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プロローグ:トウメイは運命に逆らう

 チクナミという街がある。列車で都市部へ乗り換えなく行くことができるとはいえ市街地を抜ければ畑や水田が広がるのどかな街だ。

 そんな平和な街にも人が立ち寄れない危険な場所がある。

 チクナミの中心地を北上すると、そこには常に魔力嵐が吹き荒れる区域がある。

 ある日は炎が吹き荒れ、ある日は水が槍のように降り注ぎ、雷の日もあれば文字通り嵐の日もある。果てはそこに立ち入った者を昏睡させ、過去のトラウマを夢として投影する霧が立ちこめる日もある。

 人間はおろか、多くの生物に生存困難な不毛の大地だ。

 そんな不毛の大地にポッカリと半径2kmほど嵐の影響が無い地域が存在する。

 チクナミに住む人はそれを「非魔法区」と呼んでいる。

 魔力嵐の影響を受けないどころか、同様の原因で魔法使いも魔法を使うことができない地域である。

 非魔法区は山を中心に広がっている。

 そんな非魔法区の少し内側に城壁のような壁がぐるりと立っており、城壁の内側で小さなコミュニティが形成されている。

 非魔法区の中心部、山のてっぺんには塔のような建物があり、そこには一人の少女が暮らしていた。

 肘あたりまで伸びた銀髪の赤い瞳の女性だ。

 彼女は母が亡くなってからずっとこの塔で過ごしていた。

 鏡はある。本もある。寝床も清潔で、お風呂は足をのばせる。食事は大好きな妹の手作りであたたかい。服へのこだわりはあまりない。

 話し相手は身内だけ。下の階に行けば街の喧騒がなんとなく聞こえる。

 小さな塔が彼女の世界だった。窓から覗く青空も、街を囲う壁の向こう側の嵐にも、彼女は憧れることは無かった。


 夕暮れ前、塔の最上階で彼女は暮れていく空を眺めていた。

 夕飯のメニューや、共に食事をする妹の事を考えていた。

「こんにちは」

 そんな彼女が眺めている窓とは別の方向から男の声がした。

 彼女は身体を強ばらせ、おそるおそる声の方へ振り返る。

 男は女が眺めていた窓とは別の窓の縁に腰掛け、女に手を振っていた。

「どうして……?」

 困惑が彼女を襲う。

 どうしてこの塔に登れたの?そもそもどうして誰にも気づかれずにここまで来れたの?言葉にせずとも男には伝わったようで、

「それは、魔法で」

 となんてことなしに彼女に答えた。

「ウソ……!そんなはずは、だって、この街で魔法が使えるわけがない」

 動揺が大きくなるにつれて、彼女の周囲がまばゆく光る。

「あぁ、やっぱり君がこの街の核なんだね」

 男は近づきながら声をかける。

 彼女は後ずさる。(犯されるなら嫌だけどまだマシ。殺されるのも少しの間は大丈夫かも。だけれど、連れ去られたら、“移動”させられたら皆が…………。それだけはダメ!!)そう少女が思うとまばゆさはさらに増していく。

「あ、それはまずい!ちょっと待って!」

 慌てた男は彼女に手を伸ばす。

「いやーー!!」

 彼女の叫びと共に纏った光は波動となって、男の手を拒絶する。

 そして、男の両腕はぴちゃりと落ちた。

 青ざめる彼女。両腕を落とされた男は額につける手も無くヤレヤレと首をすくめた。

「大丈夫。僕の魔法でできた水の義手だから。今は君の力で制御が効かなくなっているけどね」

 男は励ますように彼女に語る。

 彼女は男の腕を落としたショックで口をパクパクさせたままだった。

 塔に住まうトウメイと魔法使いスイリュウの出会いは最悪と言っていいものだった。


「落ち着いたかい?」

 スイリュウはトウメイに問う。

 腕はまだトウメイの影響下にあり、主の元には帰っていない。

「……はい」

 腕の無い男への恐怖はまだあるが、トウメイに危害を加えるつもりならすでに逆上されている、と自分を納得させおずおずとスイリュウを見る。

 綺麗な青い目と髪。名は体を表すというが、龍に関係する魔法使いなのだろうか。それならトウメイの“体質”にも抵抗できるのかもしれない。

 引きこもりのトウメイは本から得た知識を思い出しながら、目の前の男を観察している。

「いやぁ、驚かせて申し訳ない。一人旅の中で見つけたこの街に違和感を感じてね。こっそり辿ってここに来たんだ」

 腕があったら頭をかいていたような仕草でことの経緯を説明する。

 その経緯の異常さにトウメイは信じられないと目を見開いた。

「一人で来たのですか?魔力嵐に囲まれ孤立したこの地に?」

「うん、一人で来た。運が良かったよ」

「貴方が一人でも魔法が使える特異な存在だと言うことは疑いようもないですが、なぜそのような自殺行為を……」

 絶句しながらもトウメイは訊ねる。

「秘密」

 引きこもりにもわかるような拒絶の態度。

 これだけの実力を持ちながら、危険な旅をしている時点でまともじゃない。この街はトウメイを中心に異常ではあるが単身で出向くほど特別な場所でもない。話術の無いトウメイは大人しく引き下がった。

「そんなことより、君のことだ」

 スイリュウはトウメイに向き直る。

「この地に魔力嵐の影響が無いのは、君から溢れ出ているその魔力が原因だ。言ってしまえば魔力の暴走だ。魔力嵐よりも強烈な魔力の激流で嵐を押し流す事でこの地は成立しているんじゃないかな?」

 息を飲むトウメイ。沈黙が塔を支配する。

「……さすがですね。その通りです。私は生まれながらに魔力に溢れていました。溢れ出る魔力はこの地の外壁まで届いています。

 反面、この魔力を御する事ができないがために魔法の鍛錬も受けていません。

 ただそこにいるだけの守り神で置き石。それが私という人間です」

 口を開いてからは滑らかだった。

 滔々と告げられた答え合わせにスイリュウは顔をしかめる。

「君のその体質は早死にする。魔力をコントロールする術を学ばないとあと10年以内には死んでしまうんじゃないかな?」

「その通りです。過ぎたる力なのは自覚しています」

「それでも君が魔力をコントロールするための訓練を行わないのは、この街を覆えなくなってしまうからかい?」

「主な理由はそれです。後は、単純にこれだけの魔力量を掌握するノウハウが無くてそもそも訓練ができないんです」

「もし、この街を守る手段を用意できて、君の魔力が制御できるような訓練ができるとしたら、君は訓練を受けるかい?」

「いいえ、受けないと思います。これが私の役目ですから。母もそうでした。私の血筋は子を成せば必ず一人目にこの体質が出ます。私はもうすぐ死にますので、そろそろお見合いが始まりそうです。子が生まれれば、子と交代で外にも出る事ができますが、きっとしないでしょう」

 トウメイは悲観するでもなく淡々と自身の境遇を語る。まだ開いた窓からは鐘の音が流れてくる。

「ずいぶん達観しているけれど、楽しみは無いの?」

「本はよく差し入れで貰います」

「ここは君の体質で基本的に魔法が使えない環境だけれど、魔法には興味は無いのかい?」

「もちろんあります。あなたの義手も本当にビックリしたんですよ?」

 少し膨れてみせるトウメイに、スイリュウは彼女が年相応に若いのだと感じる。

「体質をコントロールできればもっとたくさん面白くてビックリすることが見れるかもしれないのに、塔から出ないのかい?本だってたくさんある」

「それはとても魅力的ですけれど、ここにも読み切れないほど本がありますし……。先代の趣向の偏りは見えますが」

 そう言いながらトウメイは机の横の本棚を見やる。

「君のために送られた本はそこにまとめられているのかい?」

「はい、何度も読むくらい好きなんです」

 トウメイのための本棚から小説を取り出す。物語の少年少女に想いを馳せ、少しだけうっとりとしている。好きな話題に移ったからか、すっかりスイリュウに慣れている。

「あー、確かにその作品は良い趣味してる。それの続編もなかなか面白いよね」

「え、続編……?」

「あれ、知らなかった?まぁ確かに続編が出るまで少し間があったし、タイトルも違うから気づかなかったのかもしれないね。君が好きなキャラクターのその後もしっかり描かれているし、まだ連載しているよ」

「連載ってなんですか?」

「え、そう言われても……。例えばこの作品は毎月決まった日に漫画雑誌に掲載されるんだけれど、そこまではわかる?」

 スイリュウはトウメイのお気に入りが入った本棚とは別の本棚から漫画本を取り出しながら説明する。

「つまり、この物語は終わっていないということですか!?物語というのは完成した状態でお出しされるものじゃないのですか?」

 理解した瞬間、トウメイの剣幕が変わる。

「う、うん。この物語は今も続いているよ。ここにある本だって、1冊で完結しているものもあれば、いくつも巻がある物語もあるだろう?後者のほとんどは物語を作りながら公開している」

 気圧されながらもスイリュウは疑問点を理解して、トウメイへの説明を続ける。

「そんなぁ……。パレットはこのことを知っていたのかなぁ……。知っていたならどうして……」

「パレットって言うのはお友達かい?理由ならなんとなくわかるよ」

「パレットは私の大切な人です。彼女がどうして秘密にしたと思うのですか?」

「それは君の寿命だよ。連載作品って言うのはね、いつ終わるのかわからない。5年で終わるものもあれば10年、20年と続くものもある。君がその作品を愛しているからこそ、お友達は結末を知らぬまま死にゆく可能性を見たく無かったんじゃないかな」

 スイリュウの推理を聞いて、トウメイは考え込む。パレットならありうるとも思うし、その優しさに嬉しさも感じる。しかし、それ以上にムゥっとした怒りがこみあげてくる。

「スイリュウさん。いえ、師匠」

 スイリュウの目を見つめる。スイリュウの青い瞳にトウメイの姿が映り込む。

「なんでしょう」

 急に見つめてきてスイリュウもたじろぐ。

「私が魔力を御する事ができれば、長生きできるし、魔法の文化圏にも行けますよね?」

「もちろん」

「もし、私が訓練する過程で、街の守護が小さくなったら、どうにかしてくれますか?」

「僕と相性の良い魔力嵐の日ならいいよ」

「じゃあその日だけで良いです。私に魔法を教えてください!大好きな物語を見届けるために!!」

 あまりの力強さにスイリュウは吹き出す。

「街の都合や僕の都合は二の次かい?いいね気に入った。君の命を救う手助けをさせてもらおう」

 こうしてトウメイとその師匠スイリュウは師弟となった。

 この出会いはトウメイだけでなくスイリュウの命も救うことになる。


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