表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リンドベルへようこそ【本編完結済】   作者: 染舞
料理人ダンのレシピ帳
6/12

最終話「酒と温かいスープと冒険者の青年」

 リンドベルは、いつだって賑やかだ。

 人の出入りが多く、見知らぬ顔と知った顔が交差する。


 だからだろう。ダンはこの静かな一角に来ると、とても違和感を覚え、むず痒くなる。

 瓶を片手に持ったダンが迷うことなく歩いていくその一角は、平たく整えられ、高い建物がない。代わりに石が整然と並んでいた。


 ダンは、そんな石の一つの前に立つと、動きを止めた。

「花は持ってきてねえぞ。お前もいらねーだろ?」

 そんな風に石に声をかけ、代わりとばかりに酒が並々と入った瓶を逆さにして、石にかける。

「味わって飲めよ。知り合いの商人に頼んで取り寄せた、良い酒なんだからな」


 その酒がどれだけ貴重か。手に入れる苦労を、文句を言うようにダンは話す。他のことは語らない。まるで返事が聞こえているように、ただ……『今』の話だけをした。

 失った話ではなく、今も続く出来事を語る。


「ギルのやつは、最近ますます肉しか食わなくなってきたよ。野菜も食えって言ってんだがな。俺が出さないと食いやしねぇ。

 レイヴンも見かねたのか。俺に『弁当を作ってほしい』なんて言ってきたが断ったぜ。俺はお前等のオフクロじゃねーってな」


 普段はこぼさない愚痴。それをダンは散々語り、息を吐く。――いつの間にか、酒瓶からはもう液体が落ちてこなくなっていた。


「よし。これだけ愚痴れば、酒代の元は取っただろ。俺はもう行くぜ。じゃあな。もっといい酒飲みたきゃ、愚痴は覚悟しろよ」

 最後まで、まるでそこに相手がいるように話したダンは、背を向けて歩き出す。挨拶をしに来ただけのように、その足取りは軽い。


 だが、そんなダンとは違う、重たい足取りの青年とばったり出くわす。

 鋼の鎧。赤いマントに、短い黒髪、精悍な顔立ちの期待の冒険者、ヴァレリオ。ヴァレリオ=アークライト。


挿絵(By みてみん)


 彼は普段の明るく柔和な表情をどこへ置いてきたのか。赤い瞳を濁らせてそこにいた。


「あ……ダンさん」

 その声もどこか乾ききったようだ。


 ダンは、しかし眉をしかめることも、変に彼を明るく慰めることもしない。


「よお。来るか?」

 短い誘い。重くも軽くもない言葉。しかしそれが、ヴァレリオの沈んだ心をすくい上げる。

 ヴァレリオは赤い瞳を少し細めて笑った。


「はい……夕方になって少し、冷えましたから。ダンさんのスープが飲みたいです」


 そう言う彼の指先は確かに少し震えていた。炎の魔法を自然発火した天才でありながら、ヴァレリオは『あの日』から、自分自身を温めることが出来ないでいる。

 しかしダンは何も言わない。ただ笑った。


「ははっ、スープか。スープだけでいいのか? 最近いい酒が手に入ったんだが……」

 顎に手を当て、にやりと笑うダンに、ヴァレリオはしばらく唖然としてから「う」と声をつまらせた。

 赤い目が揺れる。

 明らかに酒に興味を惹かれているが、つい先日酒に酔ってダンの店で眠りこけ、一夜明かしてしまったことを思い出したのだろう。


「いや、でもまたあの日のように、ご迷惑おかけするわけには――」

 酒の誘惑に抗おうとする眼の前の青年の目に、濁りはなくなっていた。

 そこには、天才と言われて孤独を抱える姿も、二つ名の重圧に苦しむ影も……過去から抜け出せずに足掻く様子も、ない。

 ただの……どこにでもいる、酒好きの青年がそこにいた。


 呆れたようにダンは肩を竦める。


「迷惑ってなぁ……今更だろ? あれで何回目だと思ってるんだ。いい加減ふっきれたらどうだ?

 ギルなんて俺の家を自分んちみたいに泊まってくぞ」

「それはギルバートさんだからで、俺はっ、その……」


 ヴァレリオは悩み、酒は飲まない、と口にした。


「ま、無理強いはしねえよ。お前が飲まないなら、俺が飲める量が増えるから、こっちとしてもありがたいしな」

「え? ダンさんは飲むんですか?」

「そりゃそうだろ。俺が買った酒だぞ。俺が飲まないでどうするよ。まさか……お前にやるとでも思ったのか?」

「! そ、そうじゃ、ないですけど……」


 赤い瞳は恨めしそうだった。本当は飲みたいのに我慢する自分の前で飲むのか、と目だけで文句を言っていた。


 ダンは知らないフリをして前を向いた。


(さて。どれだけ強がりが持つかな)


 温かなスープと料理に、お茶と酒がテーブルに並ぶ。

 ダンが自分の分だけの酒を注ぐと、ヴァレリオは「本当にダンさんだけ飲むんですか?」と言いたげに口を尖らせた。

挿絵(By みてみん)

 酒を飲まないと言ったのは彼自身なのに、だ。

 何も気づかないふりをして、ダンは美味そうに酒を飲む。それから視線に気づいたように、ヴァレリオを見た。


「かぁっ美味ぇ! ん、どうした? そのお茶も俺が選んだんだ。美味いだろ?

 ほら、遠慮せずに飲めよ」

「う……はい……うぅ、お茶、美味しいです」


 普段は素直なのに、こういうときだけ頑固になる青年が、美酒の誘惑に負けて泥酔するまで、そんなにかからなかった。


 ソファの上で心地よさそうに寝ている青年に毛布をかけて、ダンは呟いた。


「さてと。明日の仕込みでもするかな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ