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18話:もう一度、三人で挑む

 無力感に打ちひしがれる私を追い越すように、師匠の止水(しすい)が駆け抜けていく。

 私達を守り育んでくれたゆりかごは師匠と共に果ててしまう。

 結局私は救ってくれた恩人の手も握り続ける事ができないのだ。

 大切な妹が別れの言葉を交わしている。

 私を塔から連れ出してくれた王子様。憧れでしかない想いが今さらになって溢れてくる。

 妹のそれとは全然違うただの憧れ。

 母の事を不意に思い浮かべた。誰でも良いから助けて欲しかった。

 最後の止水(しすい)が私の横を駆け抜けた時、

 奇跡は起こった。


「さぁ、第二ラウンドです」

「この魔力は……トウメイに似ている?」

 街から噴出する魔力にスイリュウは戸惑う。

「えぇ、先祖代々受け継がれた魔力です。私達の魔力は、当事者を中心に球状に放出されます。地上に放出される魔力は魔力嵐を押しのける役割を持っていますが、地中に放出された魔力は押しのける物も無かったのでストックされていたようです。それが師匠の結界に使っていた止水(しすい)が取り除かれた事で解放されたみたいです」

止水(しすい)の中の『溜めこむ』概念が、たまたま噛み合ったのか?」

「そんな細かい事は良いんです。あの魔力の中には私由来の魔力もあります。そのお陰で支配下に置く事ができます。水龍の巨大化には十分でしょうか?」

「あ、あぁ大丈夫なはずだよ」

 未だに信じられないとスイリュウの顔に書いている。

「それなら師匠、やる事は一つです。もう一度この手を取ってください」

 トウメイはスイリュウに手を差し伸べる。指先が震えているのが見える。

 トウメイとパレットを確実に帰すだけなら、手を取らない方が確実だとトウメイも理解しているからだ。

 それでも、トウメイはこの奇跡に賭けて言葉を紡ぐ。

「師匠が私に手の握り方を教えてくれました。握れるようになったんです。なのに、握ろうとした手が空を切るなんて許せません。貴方が教えてくれたのに、貴方の手を握れないなんておかしいです。許せません。貴方に救って貰った命に、無力感を刻み付ける事が許せません。えぇ、これは私のわがままです。わかっています。こんな遠回りでしか自殺できない人に命を救われ、憧れてしまった大バカ者のわがままです。それがなんだと言うのですか。私は、貴方を思い出の中に閉じ込める気なんてありません。明日も挨拶をして、ご飯を一緒に食べるのです。空を見上げて貴方を思う日々なんてずっと先の未来にしか望まないんです!さぁ、この手を取って。信じて。貴方を一人にしない。死なせない。だから!」

 支離滅裂だとスイリュウは思った。

 だからこそ、余計に二人を確実に帰さないといけないと思った。

 けれども、その決意を遮ったのはもう一人の双子だった。

 パレットは右手でスイリュウの手を、左手でトウメイの手を掴み、手を結ばせた。

「迷ってる時間は無い。迷うなら一番良い結末を取ろう!皆で帰ろう!」

 パレットは二人を見る。涙の跡は残っている。それでも新たな希望に瞳は燃えている。

「わかった。そうしよう」

 スイリュウは繋がれたトウメイの手を握りしめた。

 途端、スイリュウに魔力が漲る。

 街から溢れ出すトウメイの血族の魔力が、トウメイを介してスイリュウに流れ込む。

 それは長い間この街を守護してきた者達の意地にも感じられた。ここでしか生きられなかったトウメイ達を支え続けてくれた街への恩返しの時なのだと、魔力が叫んでいるようにトウメイは感じていた。

「お母さん、顔も知らないおばあちゃん、ひいおばあちゃん、もっと昔の人達の意思を感じます。私も同じ気持ちです。この地でしか生きられなかった私達と共に生きてくれた人達のために、ここは絶対譲れません」

 スイリュウに流す魔力をさらに増やす。

 魔力の奔流をスイリュウは溢さず水龍に注ぎ込む。

「いくぞ水龍。この街と僕達の力で隕石を破壊する」

 水龍が街の魔力で巨大化していく。

 頭部は隕石を一飲みするためにより大きく、胴体はより太くなる。

 街を守る龍はスイリュウが街の周りに引いた結界に沿って巨大化していく。

 街の周りを一回りし、大きな頭を隕石に向け、飛び出した。

 そこからは一瞬の出来事だった。

 先ほど鳴り響いた咆哮も無く、水龍は隕石を一飲みした。隕石は形をそのままに水龍の中を進むが、やがて徐々に小さくなっていき水龍の中で消滅した。

「すっご……」

 パレットは呆気に取られている。

 水龍はスイリュウの事を見つめた後、街の上空へと飛んで行き、役目を終えたとばかりに消滅した。

 水龍の存在した場所には雲が生まれ、雨が降り出した。

「あれ、この雨、普段の嵐よりも魔力が濃い?」

 パレットは雨雲を見ながら疑問を口にする。

「元々あの隕石が帳尻合わせにぶつけようとした魔力を、雨という形で緩やかに添加するように頼んだんだよ。本当にやってくれるとは思わなかったけれどね」

 スイリュウも同じく雨雲を見上げながら応える。

「終わった~~~」

 トウメイが二人の腕を引っ張りながら寝っ転がろうとする。

 二人もそれに従い手を繋いだまま横になる。

「師匠」

「はい」

「これからも私達をよろしくお願いします」

「……こういう時即答できたら良いって理解はしているんだけどね。もう少し待ってほしい」

「私は良いですよ。というか命の大恩人ですから、いくらでも待ちましょうとも。でも、妹がしわしわのおばあちゃんになるまでは待てませんからね?」

 トウメイはスイリュウを見つめ手を強く握った。

 それとほぼ同じタイミングでスイリュウの腕がバシャンとはじけた。

「あら、ご先祖様の魔力で怪力まで身についてしまったみたいですね」

「真面目な話の合間にからかわないでくれ。パレットが動揺したから水の義手が解除されたんだろう」

「おほほほほ」

 としらばっくれるトウメイ。

「どうしてそこで私なの?!」

 パレットがトウメイを睨みつける。

「まぁまぁ、師匠の話を聞きましょう」

 詰め寄るパレットをいなして抱きしめながらトウメイがスイリュウに向き直る。

「とんだおてんば娘だよまったく。わかってるよそこまで待たせるつもりはないんだ。これからの為に一緒に来て欲しい場所がある。そこで僕自身について聞いて欲しい。その上でもう一度聞かせて欲しい」

「わかった。それまでは待つよ。私のごはんが楽しみって教えてくれたから、それで手を打つ」

 パレットの言葉に「キャッ」とトウメイが黄色い声をあげて囃し立てる。

「急に恥ずかしい事言うとこっちも困る。でもありがとう」


「さて」

 スイリュウは咳払いをし、二人を見る。

「言いたい事とか、怒っている事もあると思うけれど、まずは言わせて欲しい。僕の命を救ってくれてありがとう」

「ちがいますよ、私の命の恩人であると同時に私たちの故郷を救う力まで持っていた英雄です。私達は最後にその英雄を生かしただけです」

「私は別に、滞留の事が気になっただけだし。……もう心配させんなばか」

「うふふ、こうは言っていますけれど、今回だってパレットが夢雲の事を私に話してくれたからどうにかなったんですよ?」

「ちょっと!そりゃまぁ実際そうだけれど!わざわざ言うなー!!」

「師匠は師匠でパレットの為に街ぐるみで一芝居打つし、愛ですねぇ」

 トウメイのにやけ顔が止まらない。

「あの時は打算的に考えて頼んだだけで、トウメイの思うようなものは無いよ」

「そういう事にしておきましょうか。滞留の影響もありましたしね」

 ひらりと二人をあしらうトウメイに呆れていると、街から人がこちらに向かってくるのが見えた。

「あれ、まだ朝も早いしこっそり抜け出したのにもうバレちゃった」

「そりゃああんな魔力の濃い雨が降っていれば寝ていても異変は感じるよ。起きた人達が寝ている人をじゅんぐりに叩き起こして状況確認に来たのかな」

「年がら年中私の魔力に晒されていたのに気づくものですねぇ。でもまぁ師匠の出迎えが多いのは良い事ですね」

「いや、出迎えと言うか詰問されそうな気がするけれど」

「それはアンタのせいでしょ。私達助けないからね」

「はぁ、わかったよ」

 スイリュウは街からやってくる人達の顔を見やる。見知った顔ばかりだ。

 狭い街なので大体の顔は知っていた。先頭を駆けるのは二人の父親。続くのはスイリュウの教え子達だ。それぞれの得意な形で見事な結界を作るようになった。彼らが育ったからこそスイリュウも未練無く今日を迎える事ができた。

「トウメイ、パレット」

「はい」「ん?」

「ありがとう」

 そう言いきらない内にブルと教え子がスイリュウを捕えもみくちゃにした。

 詰め寄られるスイリュウを指さし笑うパレットと、苦笑するトウメイ。宣言通り助け舟は出さずにスイリュウを見守っていた。


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