17話:三人で挑む
「師匠を止めにきました」
肩で息をしながらもう一度トウメイは宣言する。
「時間は無いけど話を聞こうか」
スイリュウの声音に邪魔された怒りは無い。本当は止めて欲しかったというわけでもない。
パレットが事あるごとにスイリュウを止めたいと思っている事には気づいていた。未来の約束をさせようとしたのもそのためだとスイリュウは思っている。だからこそスイリュウは一人で家を出た。
早々にパレットの家を出て、テントで待機していれば良かったかと後悔をするが、それならそれで彼女達はテントに入り浸っていただろうと考え、たらればの思考を捨てた。
「名捧魔法を使うんでしょ?」
「それ以外に方法は無いからね」
「それを止めにきた」
パレットが続ける。
「他に方法はあるの?」
この期に及んで止めに来るのかとほんの少しだけスイリュウはいらつきを覚えた。
二人を、街の人達を死なせたいわけじゃない。
「ある」
パレットは断言した。
「アンタのその呪い……いや、『祈り』を開放してトウメイの魔力で名捧魔法を唱えるの」
「僕の事をトウメイにも話したとは聞いていたけれど、トウメイはどれくらい把握してるんだい?」
スイリュウは息が整ってきたトウメイに質問を投げかける。トウメイの力を使うと言うからにはトウメイが正確に理解しているか確認する必要があった。
「は、はい。過去に水龍の魔法を失敗した時に腕を落とされ、滞留の呪いを付与されてしまったと。そのせいで魔力の授受ができない上に、その、自殺もできないって事も聞きました」
最後は尻すぼみにトウメイは語った。
「それだけ知っていれば説明の手間が省ける。知っての通り僕は呪われている。そのお陰で見出した魔法もあるけれど、奥義とも呼べるレベルの大魔法を使うには代償がいる。誰の魔力も頼れないからね。わかったなら僕に向けた魔力流を収めて欲しいのだけど」
トウメイは話している間ずっとスイリュウに向けて魔力を放出していた。師匠が隙を見て名捧魔法を唱えないように、スイリュウの魔力を押し流していた。
「ダメです。私たちの作戦を試させてください。師匠ならわかっていると思いますが、師匠の思惑を台無しにする言葉だってあるんですよ」
トウメイは暗にスイリュウの自己暗示を崩さない事が最終防衛ラインになっていると示した。
「わかった。衝突を防ぐためのタイムリミットは20分だ。10分だけ君達に賭けるよ」
「ありがとうございます」
トウメイとパレットはスイリュウに駆け寄った。
「じゃあ始めるよ」
パレットがスイリュウの肩に触れる。
指先から魔力が流れ出す。
「魔力のパスを探った事はいくらでもあるけど、見つからなかったよ」
最初から躓くならもう切り上げてしまおうとスイリュウは思っている。
「うるさいなぁ。10分やるって言ったんだから待ってなよ」
パレットに焦りは見えないがうっすらと怒っている事は感じる。
「そういえば、さっきどうして僕の呪いを祈りだなんて言ったんだ?」
「滞留に直接聞いたからよ」
「は?」
思わずスイリュウの口から声が出る。
「やっぱり知らなかったのね。アイツは水龍の残した呪いじゃないわ」
「え?そうなの?」
横で聞いていたトウメイがビックリする。
「ややこしくなるから言わなかった。ごめん」
パレットはトウメイに謝りながらも手と口を動かす。
「じゃあ、あれは一体なんだって言うんだ」
スイリュウに動揺が見える。パレットはその事に人間らしさを感じて安心する。
「アンタ、指輪貰ったんでしょ?自暴自棄になっていた時に、元カノに」
スイリュウが身震いしたのをパレットは感じた。
「その指輪に無意識に『どうか死なないでほしい』って祈りが刻印されていたんだってさ。アンタが腕を落とされて、指輪と離れ離れになった時に祈りが呪いに変質した」
スイリュウは黙ってパレットの言葉を聞いている。
「だから、滞留自身はアンタの事を想っている。このやり方でしかアンタを守れない事も知っている。だけど、滞留である前にアイツは愛の祈りなんだ。だから、滞留の呪いでも止められない自殺計画を止めたくて、私は託された」
パレットはスイリュウを背中から抱きしめる。パレットの体温を背で感じる。魔力的な繋がりもうっすらと感じる。
「滞留を開放するってね」
「そっか、そうだったのか。彼女が」
背の温かさを感じながらスイリュウはポツリポツリと話し始める。
「そ。まぁ元カノは無自覚だろうから知らない事だろうけどね」
「俺を守ってくれていたんだ」
「やっぱり昔は俺呼びだったんだ」
そう話しながらもパレットはスイリュウとのパスを繋げていく。
スイリュウはまたしばらく黙ってから。
スッと立ち上がってパレットを振り払った。
「まだ10分経ってないんだけど?」
怒り気味にパレットが責める。
「それは謝る。でもこれは消さないで欲しい」
「は?そのままじゃトウメイの魔力を受け取れないでしょ!」
「良いんだ。俺はこの呪いと共に君達を守る」
「それは執着?」
パレットはスイリュウを睨みつける。
「あぁ、ずっとそこにあった事すらも気づいていなかったろくでなしが、最後の繋がりに執着している」
「バカ野郎」
スイリュウを睨みつけるパレットの目が潤む。スイリュウと同じ色の青い瞳が揺れている。
「わかってる。それでもだよ」
「いいえ、許しません」
スイリュウを押しつける魔力が増すのを感じる。
「私は師匠がどれくらい想い人の事を想っているのかはわかりません。その事について同情する言葉も説得する言葉も私にはありません。
なので、私も勝手を通そうと思います」
トウメイの顔は笑顔を作っている。
「簡単な事です。死にゆく運命にあった私を救ったまま捨てないでください」
「捨てやしないさ。紹介状だって渡しただろう?君達の助けになってくれる」
スイリュウは宴会の夜の事を思い出す。
「いいえそれじゃあ足りません。私、死ぬまでに読む本を決めていたんです。残りの命から逆算して、ここまでなら読めるなって。そんなささやかな計画も台無しになりました。新しい本、一緒に探してください」
なにそれ知らなかったんだけどとパレットが呆気にとられているがトウメイは無視する。
「それはパレットと探せばいい。彼女が気を使って隠していた作品の続編や、他にもたくさんの物語を一緒に集めれば良いじゃないか」
「もちろん、パレットにも頼ります。でも、師匠にも頼ります。物語じゃなくても良いですよ?おすすめの魔法の本とか専門書とかでも。きっと高いでしょうから、師匠におごってもらおうかなって思っています」
「現金なお姫様だなぁ」
「お姫様って……確かに箱入り娘の自覚はありますが、ありますが!そういう言い方しなくても良いじゃないですか。命を与えた代償を要求しているんです」
笑顔が崩れトウメイの顔が少しだけ赤くなる。
「高価な本、欲しいなぁ」
気を取り直して、スイリュウを見上げながらおねだりを続ける。
「そうしたら、もうつきまとわないのになぁ」
「わが姉ながらひっどい引き留め方だな……」
姉の傍若無人さにすっかり涙が引っ込んだパレットが半目になりながら呆れている。
「お前の姉だろどうにかしろよ」
スイリュウも毒気を抜かれてラフにツッコミを入れる。
「急に乱暴な言葉で突き放されたらさすがに傷つくんですけれど」
「テントにある本じゃダメかい?」
「えぇ、わざわざ銀行からお金をおろさないといけないくらい高い1冊を」
重ねる間の抜けたやり取りにスイリュウがため息まじりに降参する。
「はぁ、まいった。僕の負けだ。『どうせ死ぬなら口座を教えても良いか』って思ってしまったよ。自己暗示が破れてしまった」
「え、普通に未来の約束取り付けよう作戦で話していただけなんですけど……。まぁ、良いです!目的達成です」
「スイリュウ、考えるだけ無駄よ」
ポンとスイリュウの肩をパレットが叩いた。
「そうだね」
「さて、気を取りなして対策を立てましょう!」
トウメイだけが元気に声を上げた。
方針を決め、スイリュウは改めてパレットによるパス繋ぎを再開しようとしている。
「その前にさ、アンタ、私の言葉聞けるくらいには落ち着いた?」
「あぁ、落ち着いてるつもりではいる」
「よし、じゃあちゃんと最後まで聞いてね。私は滞留を開放するとは言ったけど、それは消し去るという事じゃない。別の器に移すつもりだったの。滞留自身もそれを望んでいる、と思う。だから、私に滞留を任せて欲しい」
「早とちりだったのか。ごめん、任せた」
「任された。器だってあの日から用意してたんだ。まぁぬいぐるみなんだけれど」
「よし、それじゃあさっきの続きをやるよ。スイリュウに絡みついた滞留をほぐし、摘出し、最後にトウメイに魔力をぶちこんでもらう!誰も失わずに水龍でアレをどうにかする」
「あの隕石の軌道を逸らすのか、破壊するのかは直前で決めるんですよね?」
「うん、僕も久しぶりに魔力を貰って魔法を使うから、感覚がわからないんだ。隕石を破壊できなさそうなら名捧魔法の達成条件を『軌道を逸らしきるまで』、破壊できそうなら『破壊するまで』にする」
「あくまで名前を使うんですね」
「普通に唱えるだけじゃトウメイの魔力を使っても敵わないからね。死なないために名前を賭けてるし、皆で帰るためにトウメイの力が必要なんだ。頼りにしてるよ」
そうスイリュウが声をかけると、トウメイは決意をみなぎらせ「はい!」と応えた。
スイリュウはパレットの手によって体内の魔力の流れがほぐされているのを自覚する。魔力の流路を一つ一つ解き、その上で絡みついた滞留を引き離そうとする。
「アンタって結構大雑把だったりする?」
「自分の事はそうかもしれない」
「だと思った。丁寧な人間ならいくら滞留に蝕まれていてももう少し体裁を整えて流路を繋げるわ」
パレットは悪態をつきながら手を進める。
「一生付き合うしかないと思っていたからね。ごめん」
「いいわ。もうすぐ終わるから」
パレットは膝の上に乗せていた龍のぬいぐるみを左手で持つ。
「よし、アンタの魔力パスを外側に引き出して、そこから滞留を引っこ抜く。どこから抜いて欲しい?」
「手を着けさせてくれるなら、手からが良いな」
「良いわ。とっくにトウメイの魔力放出は無くなっていたのに律儀に落としたままだったのね」
「パレットが作業している間邪魔になるかもしれないし、そもそも流路が正常化したら僕の魔法特性も消えるかもしれなかったしね」
「義手が付けられなかったら口から抜いてあげても良いよ」
「軽口言えるくらい余裕って事にしておくよ。よし、水の義手自体はずっと魔力を通してたモノだからなんとか動かせるな」
そう言いながらスイリュウは水の義手を取り付けた。
「別に冗談ではないんだけれどなぁ」
ボソッとパレットは呟く。
「もう一度落としても良いんですよ?」
それが聞こえたトウメイはパレットの方を向いて慰める。
「いやもう時間無いから。ここからは真剣にいこう。パレット、頼む」
スイリュウは右手をパレットに差し出す。
「はぁ、わかったよ。ってその指輪……」
パレットがスイリュウの右手を握ろうとすると、その手のひらに指輪が乗っている事に気づく。
「あぁ、滞留がいた指輪だ。何かの足しになるかなと思ってね。終わったら依り代のぬいぐるみに着けようと思う。ぬいぐるみだと腕輪になるかな」
「OKわかった。じゃあ始めるよ」
パレットの右手がスイリュウの右手を指輪ごと握る。スイリュウの手はひんやりとしていて気持ちいいとパレットは思った。
スイリュウは左足先に違和感を覚える。何かが抜け出て行くのを感じる。パレットと繋いだ右手を出口に滞留が抜け出ているのだと気づく。左足の次は右足、両ふくらはぎから太ももは同時に抜けた。腰と左肩も抜け、左側の義手がびしゃりと地面に落ちた。
(本格的に滞留が抜けるとやっぱりダメか。水龍を撃つ事はできるだろうけれど、魔力をどう受け取ろう)スイリュウが次の事を考えている間に、スイリュウの四肢から抜け出た滞留は胸の辺りに集中していた。
スイリュウは頭に違和感を覚えた。貧血に似た感覚だが意識はハッキリとしているし目も見える。頭を押さえようとするが、残っている右手はパレットが握っている。強く握るとそれに負けない力で握り返してくれた。
頭の違和感はやわらぎ、胸に滞留の魔力が集結しているのを自覚する。
滞留が右へ右へと移動するのを感じる。右肩を通り、右腕へ、右手から指輪の中を通りながらパレットの右手に流れ込んでいる。
流れ込んだ滞留はパレットの左手に移動し、その手に持ったぬいぐるみへと注ぎ込まれる。足は無く、小さな手が頭部の近くにある龍のぬいぐるみだ。
その様子を眺めている内に、スイリュウに残存していた最後の滞留がスイリュウの右手を離れた。
「長い間、ありがとう」
スイリュウが呟くと同時に右手の義手も地面に落ちた。
パレットは指輪を掴み、ぬいぐるみの腕に指輪を通す。
それと同時にパレットの中を経由した滞留もぬいぐるみにすべて移動した。
「できた」
「動いたりするの?」
トウメイが滞留の入ったぬいぐるみを見る。
「多分?意識みたいなものはあるからコミュニケーションは取れるはず」
「つまり使い魔って事か!でも、この子って師匠の子なのかな、それともぬいぐるみに詰めたパレットの子なのかな。もしかして二人の間の……」
使い魔という語感に酔いしれるも、所有権の話が飛躍して、トウメイは顔を赤くする。
「あのねぇ、それ言い出したらスイリュウの元カノ由来だからややこしくなるでしょ。緊張感無いなぁまったく。ほら、次はトウメイの番。お姉ちゃんのカッコイイところ、見せて」
釣られてパレットも赤くなるが、滞留のルーツを思い出し真顔になる。そして気持ちを切り替えてトウメイを激励する。
「うん、見てて!」
そんなやり取りを見て、スイリュウは『滞留の“親権”』の話を振られなくて良かったと思っていた。
隕石は随分と近くまで近づいていた。
「さぁ、クライマックスと行きたいところだけれど、腕が落ちてしまって魔力をどう受け取ろうか困っている」
「手からの方が良いんですよね」
「あぁ、水龍自体は条件設定の関係で細かい制御をしなくても良いんだけれど、魔力を受け取るには繊細な場所の方が良い」
「うーーん、肩を掴んでそこから魔力を通すわけにはいかないですね。そうだ、パレットの軽口に乗るわけじゃないですけれど、唇はどうですか?」
パレットが青ざめているのが見える。
「それは最終手段、と言いたいところだけれどもう時間が無い。申し訳ないけれどそれが現実的だね」
パレットが口をパクパクさせている。
「あら、するのは私じゃないですよ、ね?パレット」
トウメイはいたずらっぽくパレットに微笑んだ。
「え?」
「私がパレットに魔力を流して、それをパレットが師匠に……キャー!」
最後を濁しながらはしゃぐトウメイに二人は置いてけぼりになる。
「ちょっと、ふざけてる場合じゃないでしょ!」
「ううん、大真面目だよ。私の大きいだけの魔力を、パレットが師匠の為に加工して注ぎ込むの。師匠の身体を覗いて解した貴女だから適任だと思ってる」
「う……そ、うなのかな」
まだ紅潮した頬を抑えながら、パレットが冷静になろうとしている。
「理にはかなっているとは思うけれど、パレットはそれで良いのかい?」
「……良いとは思ってる。でもさ、私だけ緊張してるのがバカみたい」
真っ赤になりながらパレットの思考がグルグル回る。
「ん?ていうかさ」
そこでパレットは気づいた。
「トウメイの魔力を介して、私がスイリュウの腕を作れば良いんじゃないのこれ」
「あ」
トウメイがバツが悪そうに目を逸らす。
「おねえちゃん?気づいてたよね」
「いやぁ?お姫様のキスで力を取り戻す王子様とか良いなぁとか思ってないよ?いった~~~!」
パレットがトウメイにゲンコツを落とした。
「はぁ~~~~もう!!スイリュウ!!!」
「はい」
姉妹のじゃれあいに苦笑いしていたスイリュウが返事をする。
「私がアンタの腕になる。良い?」
勢い任せに言うも、最後はまた赤くなる。
「あぁ、任せた」
「うん、任された!」
そしてニヤリと不適に笑った。
「よし、終わらせよう。トウメイ!」
パレットは左隣のトウメイに手を伸ばす。
「うん、パレット!」
トウメイが右手でパレットの手を繋ぎ、魔力を送る。
パレットは目を閉じて、流れ込む魔力を理想の形へとイメージする。ひんやりとして気持ちが良い、自分よりも大きな手。
「出来た」
目を見開きスイリュウの姿を見つめる。
瞬く間にスイリュウの肩より先に水の腕が形成されていく。
「スイリュウ!」
パレットが右手を伸ばして出来立ての左手を掴む。
ひんやりしている。
「私の魔力、感じてる?」
繋いだ手から流している魔力は水の手を通っている。問題はその先の生身の部分だ。
「あぁ、通ってるよ。パレットの魔力を感じる。滞留を分離する時はわからなかったけれど、久しぶりに魔力が繋がるのを実感しているよ」
「良かったぁ」
ホッと息をつくパレット。
「じゃあさ、スイリュウの魔力もこっちに流して欲しい」
少しもごつきながらお願いをする。
「?別に良いけど」
スイリュウはパレットに魔力を流す。
「手はひんやりしてるのに温かいね」
ほんの少しの幸福感をパレットは感じている。
「パレットの熱が移ってるんじゃないか?」
「ううん、スイリュウの魔力だよ」
「感受性が高いと感じ方も違うのかもね。とはいえこれで準備は整った。このまま撃っても良いけど、パスが通ってるならトウメイの魔力は直接貰った方が良いかな」
「そうですね、では私の暇そうにしている左手は師匠の右手と結ばれましょう」
目の前のご馳走を満足そうに眺めていたトウメイがちょっかいまじりに手を差し出す。
「言い方」
「両手に花の方が良かったですか?」
「好きにしてくれ」
「トウメイ、腕の方はもう維持するだけだからこっちは離して良いよ。スイリュウへの魔力供給に注力して」
「うん、そうする」
パレットとトウメイの手が離れ、輪になっていた三人が横一列に並ぶ。
隕石を目にトウメイは魔力を流し込む。
スイリュウに流れ込む魔力が激流のように押し寄せる。呪われる前でさえここまでの魔力を放出できる人間には出会わなかった。
「想像以上だ。これなら破壊できる」
スイリュウは受け取った魔力を片っ端から水に変換していく。得られた水は三人を中心に渦巻く。
それに呼応するように事前に用意していた止水も渦を肉付けするかのように周り出す。
「別に詠唱とか必要ないんだけれどね。必殺技でカッコつけさせてもらおうかな」
そう言いながらスイリュウは言葉を続ける。
「これは愚か者の窮鼠の一撃。資格無く罰を受けた愚か者が立ち上がる一撃。
これは生きるための一撃。これは両手で掴めるものを守るための私達の一撃。
水龍よ、戦う理由がある。守る理由がある。応えるのならば眼前の黒き隕石を完膚なきまで破壊せよ!その為に私はこの名を捧げよう。
名捧魔法 水龍」
渦巻いていた水が天にのぼる。スイリュウ達の頭上で球状に収束する。間もなくその球からヒモのような管が飛び出る。管はくねりながら伸長を続ける。さながら蛇やミミズのようだ。
透明で巨大な水の蛇に青い鱗が生えてきた。それに合わせて頭部の近くに小さな腕が形成される。頭部の牙は立派で角も生えている。おとぎ話に出てくるような龍が姿を現した。
完成した水龍は鱗の青がよく映える、美しい姿だった。鱗の生えていない目や牙や角は透明のままだった。黒目の無い洞のような瞳は、生命体では無い事を誇示しているようにも、スイリュウ達よりも上位の存在であるかのようにも見えた。
「頼んだ。水龍」
スイリュウが頭上の龍に声をかける。
水龍はスイリュウを一瞥する。スイリュウは過去の出来事を思い出し心臓が早鐘を打つのを感じる。ごくりと喉が鳴る。
右手から流れ込む魔力が大きくなるのを感じる。スイリュウはトウメイがこちらを向いている事に気づく。トウメイは目が合うとニッと口だけで笑みを作り、スイリュウの右手をさらに握りしめた。
左手も強く握られている事に気づいた。パレットだ。スイリュウはパレットの方を向く。トウメイとは打って変わって不安そうにスイリュウを見つめていた。夢雲を通して知った出来事がスイリュウにとってどれくらい重い事なのかを、彼女は知ろうとしている。寄り添い、支えたい、と思っている。
滞留がもたらした停滞のモヤが晴れた今、パレットがこれまでに向けてくれた想いや感情が色づいて見えるように感じる。だからスイリュウは左手をギュッと握り返して、パレットに笑いかけた。
それに気づいたパレットは泣きそうになりながら微笑んだ。
それを見届けたスイリュウはもう一度頭上の龍を見上げる。
「頼んだ」
心の中でそう念じながら水龍の瞳を見つめる。
すると水龍はグインと方向転換し、さらに頭上にある黒い隕石を睨みつけた。
「グゥゥゥゥゥガァァァアアア!!!」と水龍は咆哮しながら隕石目がけて飛び出す。
とぐろを巻いていた身体が一気に伸びあがる。一直線に隕石へ肉薄する。
水龍と隕石が激突する瞬間、スイリュウはトウメイから供給される魔力を強く籠めた。
すると水龍の頭部はより巨大化し、その巨大化した大口を開けながら隕石に食らいつく。
水龍の牙が隕石に食い込み、取りつく事に成功する。すかさず長い胴体を巻きつけて隕石を捕える。
「よしこのままいけば!」
パレットが空を見上げる。
そんなパレットをよそに、スイリュウは右手が下に引かれた事に気づきトウメイを見る。
「トウメイ!」
スイリュウは叫ぶ。トウメイは地面にへたり込んでいた。
「隕石に吸われてる……」
顔を青くしながらトウメイが声を絞り出す。
「隕石が水龍を介してトウメイの魔力を吸収している……?大地の魔力だけじゃなく人間の魔力まで食らうのか……」
絶望感と共にスイリュウはこれ以上消耗しないように水龍に隕石から離れるよう念じた。間もなく水龍は隕石から離れ、スイリュウ達の下に戻った。
「どうしたら……」
パレットの顔色が悪い。もう時間が無いことは三人とも理解しているが、策が無い。
トウメイもパレットも無力感に打ちひしがれる中、その手を繋いだスイリュウは、二人から手を離した。
「僕の失敗だ。もっと観察すべきだったし、欲張らず墜落位置をずらせば良かった。二人とも、手紙はちゃんと持っているね?」
水龍の魔力源がトウメイからスイリュウへと切り替わる。
「ダメです。まだ、まだやれます」
トウメイはへたり込みながらも手を握ろうとする。
「ダメだ。思惑はどうあれ、君を救うために僕は動いたんだ。本末転倒な結末は許容できない」
スイリュウは手をトウメイの届かないところへ持ち上げる。水龍を呼び出している影響か、滞留もパレットの補助も無くとも水の腕はスイリュウに定着している。
「ですが」
「もし名捧魔法によって供給する魔力まで吸われたらどうするの?隕石も破壊できないまま際限なく大きくなって、街を破壊する事で隕石も破壊されて水龍も消える、って事にならない?」
パレットは気を取り直して訊ねる。
「水龍のサイズはまだ大きくできるんだ。一飲みできる大きさまで巨大化させて取り込む。水龍の体内に入れば今度はこっちが吸収する側になる」
「そっか。わかった」
ぽたぽたとパレットの足元が濡れる。
「お別れ、なんだね」
涙に濡れる顔をスイリュウに向ける。
「言い忘れてた訳じゃないんだけどさ」
「なに」
「いつも美味しい食事をありがとう。いつも美味しいとは言ってたけど、毎日楽しみにしてたとは言ってなかった気がしてさ」
「ばかやろうぅ。ほんとにばか。もっと早く言えよ」
パレットがスイリュウに歩み寄り胸に頭を預けながら叩く。
「ごめん。絶対に君達を帰すから」
スイリュウはパレットを抱いたまま水龍に願う。
「我が名と、結界に使っていた止水を捧げよう。もう僕の結界は必要ないからね」
スイリュウは結界を教えた魔法使い達を想い浮かべる。
師弟というよりは先生と生徒だったたくさんの教え子達。彼らならこれから先もずっと大丈夫だと確信している。
「なんやかんや良い人生だったな」
スイリュウは呟く。愚かな間違いで失い、愚かな企みで信頼を得る。もう一度愛しいと思えるような存在も見つけた。だから命を賭して守るのだ。そういう決心だ。
そう決心し、すべての止水を集結させた途端、
スイリュウ達の背後にある街から膨大な魔力が吹き出した。
「いいえ、いいえ。これからも師匠の人生は続きます」
トウメイの声が響く。
「さぁ、第二ラウンドです」




