則だ。その原則を無視しながら悠々とスイリュウは集団の前を歩いている。

「やっぱりすごいよね先生は。どうして一人で動けるの?」

 出会ってからの数日間に何度も訊ねてははぐらかされる質問をパレットは懲りずに投げかける。

「みだりに話すものじゃないよ」

「えぇ~同じ屋根の下で暮らしているのに?」

「言い方が悪い」

 何人かの魔法使いが疑わし気に目を向ける。

「間違っていないでしょ?し・しょ・うはお客さんなんだから」

 疑わし気な周囲の視線は(そういえばそうだった)と言わんばかりに霧散した。

 この街には宿屋は無い。街の起こりからして魔法社会では生きられないトウメイの子孫のために出来た街だ。それ以上の機能は無い。強いて言えば魔法が完全に介在しない科学技術の実験場としての価値はあるが、わざわざここまで来る変わり者はそこまでいない。

 そもそも、トウメイが垂れ流す魔力の流れが実験に影響する可能性だってある。

 そのため、不意の来客にはブルの娘で何かと自由が効くパレットが対応する事になっている。家も専用に改造されており、パレットの居住区と来客部屋は分けられている。それぞれの部屋には鍵も完備している。スイリュウも初めは年頃の少女と二人で過ごす事への忌避感があったが、散々からかわれている内にどうでも良くなっていた。

「“先生”ね」

 うんざりしながらも雷避けの魔法は途切れない。


「さて、じゃあ始めましょう。まずは避雷針の設置から」

 開けた場所まで移動し、早速訓練を始める。今日の目標は魔力のこもった針を絶え間なく発生させる魔法の訓練だ。ハリネズミやハリセンボンなど、様々な呼び名があるこの魔法を大地に発生させる。ただし広範囲に、である。この魔法の基本的な用途は防御である。身を守るカウンターの盾の時もあれば、自身の周囲に立てる事で避雷針にすることもできる。実際、今日の道中をほとんどの者がこの魔法でしのいた。

 しかし、今回の最終目標は街を覆う結界を張り、その上にハリネズミよろしく避雷針を設置することである。ゆえに一人が担当する面積は自衛で使用する時の比では無い。それに加えて、当然自分自身を守る必要もある。

「意識が散る……キツイ」

 訓練が始まって1時間ほど。半数ほどは膝に手をつきながら息をしている。普段からこの魔法に慣れている熟練者でも用途が変われば意識も変わる。

「お疲れ様です。一度休憩にしましょう。次は僕の言うペアでやってみましょう。片方が自衛を、もう片方がハリネズミを張るようにしましょう」

 そう言うとスイリュウは消耗の激しい者を自衛用の避雷針担当に、他の物を結界用の避雷針担当に振り分けた。

 そこから先は順調だった。自衛役は普段通りの実力を発揮し、結界役は自衛役を信頼し、より広い範囲に避雷針を立てた。この二者を分けるのは才能の差ではなく、魔法の解釈だ。自衛役の魔法使い達にとってこの魔法は雷嵐を超えるためのモノである。実際、自衛役の魔法使いの方が年齢層が高く、長年この魔法を自衛で使っている内に固定観念に囚われてしまっていた。

 対して、結界役の魔法使い達にとってこの魔法は大地に棘を生やす魔法である。この魔法を使う経験がまだ少なく、自衛に使うものという経験を伴う実感が足りていないのだ。

 パレットはもちろん結界役の魔法使いだ。そもそも魔法の訓練をまるで受けていない。双子の母親が存命だった頃は、母親と共に勉強をしていたらしい。トウメイの体質自体は先祖代々の体質なので既知だったのだが、少し遅れて産まれたパレットがどのような体質を持っているのかは心配の種だったようだ。トウメイを留守番にしては各地を周り、魔法使いの教師にレクチャーを受けていたらしい。トウメイはその度にむくれて可愛かったとパレットは話していた。

 結果としてパレットに健康上の問題は無い事がわかり、この行脚も終わったのだが、魔法資質自体が特異だったのもあって、街に帰ってからは訓練ができずにいた。

「飲み込みは早いだろうと思っていたけれど、ここまでとは」

 スイリュウの視界はパレットが単独で立てた避雷針で埋め尽くされている。

 最初にパレットにしたアドバイスはたった一つ。「その杖は筆。視界はキャンバス。パレットなら好きに描けると思う」それだけだった。

 空に絵を描くかの様にパレットは大地を棘立たせる。魔法への感受性の高さが空間認識能力の向上に繋がっており、さながら魔眼のようだった。


「やっぱりパレットの目はよく見えているね」

「私自身は自覚ないけれどね。世の中には魔力の流れが色で見える人もいるらしいけれど、そうじゃないし」

「大抵の人は見るだけで狙ったところに魔法は唱えられないよ。空間把握能力が魔法で強化されているのかもね」

「うーんそうなのかなぁ。私の特性って色んな属性の魔法が使える所に寄ってるんでしょ?そこからさらに反則じみた正確さまであったらなんでもできそう」

 自身の素質に懐疑的ではあるが悪い気はしないようでパレットは得意げになる。

「真面目にやればね」

「はいはい」

 釘を刺すスイリュウを軽く流してパレットは疑問を投げかける。

「スイリュウは今までに魔力の流れが見える人とかに会ったことはあるの?」

「……無いかな」

「ありそうな間だなぁ。暇つぶしなんだから教えてよ」

「わかったよ。目じゃないけど耳がものすごく良い子には会った事がある」

「耳?魔力が音になっているってこと?」

「空気の振動とは別に魔力の波を聞き分けているのかもね。いかんせん小さな子供だったから説明も要領を得なくてね」

「へぇ~色々な人がいるんだなぁ」

「その街に滞在していた頃はどこにいても僕を見つけて付きまとってたよ」

「え、何かやらかした?」

 パレットは目の前の男が特殊な性癖を持つ可能性を考えゾッとする……フリをした。いつものからかいの延長だ。

「何もしてないよ……。なぜか母親の発する魔力と似ていたらしくて、それでね」

「生き別れの姉がいたとかそういう事?」

「話が飛躍したなぁ。そこはわからない」

「ふーん、まぁ姉の師匠が子供に悪さする変質者じゃなくて良かったという事にしておこう」

「はいはい、それがわかってくれたなら良いよ」


 訓練を追えて夕餉時、スイリュウとパレットはトウメイの住む塔に来ていた。

 用事が無ければ夕飯をトウメイの塔で食べるのはスイリュウがやって来る前からの決まり事だ。

「私も訓練の様子を見たいなぁ」

 パレットが自分の魔法を自慢げに話すのを見てトウメイはふくれる。

「近場でやる分にはテレビ通話は使えそうだけどね、今日の場所じゃ無理じゃない?」

 羨まし気にふくれるトウメイを優しく見ながらパレットは返す。

「師匠、止水(しすい)作りの時はすぐ外でテント立てて作業してましたよね?それくらいなら電波も届きますか?」

「多分届くと思うよ。トウメイの魔力圏は揺らぎが小さいし、そこから少しはみ出たくらいなら電話は繋がるんじゃないかな」

「それなら、そういう時は電話でお邪魔しても良いですか?」

「うん、もちろんいいよ」

「わぁ、ありがとうございます!」

 ふくれ面がパァッと明るくなる。

「勉強熱心な事で」

 にやりと見つめるパレットの視線はあたたかい。


 夕飯も終えて、机には湯呑が並んでいる。

「さて、時期的にそろそろ炎嵐が来ると思うから前にも話した訓練プランをおさらいしよう」

 そうスイリュウが切り出すと、トウメイは姿勢を正して「はい、よろしくお願いします」と応えた。

「まずはトウメイの現状から。君の魔力量は先天的に大きく、この街を魔力嵐から守れるほどの範囲に影響を及ぼす」

 トウメイは頷く。

「そんな強大な魔力の結界を押さえ込むように小さくしていくのは無理だと思う。

 幼少期ならできなくもなかったけれど、今となってはトウメイ自身が『自分の魔力は結界』だと強固なイメージを持ってしまっている。そうなると円形に流れ出している魔力をそのままの状態で押さえ込むのは難しくなる。

 だから、最初の目標は魔力に指向性を持たせる事にしようと思う。

 これは人に魔力を渡す時に誰もが無意識にやっている事なんだけれど、トウメイにはその感覚を掴んでもらう。

 イメージとしては、初めて会ったときに僕の両腕を落とした時の事をイメージしてくれれば良い」

 当時の事を思い出したのか、トウメイは恥ずかしげに頬をかく。

「その感覚が掴めたなら、今度は送り出す魔力の量を調節する。

 トウメイの強大な魔力を、過不足なく魔法を使うパートナーに注ぎ込めるようになればゴールだ。これが出来るようになれば、すでに魔力は体内に抑えられているよ」

「はい、頑張ります。それで、具体的な方法は決まったのですか?」

「これを使おうかなと思う」スイリュウは机に道具を置く。

「これは、水鉄砲?」


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