16話:スイリュウは目的を果たす
嵐の前の静けさとはこういう事を言うのだろう、とスイリュウは思った。
朝焼けが眩しい早朝。今日の天気は凪。何も降らないし吹かない。
ただ、空気に満ちる魔力の量が普段よりずっと多いと感じる。
「思っていたのと違うかも」
そう呟きつつもスイリュウは街を飛び出した。
嵐とも呼べぬ自然現象。凪いだ世界に感じる殺意を見つめながらスイリュウは駆け、立ち止まる。
深呼吸をする。これから行う自己暗示をより確実にするために。
「これは人を守るための行為である。これは自己犠牲の行為ではない。これは自身の中に滞留した魔力を解き放つ事で災害を吹き飛ばす行為である。そこに自己犠牲は無い。今日この時の為に、弟子の未来のために放つ魔法である」
必要なのは死なずに完遂できるという思い込みと、全力で守りたいと思える存在。
前者は簡単だった。理論的に考えればいいだけだ。問題は後者だった。トウメイとの出会いは運命だとスイリュウは思った。だからこそ彼女の呪いともいえる体質の改善に全力を注いだ。彼女達を救いたい。自分のできる範囲で。だからこれは挑戦でも無ければ進展でもない。滞留の中で手の届くモノを掴むだけだと暗示することで双子の姉妹と交流した。
「そんなわけないのにな」
ボソッと本心が漏れて苦笑する。もっともっと思い込む必要がありそうだ。
スイリュウの暗示が深くなるにつれて、彼の周りに魔力が湧き出す。それは流れる水のようにスイリュウの周りを渦巻く。
もう一段深く暗示にのめり込む。魔力の渦が大きくなる。
それに呼応するかのように上空の様子も変化していく。
スイリュウが空を見上げると、小さな黒点が目に映った。黒点はゆっくりとこの街に落下している。巨大化しながら。
近づいているから大きく見えるのではなく、巨大化している。空気中の魔力を吸い尽くすかのように摂取し、黒点は隕石となる。
あと30分くらいか、とスイリュウは考察した。
巨大化した隕石は街に激突、崩壊する事でこれまでトウメイに押しのけられていた部分を魔力で満たすのだろう。
自浄作用にしては苛烈すぎる。トウメイの家系に何代も何代も土地を乗っ取られていた認識なのかもしれない。それなら同情の余地はあるのかもしれないとスイリュウは思った。思うだけだった。
「よし」準備が整った。
使うのはスイリュウと因縁深い魔法。水龍だ。
自分の名と同じ魔法はそれだけでイメージが補強される。ゆえに他の者よりも強力な魔法となる。反面、多くの魔力を要求する。
パレットがトウメイの魔力で打ち上げた「スカイパレット」も同じ枠に入る。パレットがそれを知っていた事にスイリュウは驚いたが、夢雲の中でスイリュウの記憶から学んだのだと納得した。
スイリュウはさらにもう一つ強化を水龍に施す。
それは自分の名を生贄に捧げるということ。
つまり命を捧げると言うこと。
魔法は魔力が尽きれば立ち消える。それを自身の名を担保に達成条件を達成するまで踏み倒し続ける魔法だ。
魔力が尽きた瞬間から、唱えた者の名を喰らい、命を削る。名を喰らいきった後も条件を達成するまで魔法は行使され続ける。一種の自爆魔法とも言える。
その名の通り「名捧魔法」と呼ばれるこの魔法はその危険性から世に広く知れ渡る事の無い魔法だった。
ただ、スイリュウは見つけてしまった。
長い旅の中で見つけた“自殺手段”をスイリュウはようやく実行する事ができるのだ。
水龍の魔法は名を捧げなくても多くの魔力を必要とする。
そんな魔法をスイリュウは一人で使おうとしている。
スイリュウはこれまでに作製していた止水を取り出す。
止水を外付けの魔力タンクとして利用することで、結界魔法をはじめとした多くの強大な魔法が扱えるようになった。
これがなければスイリュウは一人で魔法を使えるだけのちょっと珍しい魔法使いに過ぎなかった。
水龍も同じ作戦で行くつもりだ。雨嵐の日に確保した止水にさらに魔力を注ぎこむ。
注ぎ込まれた魔力は水に命を吹き込む。スイリュウを取り囲む魔力の渦を飲み込みながら、水は龍になっていく。
後は名捧魔法として「水龍」を唱えるだけだ。スイリュウは自分の心臓が早鐘を打っている事を自覚する。身体を巡る魔力が際限無く龍に吸われているのを自覚する。しかし、名を捧げた時に何が起きるかは想像しなかった。死ぬ可能性は無いと思い込む事で無視していた。
名捧魔法は唱えた目的を達成するまで存在し続ける。それまで魔力を吸い続ける。術者の魔力が尽きたのなら、名捧魔法は名を奪う。名とは命の事だ。
スイリュウは目的を「街への隕石の直撃を回避する」事に設定して唱えようとしている。
十中八九死ぬ。それでもスイリュウは自己暗示の力を借りて名捧魔法を唱えようとした。
スイリュウが唱えようと息を吸った瞬間。
びちゃり、とスイリュウの足元に水が跳ねた。両腕が落ちたのだ。それに呼応するようにスイリュウの周囲を周っていた龍も崩れ落ちて足元に水溜まりを作った。
スイリュウが後ろを振り向くと、そこにはトウメイとパレットがいた。
膝に手をついて息を切らしている。
「なんのつもりだい?」
「師匠を止めにきました」
息も整っていないその姿でトウメイはまっすぐスイリュウを見つめて言い放った。




