11話:トウメイが運命に打ち勝つ日
パレットとの花畑での一件から数日後。
今日は炎嵐。
トウメイが呪いから解放される日になるだろうとスイリュウもパレットも、双子の姉妹を案じていた街の人達も確信しているような雰囲気が街を包んでいる。
スイリュウはいつも通り水の結界を巡らせ、トウメイの元へ向かう。トウメイに渡す杖も包みにいれて忍ばせている。
かたわらにはパレットもついている。
「先に行っても良かったのに」
「これが最後かもしれないんだから、しっかりお目付け役は果たさないとね」
「なんやかんや生真面目だよなぁ」
「まぁね、それにちょっとまだ悩んでいてね」
「何を?」
「どの魔法を使おうか。トウメイの魔力で放つ魔法だからね、どれくらいの規模になるかわからない。そのために魔力制御の訓練をしていたのはそうなんだけど、初めてだしねぇ」
「大丈夫だと思うけど、保険は必要か。水の魔法を空に撃ちあげてれば、僕の結界に吸収される形で影響無いと思うよ」
「なるほどそれだ。じゃあ、色もつけて結界に絵を描いちゃおう」
「またずいぶんと高度な事を……楽しみにしてるよ」
「もっちろん。絶対成功させるから、見てて」
「二人とも、準備は良いかい?」
スイリュウが声をかける。
街の真ん中に立つ塔。その屋上で最後の訓練が行われる。
「はい!」「大丈夫」思い思いに二人は返事をする。
「やれることはやったと思う。君は今日、薄命の運命から解き放たれると信じてる」
「はい。私も同じ気持ちです。変わらず来る明日を、好きな本を読める喜びを、パレットの恋路を生温かく見守る喜びを、すべて手にします」
最後の宣言にパレットがギロリと睨んだ。
「最後のだけは期待して欲しくないんだけどなぁ。でもまぁ、ようやくその時が来たんだな、とは思うよ。できるって確信もある」
嘆息しながらパレットはスイリュウに向き直る。
「じゃあ、始めよう」
パレットとトウメイは頷くと隣り合わせに立つ、パレットが左手を差し出す。
トウメイは右手でぎゅっとパレットの左手を握る。
お互いがお互いの手のひらに汗を感じ、目を合わせて苦笑する。
緊張している。これまでの訓練ではこんな事は無かったね、と目と目で伝え合う。
成功できるという確信と、その後の期待や不安、すべてがないまぜになって汗となる。
トウメイは目を瞑り深呼吸をする。酸素が肺を巡るのを意識する。
緊張で上がっている心拍数から血液が身体を巡るのを意識する。
それと同じようにトウメイからあふれ出ている魔力も身体を巡るものだと意識し、信じる。
ぐるぐる、ぐるぐるとトウメイを中心に魔力が渦巻くことを意識する。
じわり、じわりと街を覆っていたトウメイの魔力がトウメイに流れ込んでくる。
渦ができてからはあっという間だった。栓の抜けた湯舟の水のように、みるみるうちにトウメイの元に魔力は帰って行った。
ふぅっと一つ息を吐きトウメイはにっこり笑う。
ここまではこれまでもできた。パレットに魔力を送れなかったために抑え込んでいた魔力は元の通り拡散してしまう。
魔力を送るという出来事を通して、トウメイの元に魔力を集める意味を付加する。そうする事でトウメイは自身の魔力を完全に掌握する事ができる。
そこに魔力の質や量は関係ない。ただ魔力に意味を与えるだけで良いのだ。
「いくよ」
笑顔は崩さずパレットを見る。
「いくらでも良いよ」
パレットはほんの少しだけ表情が硬い。心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしている。背にもじっとりと汗をかいている。
「1、2のはい!」
合図が出た瞬間パレットの左手から激流が流れ込む。
トウメイの魔力はパレットの身体を駆け巡り、対流する。
パレットは自身を巡る魔力の奔流の中で思い描いた魔法を組み立てる。
天高く、空に描く水の筆。それがパレットのイメージだ。
イメージを与えられた魔力は出口を探し、駆け巡り、パレットの右手が持つ筆の先に辿り着く。
すべての魔力を水に変え、号令一つで解き放たれる。
「スカイパレット!」
パレットが右手を突き上げそう唱えると、一筋の水の柱が天に上った。
水の柱はスイリュウの結界に合流し、飲み込まれていく。
飲み込まれた水はひとりでに線や記号をスイリュウの結界に沿って描き出した。
ある方角には花が、別の方角には星座が、また別の方角には花火が。様々な意匠が散りばめられている。
「わぁぁ」
隣にいるトウメイは手をつないだままキョロキョロと見渡す。その美しさに目を奪われている。
最後の水が結界に吸い込まれたと同時にパレットはへなへなと座り込んだ。トウメイも引っ張られる形でパレットに寄り掛かる。
「つっかれたーー」
寄り掛かられた勢いに任せ、パレットはトウメイを引き倒しそのまま胸に顔を埋め抱きしめる。
「できたね」
眼前に映るパレットの頭を撫でながらトウメイがぼうっとしながら呟く。
「なんだか現実感が無いや。魔力がすべて私の中に入ったら、力が漲るとか、張り裂けそうになるとか、そんな感じになるかと思ったのに、いつも通りな気がするよ」
「そういうもんよ。今のトウメイの方が可愛いし、ムキムキにならなくて良かった」
トウメイの胸に頭を預けたままパレットは応える。
「そういうもんかぁ。あ、そういえば『スカイパレット』ってなんだったの?」
「せっかくトウメイの魔力で唱えるんだから、必殺技みたいな名前はつけないといけないなと思ってね。好きでしょ?こういうの」
「よく知ってるなぁ。大好きだよ。できた妹がいて幸せ者です」
「なぁにそれ」
クスッとパレットは笑う。
「これからたくさん色んな景色を観に行こうね」
トウメイはギュっとパレットの頭を抱く。谷間からみぞおちのあたりにパレットの吐息の熱を感じる。
しばらくして鼻声まじりに「うん」とパレットが返事をした。
ずっと自分を愛した人。自分が愛した人。溢れ出す愛しさを感じながら、トウメイはもう一度パレットを強く抱いた。
しばらくして。
トウメイとパレットは立ち上がりスイリュウの方へ向く。
「師匠」
「トウメイ、おめでとう」
「ありがとうございます。実感はまだ無いですけど」
「パレットも言っていたけれど、そういうものだよ。それよりほら、下を見てごらん」
トウメイは促されて塔の縁へと向かう。見下ろすとこちらを見つめる街の人々がいた。
一番前には二人の父親のブルがいて、腕で手をぬぐっているのが辛うじて見える。
「報告しておいで」
「はい!いこ、パレット」
スイリュウに元気よく返事をして、疲労困憊のパレットの手を引きながら階段を降りて行った。
スイリュウは塔の頂上に残り、トウメイと抱き合うブルの姿を見下ろす。
スイリュウは息をつきこみあがる達成感を噛みしめていた。
そして、街を覆うパレットの絵画の向こう側に目をやる。
トウメイという魔力の栓が失われた今、近い未来に穴を埋めるように魔力が殺到するのをスイリュウは予感している。
轟々と燃えさかる嵐から目をそらし、スイリュウは塔を降りていった。




