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28話:スイリュウは断言する

 スイリュウがアイと顔を合わせてからさらに二日後。

 スイリュウは生家の掃除を行っていた。

 昨日まではパレットも掃除の手伝いをしてくれていたが、今日はトウメイの引っ越しの手伝いに呼ばれていた。

 トウメイは宣言通りアイを師事し、住み込みで働く事になった。

 パレットはスイリュウの生家で暮らす事になった。

 生家はスイリュウの両親が亡くなった時にあらかた整理をしていた。とは言っても当時のスイリュウには家の物を処分する決断ができない状態だったので物が溢れかえっている。

 なのでまずは断捨離から作業が始まった。

 この二日間、パレットはスイリュウの私物やアルバムを見つけては昔話をせがんできたので全く捗らなかった。

 テントもあるのでダラダラと家の整理をしても困りはしないが、パレットと二人でくつろぎたい気持ちが強いスイリュウはパレットの居ぬ間にサクサクと不要な物を処分していく。

 ただ、自身の私物についてはパレットの為に残しておいた。


 なんとかリビングの片付けを終えて、残しておいたソファでくつろいでいると、鍵を開ける音がした。

 しばらくしてやってきたのはトウメイだった。

 鍵はパレットにだけ渡していたので、スイリュウは何かあったのかと思い、ソファから立ち上がる。

「あ、師匠はそのままで良いです。パレットもこの後来るので」

 立ち上がるスイリュウを手で制止ながらトウメイが言う。

 不審に思いながらスイリュウは腰かけ直す。

「あ、というかもう師匠では無かったですね」

 そんなスイリュウの態度を見ないフリをしてトウメイは軽口を叩きながらダイニングテーブルにあるイスに腰かけた。

「そうだね、教えられる事ももう無いしただのスイリュウだ」

「冗談です。師匠は師匠のままですよ」

「喜んでおくよ」

「それに、ただのスイリュウでは困ります。ちゃんとパレットの事を任せられる人じゃ無いと」

「耳が痛いな。期待に応えられるように努めるよ」

「まったく、何度念押ししても断言してくれませんね」

「ごめん。やっぱり僕はこういう人間なんだ」

「いいえ、その断言しない性格はむしろ誠実に感じて悪くないですよ?

 ただ、今日はちゃんと言質を取らせてもらいますね」

「え?」

 トウメイは立ち上がり、廊下へ向かう。

「師匠は目を瞑っていてくださいね」

 そう言うとトウメイはリビングを出て行った。

 状況が理解できないままスイリュウはトウメイの言いつけに従い目を閉じる。

 遠くから家のドアが開く音が響き、玄関を上がる音がする。それがパレットのものだとスイリュウは感じた。

 ミミのような聴力を持っている訳では無いが、スイリュウの耳はすっかりパレットの音を覚えていた。

 パレットがリビングに入った事をスイリュウは感じる。

 足音はパレットのものだけで、トウメイは不在のようだ。

 パレットの足はスイリュウの側で止まり、そのままスイリュウの隣に座ったようにスイリュウは感じた。

 パレットがソファに寄りかかると、その分スイリュウもパレットの方へ沈み込み、二人の肩が触れ合う。

 視覚を閉ざされ耳と鼻が鋭敏になったスイリュウはパレットからふわりと届く香りが普段と違う事に気づく。

 スイリュウは隣に座るのがパレットである自信が薄れてしまい「パレット?」と声をかける。

 トウメイからは目だけ塞げば良いと言われていたのに、ついつい口まで閉ざしていたのだ。

 スイリュウの呼びかけに、応じるように隣人がスイリュウに身体を預ける。

 義手越しなので体温を感じる事はできない。

「もう目を開けても良い?」

 隣に居るのがパレットだと確信できたスイリュウは、頑なに返事をしないパレットに確認をする。

 するとパレットがソファから立ち上がり、スイリュウの膝の上に乗りながら抱きしめてきた。

 パレットの髪がスイリュウにかかるのを感じる。普段と違う香りの発生源は髪の毛だった事にスイリュウは気づいた。

 それと同時にスイリュウの身体の前面を覆うようにパレットの熱を感じる。

 温かくも早鐘を打つ鼓動にスイリュウは安心しきっていた。

 スイリュウも腕をパレットの背中に回すと「きゃっ」と声が漏れた。ようやくパレットの声が聞けて、スイリュウは喜びを感じた。

「もー」

 とパレットが悪態をつく。

「目、開けて良い?」

 そんな愛らしい存在にもう一度許可を願う。

 パレットは大きく深呼吸をした。吐息がスイリュウをかすめる。

「いいよ」

 パレットの許可が出る。

 スイリュウが目を開くと、長時間目を閉じてぼやけた視界が青に占領された。

 二度瞬きをして目のピントを合わせる。

 視界の青はパレットの髪だった。よく見たら目も青く染まっている。裸眼のようだ。

「パレット、これ」

「前に言ったでしょ、黒染めしてるって。専用の塗料だから専用のものがないと痛まずに落とせなくてね。ようやく手に入ったからさっき落としてきたの」

 普段と違う香りがパレットからしたのは染料落としのものだった。

「実はトウメイの引っ越し手伝いってのも嘘で、って聞いてる?」

 パレットが今日一日の事を語っているが、スイリュウはその青く染まった髪に強く見惚れていた。

「あ、あぁごめん。見惚れてた」

 素直に思った事を言うスイリュウに、パレットは恥ずかしげに顔を背ける。

「でも、どうして?」

 過去にパレットが髪と目の色を自衛のために変えていた事を知っているスイリュウは不思議に思った。

 その疑問にパレットは蚊の鳴くような声で返したが、至近距離で会話していてもスイリュウの耳には届かなかった。

「え?」とスイリュウが顔を近づけると、パレットもズイッと顔を寄せてスイリュウの耳元に顔を寄せる。

「スイリュウに綺麗に思って欲しかったのと、スイリュウに守って欲しかったから」

 声量は先ほどと変わらないが、今度はきちんとスイリュウの耳に届いた。

 スイリュウは顔を遠ざけ、パレットの顔を見つめる。

 トウメイの言葉が頭に鳴り響くのを感じる。

 ありのままの姿でパレットがスイリュウの隣に居られるように、降りかかる火の粉から守る決意を見せろ。そう言われている気がした。

 それでもスイリュウは説得を試みようとした。そんな自分がさすがに無様に思えた。

 愛する人の姉に発破をかけられてもなお自分は変われないのか。

 スイリュウは口を開こうとして、止まった。

 ここが最後のチャンスなのかもしれないと思った。彼女が愛した青色を一生閉じ込めるのか。

 けれど、そのせいで彼女に何かあったら、今度こそ自分は終わってしまうだろうとスイリュウは確信している。

 心が立ち直ったからと言って強くなるわけじゃ無い。ひび割れ砕けない一線を見極められるようになるだけだ。

 言葉を探すスイリュウは、パレットと出会う前の事を思い出す。綺麗な青い髪をひた隠しにした少女の事だ。

 目を瞑り、決断する。

「あぁ、とても綺麗な青だと思う。僕が君をそうやって染める事ができているのだと嬉しく思う」

「そ、そう」

 即答されなかった事でまだ身構えているパレットに、スイリュウは言葉を続ける。

「独り占めにしたいくらい美しい青だ。誰にも渡したくない」

 そう言い切るや否や、パレットがもう一度首に手を回して抱きついてきた。

「ちょっとキザだったかな」

 顔が見えなくなったパレットにスイリュウが訊ねる。

「むしろ臭すぎるでしょ」

 パレットが返した。

 それから少しだけ沈黙が流れる。

「良かったぁ」

 パレットが抱きしめる力を抜いてへなへなとスイリュウにしなだれかかる。スイリュウはそれを抱き留める。

「えぇっと、改めて言うよ。パレット、君がありのままの姿でいられるように僕は君を守る」

「うん」

 パレットはさらに身体の力が抜ける。文字通り骨抜きの状態でかろうじて返事だけは返した。

「もうひとつ」

 骨抜きのパレットがぼそりと言う。

「もうひとつ、ほしい」

 ただただ甘えるような声音でスイリュウに寄りかかり直す。

 スイリュウは今さらになって彼女が膝の上に座って迫ってきた理由に気づく。いや、とっくに気づいていた。

「今日、ようやく最低限住めるような状態になったんだ」

 スイリュウがパレットに声をかける。

「今夜はこっちで過ごそうか」

 そう続けると、パレットがギュッとスイリュウの服を掴んだ。

「よ、よろしくおねがいします」

 パレットの心臓が信じられないほどに早鐘を打つ。

「大切にする」

「ひゃい」

 緊張で口も回らなくなってきたパレットを、スイリュウは顔がちゃんと見えるように抱きしめなおし、そっと唇を重ねた。


 夜更け過ぎ、スイリュウとパレットはパジャマに着替え、寝室のベッドで横になっていた。

「ねぇ、やっぱり子供の時に私の髪を褒めてくれたのアンタなんじゃないの?義手の話だって肉体年齢で10年前って話でしょ?」

「……ごめん。疑われるかと思った」

「まぁあの時に発覚したら疑うと思うよ。でも嘘つき」

「面白がってるでしょ」

「喜んでるのよ。だって初恋が叶ったんだから」

 スイリュウは自分の鼓動が早くなるのを感じ、心の中で苦笑した。

「ずいぶんな時間差ではあるけれどね。なんか言ってよ」

 無言のスイリュウをなじるようにパレットは身体を寄せて頭をぐりぐりとこすりつける。

 スイリュウは寄せられた頭を撫でる。パレットが帰ってきてからは水の義手になっている。

「ん~やっぱりそうだ。何度か撫でられてはいるけど確信は持てなかったんだよねぇ。嬉しい」

 幸福感に包まれながらパレットは眠りについた。


 翌日、二人はそのまま家の整理を行う。

 今日はパレットが居るので遅々として進まないだろうとスイリュウは確信している。

「スイリュウはさ、これから何するの」

 スイリュウが写ったアルバムを眺めながらパレットが訊ねる。

「うーん、しばらくはここで過ごしたいかな。ミミの仕事でも手伝おうかな」

「私達を助けたみたいな人助けの旅はもうしないの?」

「それも悪くないかもね。またあちこち飛び回って、ここに帰ってきたらハナに張り付かれて、お土産をせがまれる。今度はトウメイも増えたしお土産攻勢も賑やかになりそうだ」

「私は一緒に旅して良いんだ」

 お土産を待つ人々の中に自身がいない事に気づき、パレットが確認する。

「え、もちろん。なんでそんな事」

 当然の事に疑問を持たれ、スイリュウは不思議に思う。

「いやぁ、だって髪の色戻しちゃったし」

 俯きがちにパレットが言うと、納得したスイリュウが優しく微笑む。

「僕が断定的な発言に慎重になるのは、吐いた言葉は戻せないと思っているからでね。まぁなんというか、どこでも君のことを守るよ」

「あ、あっそ」

「念のため言うけれど。昨日のパレットの行動に重いだなんて思っていないからね。ようやく決心できたんだ。お待たせしました」

「本当にね。スイリュウ、どこまでもついて行くから、たくさん守ってね」

 そう言うとパレットは手に持っていたアルバムを机に置き、スイリュウにポーンと飛び込んだ。

 スイリュウは慌てて荷物を足下に落とし手を空にした。空の手にはパレットが収まった。

「えへへ、守ってくれた」

 パレットがはにかむ。

「危ないからほどほどにしてね」

 スイリュウは注意こそすれ笑っている。

「よくよく考えたら、ずっと僕の側にいればパレットは青髪の女性で通るんじゃない?」

 思いつきでスイリュウが語るとパレットは瞬間湯沸かし器のように顔を赤くして、

「私の心臓が持たない!」

 とスイリュウの元から離れながら返した。

「そうか、残念。でも、君のその美しい姿を独占したいって言ったら喜んでくれたのになぁ」

 パレットに手を伸ばし、スイリュウはもう一度パレットを抱き留める。

 スイリュウの魔力で青く染まった髪に愛おしそうに触れる。

 パレットは力なくスイリュウの胸をポカ、と叩いた。

 そうやってじゃれていると呼び鈴が鳴り、二人は現実に引き戻された。


 家の前で待っていたトウメイは、出迎えた二人の事を一目見て満足そうに笑った。

「これはこれは、師匠も男を見せたようですねぇ」

 これまで二人に対して何度も向けていたニヤニヤ笑顔がいつも以上に輝いて見える。

「恥ずかしながら、あそこまでお膳立てしてもらってようやくね」

「お膳というか据え膳では?」

 トウメイはパレットの反応を楽しむ。パレットは強く反論出来ずに睨みつけるだけだった。

「トウメイが発破かけてくれたお陰だよ。ありがとう」

 スイリュウが素直に礼を言うと、トウメイは嘆息する。

「やっぱり師匠は決心できてもダメダメですね。覚悟を持って臨んだのはパレットで、私はただの外野です」

 トウメイの批判にスイリュウは頭をかく。

「プロポーズの時はしっかりキメてくださいね。後でパレットに感想も聞きますから」

 トウメイがそう続けると今度はパレットがビクッと揺れた。

「善処しま……いや、誓うよ」

 いつも通り返そうとしたところで止まり、スイリュウはそう宣言した。

「うんうん、良い傾向ですね。確信なんてなくても宣言してしまえば良いんですよ」

「それはさすがに無責任過ぎない?」

 大雑把に見えるトウメイの持論にパレットが苦言を呈す。

「ううん、良いんだよパレット。これまでの師匠は一人でなんでもしようとしたから間違えられなかった。けれど今はパレットがいて、私やミミさん達にも助けを求められるようになった。

 皆、転んだ師匠に手を差し出してくれる。それなら慎重過ぎる必要は無いって思うの」

「言いたいことはわかるけれど、それでも大雑把ではあるなぁ」

 とパレットはこぼす。

「でもまぁ、そうね。スイリュウ。私を幸せにしてくれる?」

 パレットが隣にいるスイリュウに投げかける。

 スイリュウは向いた矛先を受け止め、パレットと目を合わせる。

「少し違う。君と幸せになるよ」

 そう告げた。

「そうね、自分本位な言い回しになっちゃった。もう一度言うね。

 スイリュウ、私と幸せになろう」

 仕切り直しの愛の言葉にスイリュウは「もちろん!」と即答した。

「良いモノ見ました。プロポーズ編も楽しみにしてますね」

 ツヤツヤとして様子でトウメイが笑う。


 その日の夜、スイリュウはアイと出会った。

 手には滞留が収められた龍のぬいぐるみがある。

 スイリュウの隣にはパレットが居て、アイがそれを見つけると少しだけ不機嫌になったように感じた。

 その後すぐに笑顔に戻って、滞留を持っていない方の手を振ってから背を向けて歩き出した。

 遠ざかっていくアイと滞留を見えなくなるまで見送った。


ここで一区切りです。

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