2話:パレットは監視する
炎嵐を待つ事になってから二日が経過した。
昨日は風が乗った“嵐”、今日は“水嵐”が吹いている。
スイリュウは街の外に出て嵐を視界に収める。
「何してるの?」
背後から声がする。
パレットだ。スイリュウはこの二日間彼女の家に居候している。食事の時はトウメイの下に二人で訪れ、座学や雑談に花を咲かせている。
「止水を作ろうと思ってね」
「へぇ、初めから魔力によく馴染んでいる魔力嵐の水が材料になるのね」
「そんな感じ。ただの水からも作れるけれど、工程は少ない方が良い。量もあるしね。すまないね、見張り役とはいえ外に着いてきてもらって」
「まぁ、そういう仕事だしね。でも魔法はアテにしないで。アンタみたいに一人では使えないから」
「それはもちろん。そもそも魔法は一人じゃ使えないからね」
自分の魔力で魔法を唱えることはできない。ゆえに魔法を使う際は少なくとも二人組でいる必要があるのはこの世界の大原則だ。
「じゃあ私の目の前にいる男は人間じゃないかもね」
不審げにパレットはスイリュウを睨む。
「よく言われるよ。どこに言っても魔法を使えば化け物呼ばわり。助けた人に恐れられた事もある」
軽く笑いながらスイリュウがそう返すと、パレットはバツが悪そうに顔をしかめ、「悪かったわね」と謝罪した。
「別に気にしていないよ。出会ったばかりのよそ者がこの地の最重要人物に関わろうとしているんだから。見張りの役目としてはむしろ正しい」
「そう言ってもらえると助かるわ。まぁ、見張りが一人って時点で魔法が使えないから脅威でも無いだろうけれど」
「そう言って、魔力を注ぐだけで起動する魔道具で不意打ちしたりしないかい?」
「さっきの根に持ってる?意外と意地悪だね。そんな凶器を持っていても勝てる気はしないしそもそも持ってきてないわ」
少しムッとしながらパレットが言う。
「ごめんごめん少しからかいすぎた。君が丸腰なのは視ればわかるよ」
「視るって、なんだかイヤらしい」
両手で自分を抱きながら、スイリュウの視線を浴びる面積が減るように体をよじらせて、パレットはスイリュウをジッと見る。
「……勘弁してくれ。確かに視たが、それは魔力の流れだけだよ」
ため息をつき頭をかく。精一杯の抗議の態度を取る。
「冗談よ。さっきのお返し」
自分を抱いていた手を上に上げ、ヒラヒラと手を振る。
スイリュウはそれを一瞥し、作業に戻る。
スイリュウは懐からミニチュアのテントを取り出す。
「なにそれ」
パレットが覗き込むのを無視してテントを目の前に放り投げる。
瞬間、ミニチュアのテントは寝泊まりも容易な大きさのテントになった。
「ほー、見事なもんだね」
テントを見上げながらパレットは手を打つ。
「どうぞ。雨具だけじゃしのげないでしょ」
そう言いながらテントの入り口を開けてパレットを迎え入れる。
「……連れ込み?」
「あのね、本当に……」「わかってるって。中はもっと広いから肩寄せ合う必要は無いんでしょ?大魔法使いサ・マ」
意地悪くにやりと笑いながらパレットは抗議を遮る。
「そうだよ」
ため息まじりに返すスイリュウの横を駆け抜けてパレットはテントに入った。
「わぁ、想像以上に広い。風呂まで付いてるし、家だこりゃ」
ポカンと口を開けながら感心した様子でパレットが辺りを見回す。
「そりゃどうも。破損したら僕の魔力をぶんどって補修してくれるから、ちょっとした要塞だよ。くつろいでくれていい」
「この街に一人でたどり着く時点で手段はあるのはわかっていたけれど、ここまでめちゃくちゃだとは思わなかったよ……。同じ機能を持った普通のテントなら燃費も良いし。スイリュウの魔力量が多いのは当然として、よっぽど防御機能が優れているのね」
「魔力量自体は人より少し多いくらいだよ。このテントのキモはパレットが言った頑丈さと、魔力のランニングコストの安さにある。
一般的なテントは、魔力供給を継続することでテントの『守りの魔法』を成立させている。
僕のは逆で、適宜魔力供給をする仕組みになっているんだ。
具体的には、魔力を通さないチューブを張り巡らせて、その中に魔力を通すんだ。魔力を通さないと言うのはある意味摩擦の無い入れ物とも言える。このチューブに流し込んだ魔力は高速で滑り続けることで循環する。循環している魔力がチューブの強度を保ってくれるし、チューブが破損した時はテントに刻印されている『裁縫の魔法』に魔力を使用して、チューブを補修する。魔力絶縁体に裁縫の魔法が通用する理由は専門的過ぎてわからないけれどね。そしてチューブの補修が終わったところで魔力が吸われることでまた魔力の循環が再開される。このテントは必要な時にストックされた魔力を使用することで断続的な魔力供給を可能にしているんだ」
「……信じられないけど、変わり者には変わり者のコネがあるってことね」
お手上げなパレットを見てスイリュウは苦笑気味に応える。
「コネって言うほどじゃないけれどね。若い頃に試作品として貰ったんだ」
「随分とモノ持ちがいいことで。今でも十分な性能を発揮しているあたりこの魔道具師は相当やり手だね。今や業界で知らない人はいない売れっ子魔道具師だったりする?」
「どうだろうね、もう連絡を取ってないからわからないや。あまり魔道具の領域にも明るくないし」
(おや?)パレットは違和感を感じる。
「意図的に避けてる訳ではなく?」
「そうかもね。でもそれは秘密だから訊かないでくれると助かる」
「はぁ、わかったわ。面白そうな予感がしたんだけどしょうがない。高速で循環するスイリュウの魔力にいたぶられちゃうかもしれないしね」
くねくねちらちらにやにやと、パレットはスイリュウを見つめる
「……」スイリュウは無言を貫き、作業を続けた。




