第1話「まいどあり! と彼女は笑う」
チリン。
マリエッタは店の入り口から聞こえた音に振り返り、見慣れた銀髪に笑顔を浮かべた。
「あ、レイヴン様。いらっしゃいませ」
コーヒー豆の独特な香りに少しだけ頬を緩ませた男、レイヴンは美しい銀髪を揺らして頷いた。氷と呼ばれる水色の瞳は、しかしよく見れば暖かさに溢れている。
(本当に優しい人なんだけど、中々気づいてもらえないのよねぇ。伝わるようになればもっとモテるでしょうに……)
もったいない。
マリエッタはそう思ってからふと考え込む。
柔らかに微笑むレイヴンを想像したら、たしかにモテるだろう。しかし、彫刻のように整った顔立ち、さらに地位もお金も持っているとなると、モテすぎるかもしれない。……それはそれで、彼にとって大変かも、と想像の中で心配した。
(あのヴァレリオも一時大変だったものねぇ。端から見ていてもうんざりしたし)
モテすぎて苦労した某冒険者を思い浮かべたマリエッタは「何事もバランスよね」と一人ウンウンと頷いた。レイヴンはそんなマリエッタを呆れた顔で見ている。彼女が一人で勝手に考え込み、一人で納得するのはいつものことだ。しかし――同情するような目で見られて怪訝そうではあった。
「…………」
「あら、ごめんなさい、レイヴン様。コーヒーですよね? いつものにします? それとも……最近入った別の、試されます?」
視線に気づいて我に返ったマリエッタが店主モードに入ると、レイヴンは少し安堵の息を吐き出し、意外そうに目を細めた。マリエッタは他の客には新商品を勧めることもあるが、レイヴンにはあまりしない。
何せレイヴンは好みにうるさく、今のコーヒーがとても気に入っていることを彼女は知っているからだ。
「あなたが私に勧めるということは、私好みということでしょうか」
「もちろんですよ。
といっても、正確にはコーヒー豆じゃなくて、たんぽぽの根を使ったコーヒーなんですけどね。体に優しくて、夜に飲んでもいいみたいですよ」
「たんぽぽ……夜に、ですか?」
「ええ。夜遅くまで仕事をされるレイヴン様にまさしくぴったりでしょっ?」
レイヴンが眼鏡の奥の目を驚きに染め、興味深そうな顔をした。マリエッタは笑う。
「興味あるなら、ちょっと試飲してみられます? 今丁度私も飲んでて……」
マリエッタは返事を聞かずにささっと淹れてしまう。そうしないとレイヴンは律儀に「お金を払ってから」とか云々言い出すからだ。
実際、財布を出そうとしたレイヴンは「はい、どうぞ」と差し出されたカップを前に、困ったような雰囲気で動きを止めた。それからマリエッタを見て、「はぁ」と諦めたようにカップを受け取る。
その水色の瞳は、しかしどこか恨めしそうにマリエッタを見た。これがきっとギルドの新人職員ならビビったかも知れないが、マリエッタには効かない。どころかニコニコしている彼女にレイヴンの方が気圧されている。
「……いただきます」
「はい、どうぞー」
レイヴンは不思議そうな顔で香りをかぎながら、そっとコーヒーを飲み、ほおっと息を吐き出した。
「少し風味は違いますが、たしかに落ち着く味わいですね」
「でしょ? とある国ではタンポポの根を薬にも使うそうですし、このコーヒーは妊娠中の人や子供でも飲めるんです」
マリエッタはそう言ってから、両拳を握って笑顔で言う。
「ギルバートさんのことで胃を痛めているレイヴン様に、ちょうどいいなって思ったんですよ!」
彼女の善意の笑顔に、レイヴンはなんとも言えない顔をした。そんなに自分は疲れているように見えるのかと、レイヴンは思わず店のガラスに映る自身の姿を確認してしまった。――いつも通りで彼はホッとする。
「それは……お気遣いありがとうございます」
「でしょでしょー? で、買います? 輸入しないとなんで、ちょっと普通のよりお高めですけど、効能は保証しますよ!」
「あなたは本当に……はぁ。はい。いつものと、こちらを少し頂けますか」
「まいどありー!」
コーヒーの香漂う店内に、マリエッタの輝く声が響いた。




