第1話「ストレイト鳥の唐揚げと肉好きなギルド長」
リンドベルの朝は早い。
まだ日が昇りきっていない中、家の外に出て、もしくは窓から結界樹を見て祈る――リンドベルで育った者たちの日課だ。
冒険者ギルドから歩いて五分もない場所にある小さな食堂。
そこでも一人の男性が窓から見える結界樹を見上げ、ニカッと笑った。
「ははっ、今日もでかいな」
軽く目を瞑っただけで起き上がった彼――ダンは、睡眠で固まった体をゆっくりとほぐす。膝も慎重に伸ばした。そして身だしなみを軽く整えると厨房へ向かう。
若干だけ、左足を引きずるようにしながら動く彼が通り過ぎた壁には、一枚の写真。焦げ茶の髪の男と少し若いダンが、各々の得物である大剣と杖を掲げて笑っていた。
ダンは保存庫を覗き込む。
「たしかスレイト鳥の肉がまだ……あったあった! 今日はこいつで揚げ物にでもするか。あいつは『肉だ! 肉!』ってうるせぇし、これなら満足するだろ」
独り言を言いながら、ダンは手際よく鶏肉を取り出して下準備をする。
彼の店は朝は開かない。昼からだ。店の開店準備をしつつ、自分用の朝食には銀鱗魚を塩焼きにする。ダンは年下の幼馴染と違い、肉より魚派だ。
それにランデルの葉をメインにした和え物なども用意してしっかりとした朝食の完成だ。
昼間には肉好きと同時にさっぱり好きという真逆の趣味の二人組がやってくるため、両方を用意しないといけないので気合を入れなければ。
「……って、そういやコーヒー切らしてたか」
物静かな銀色の髪を揺らす姿をダンは頭に浮かべる。
きっと礼儀正しい彼のことだ。コーヒーがないといっても文句は言わないだろうが、残念そうにするだろう。彼は表情こそ動かさないが、目がよく語る。
幼馴染の面倒を見てくれているのだ。気遣ってやりたい。
ダンはそう思って、他の食材を買うついでにコーヒーも買いに行くことにした。
朝食を食べて外に出ると
「あー、でも……ワクワクするなぁ!」
なんとも元気そうな声が聞こえ、ダンは思わずそちらを見る。
耳の尖った少女――エルフだろうか。目をキラキラと輝かせて北――冒険者ギルドの方へ向かっていく。
どうやら今日もまた、新しい冒険者、彼の後輩が増えるようだった。
「あの嬢ちゃん、あいつらにビビらさられないと良いが」
冒険者ギルドのトップは顔がいかつく、その補佐は無愛想だ。
そんな心配をして肩を軽くすくめたダンに「ん? お、ダンじゃねえか。珍しいな、こんな時間に」と彼に声をかけたきた人物がいた。
焦げ茶の髪をオールバックにした大男。ただでさえゴツいというのに左目に黒い眼帯をつけ、残った右目も鋭く周囲を睥睨しているので威圧感が凄まじい。
大男――ギルド長のギルバート=レイグは、しかしニカッと人懐っこく笑った。
「いつも仕入れは人任せか、夜にしかしないやつが朝から市場とは、急用か? 俺が獲ってきてやろうか?」
「ギル、あのなぁ。俺だって朝に出かけることはあるさ」
人を何だと思ってるんだ、とダンが睨むもギルバートは意に介さずに大声で笑い、彼の肩を叩く。
「がははっ! でも事実だろ」
「――今日の飯、野菜だらけにしてやろうか?」
「おいおいっ、それは勘弁してくれよ! あ、まさか肉がねえのか!? 今から獲ってきてやる! クリムホッグでいいか?」
今すぐに飛び出ていきそうなギルバートに、ダンは額を押さえた。
「やめろ。肉ならある。俺を言い訳にダンジョンでサボろうとするんじゃねえよ。レイヴンに迷惑かけてやるなって」
「ははは、バレたか!」
からからと笑うギルバートにダンは呆れる。こんな適当な男が上司だなど、レイヴンには同情する……心の底から。
「で、今日は何なんだ?」
「スレイト鳥の唐揚げだ」
「おおっまじか! ダン兄の唐揚げは絶品だからなぁ! こりゃ楽しみができたぜ」
そんなやり取りをしながら、ダンは慣れた様子で買い物をしていく。ギルバートの話は適当に流すのがコツだ。
(レイヴンは適当に、が出来ないからなぁ。そこがいいところなんだが、この男の元じゃ苦労の元だな)
銀髪眼鏡で周囲からは『氷の副長』と呼ばれるレイヴンだが、その実態はただの真面目で上司に苦労している男だということを知っている者は、数少ない。
ダンは街の人々と楽しげに話しているギルバート(もう出勤時間のはずだが、仕事はどうした)を横目で見て息を吐く。
そして今日の昼間は、レイヴンの胃に優しいメニューを作ってやろうと彼は思うのだった。




