23話:スイリュウと答え合わせ
「ここに眠っているのが僕に滞留を宿した女性。僕の恋人だった人だ」
パレットもトウメイもスイリュウの言っている意味を理解できず、目を見開く。
「亡くなっていたんですね」
トウメイが金縛りから抜け出し、墓石に近づく。
「アイさんと言うんですね。素敵な名前です。……え?」
トウメイはアイの墓石に刻まれた生没年に困惑する。
「80歳を超えている……?」
トウメイの戸惑いとその数字の大きさにパレットもようやく正気に戻る。
「スイリュウ、アンタいったいどうなっ、って大丈夫?顔色悪くない?」
スイリュウに質問すべく向き直ると、スイリュウが肩で息をしながらアイの墓石を見つめていた。
息はどんどん荒くなり、ついには蹲ってしまった。
「スイリュウ!」
パレットはスイリュウの前でしゃがみ込み手を握りながら声をかける。
スイリュウはその手を握り返すことも出来ず、目をギュッと閉じて歯を食いしばっている。
呼吸は変わらず荒く、汗も噴き出している。
「私、ミミさんを呼んでくる!パレットは師匠についてあげて!」
トウメイが駆け出す。
引き留める間もなく走り去ったトウメイを目で追い、二人きりになったパレットには不安が湧きあがっていた。
どうすればこの人を落ち着かせられるのかわからなかった。
けれど、一人じゃないと伝えたかった。
パレットは昨夜の寂しさを思い出し、それを埋めてくれたスイリュウを想い、うずくまり地についているその頭を抱き上げた。
「私がいる」
それしか言えないもどかしさを胸に抱きながら、スイリュウの背中もさする。
次第にスイリュウの呼吸は落ち着いていき、吐き気混じりの咳を経て、パレットの膝に頭を預けて「ごめん」と呟いてから眠りに落ちた。
「涙が出ないんだ」
落ち着いたスイリュウに安堵しながらも、スイリュウが涙を流せずにいた事に胸が苦しくなっていた。
「泣きたい時に泣ければ良いのにね」
スイリュウの頭をもう一度抱き寄せ、優しく撫でる。この丸まった背中を大切にしたいと思った。
トウメイの声が聞こえてくる。ミミ達を連れてきたのだ。
「落ち着いているみたいだね。良かった」
ミミはスイリュウの様子を見て息をつく。
「ミミさん、アイさんという方は、というか師匠はどうしてあんなに若いのですか?」
「それを話すためにここに来たはずなんだけれどね。ダメだったみたい。今日のところはテントに帰りましょう。こうなるかもしれないと思って車も用意してるから運ぶのを手伝ってもらえる?」
ミミがトウメイに声をかけるとトウメイが場の空気を吹き飛ばすように「はい!」と返事をした。
スイリュウの目の前にアイが立っていた。
スイリュウは自身の両手が義手である事を確認して、都合の良い夢だと自覚した。
腕を落とされたあの日から彼女に会っていない。墓前に足を運んだのも今日が初めてだ。
彼女が亡くなってから、滞留が分離されるまでの間、スイリュウはアイの死に感じるものは無かった。
しかし、滞留が分離されてからはアイの未来を奪ってしまった事への後悔が襲ってくるようになった。
就寝前、何も無い時間の隙間が生まれる度にアイへの後悔に苛まれていた。
旅立ちの前夜、翌日にはアイの事を明かすつもりでいたにも関わらず、逃げ出してしまいたいとも思っていた。
パレットが来てくれなかったらきっと逃げ出していた。
そう思っている内に目の前のアイの輪郭がぼやけ、見覚えのある天井が視界に広がった。
「ん……?」
身体が動かない。なんとか首を回すと突っ伏して眠っているパレットのつむじが見えた。
パレットがそばにいる事に強い安らぎを感じ、自分がなぜここにいるのかも少しずつ思い出していった。
「んう……」
足元がもぞもぞと動く。身体が動かないのはハナがスイリュウの脚の付近で眠っていたからだと気づく。
潜り込んだハナの頭をスイリュウは優しく撫でる。水で少しひんやりとした手にハナが頬ずりする。
「スイリュウ?」
耳元から声がする。パレットも目を覚ました。
「パレット。ごめん」
「謝るな」
「あ、ありがとう」
「うん。良かったぁ」
起き上がったパレットがもう一度突っ伏す。さらにもう一度起き上がってスイリュウと目を合わせ、両頬に触れる。
「ここまで運んでくれたんだね」
「皆でね。ミミさんがこうなると思って旦那さんに車を出してもらってた」
「用意が良いなぁ。彼らにも迷惑をかけたな」
「ミミさん達とトウメイは出かけてる」
「そっか。じゃあそれまでに体勢整えないとね」
「それなんだけど、三人のことは待たなくて良いって。私にスイリュウの話を聞かせて」
「良いの?」
「二度手間になるけれど、それはスイリュウが発作を起こしたのが悪いって三人とも言ってたよ」
「手厳しいな。じゃあ申し訳ないけど横になったまま話すよ」
弱々しく笑うスイリュウの頭をパレットは無性に撫で回したくなった。
「うん」




