第2話「クリムホッグの煮込みは美味しかったです!」
冒険者になるためにリンドベルにやって来たカイリ。
ギルドにやってきていきなりつまずきかけた彼女に、先輩冒険者ライラが声をかけてくれたことで無事に冒険者になれた。
だが次の試練……初心者講習が彼女を待っている。
ライラは緊張するカイリを励まそうと、食事を奢ると誘ってくれて……?
「え? え?」
きょとんとし、それから不安そうにしだしたカイリを見てライラは慌てたように手を振って、「ああっ」と食堂を指さした。
「ご飯! ご飯食べようよ! 講習まで時間あるし、ギルドのご飯美味しいんだよ~ライラ、お腹ぺこぺこだよ」
なんともわざとらしい話題転換だったが、たしかに昼時。カイリもお腹が空いているし、先程から漂う美味しそうな匂いは気になっていた。
咄嗟にお腹を擦ってしまったカイリにライラは明るく笑い、胸を叩いた。
「よーし! 今日はライラ、後輩ちゃんにお昼ご飯奢っちゃうよ!」
ふふんっと胸を張るライラ。話題転換ではあったものの、ライラ自身『後輩』というものに対して思うところがある……つまり、先輩風吹かせたいようだ。
レイリアがライラをどこか呆れたようでいて、微笑ましそうに見ていた。
「ふふ……ライラもこう言ってますし、たしかに講習まで時間もあるので、お食事してきてください。ここにしかない料理もありますし、他の冒険者の話も聞けるかも知れませんよ」
淡々としつつも優しい声でそう言われ、カイリは頷いた。冒険者ギルドの料理は、たしかに気になる。
ライラが歓声を上げた。
「やったぁ! 行こう行こう! あのね、ライラのオススメはやっぱりクリムホッグだよ! ダンジョンでよく穫れるから新鮮なものから熟成を重ねたベーコンまであって、どれも美味しいんだ!」
にこにこと話すライラに、カイリも緊張を解して目を輝かせ始めた。
「クリムホッグ!? え、でもあの肉、美味しくないよね?」
「チッチッチ! 甘いよ、カイリちゃん! チョコみたいに甘いよ!」
空いている席につきながら、ライラは先輩として話せるのが嬉しいのか、その口は止まらない。そしてカイリもまた、憧れの冒険者から話を聞くのが楽しくてたまらないらしく、キラキラと目を輝かせて話を聞く。
二人の少女のなんとも微笑ましい姿に、周囲で昼間から酒を飲んでいたベテランの冒険者たちも気持ちを和ませていた。
「がはははっ、そうだぜ嬢ちゃん。クリムホッグが不味いってのは外の話。リンドベルダンジョンのやつらは外の倍はデカくて、肉がしまっていて美味いんだぜ?」
和んでいた一人の大男が豪快に笑いながら会話に参加した。焦げ茶の髪をオールバックにし、鋭い青い右目。左目を黒い眼帯で覆ったその男は、いかつい風貌とは似つかぬ人懐っこい笑顔を浮かべていた。
ライラが男を見てぱぁっと顔を輝かせ「ギル長!」と呼んだ。
「聞いて聞いて、ギル長! 今日ね、ライラ、後輩ちゃん出来たの! カイリちゃんって言うんだよ」
男に紹介されるカイリだが、突然のことに目をパチパチと何度か開閉させた。
(ギルちょう……ギル長……ギルド長!?)
頭の中でライラの言葉が変換され、一気にカイリは目が覚めたような感覚になる。慌てて立ち上がる。
「はわっ、す、すみません! さっき登録を済ませたカイリって言います! よろっく、お願いしぁす!」
必死過ぎて舌が回ってないが、その人柄は十分に伝わったのだろう。男、ギルド長のギルバートは鋭い目を楽しげに細めた。
「おうっ、俺はギルバートだ。たしかにギルド長だが、様付けはやめてくれよ? レイヴンのせいで職員連中から様付けされるだけでも鳥肌立ってしょうがねーんだからな」
まったくあいつは頭がかてー。
と、ギルバートはここにはいない副官に文句を言いつつ、カイリの肩をバンバンと叩く。少し痛いが、加減はしてくれてるのだろう。その後、ぐしゃぐしゃとライラと同時に頭を撫でられる。
「わわわっ」
「わー! ちょっと、ギル長! 頭めちゃくちゃになっちゃうよぉ!」
どうして良いかわからないカイリに対し、ライラは反論していたがどこか嬉しそうだ。悪い悪いと軽く謝るギルバートとのやり取りは、どこか親子のように見えた。
「悪いって。よしっ、お詫びと新しい仲間を祝して俺が奢ってやる! 好きなの頼め!」
カイリはぽかんと口を開けていた。
何せ、リンドベルの冒険者ギルドといえば世界各地のギルドの総本山。そんな組織のトップが目の前にいて、そんなすごい人に頭を撫でられたのだ。――彼女の思考の限界を超えていた。
しかしライラは無邪気に飛び跳ねていた。
「ほんとっ? やったー! じゃあライラ、クリムホッグのルブルート煮と、焼き立てパンと……食後のチョコパフェ! カイリちゃんどうする?」
急に注文を聞かれたが、カイリはもういろんなことが起こりすぎて考える気力がなかった。
「え、ええ? じゃあ、ライラちゃんと同じで」
「分かった!」
「良いもん頼むじゃねえか。うちのクリムホッグは普通でも美味いんだが、ベテランが解体して処理してるから、他の街とはまた違うぜ?」
ニッと笑うギルバートからは、どこか誇らしげな空気を感じた。
(解体する人と知り合いなのかな?)
カイリは疑問に思ったが質問する気力はなかった。
そして運ばれてきたクリムホッグの煮込み料理は、想像していた数倍は美味しかった。
臭みはなく、筋っぽい感触もなく、程よい脂身と赤身のバランスが最高で、それが赤い根菜のルブルートのソースとよく合った。
「美味しいでしょ? で、パンをこのソースつけると……ん~~~、最高っ」
ライラが頬を押さえて叫ぶのを見て、ごくりとつばを飲み込んだカイリ。彼女の真似をしてパンを一口。
途端に口の中に広がる小麦の香りとソースの酸味がちょうどよいハーモニーを生み出した。
これが毎日食べられるなんて、冒険者って最高。
と、とても単純に思った。
ちなみに冒険者ギルドの食堂兼酒場では、冒険者以外も食事をできるが冒険者証を出すと割引してくれるらしい。
今回は奢ってもらったが、これはいい情報を聞けたとカイリは思った。
「ギルドのご飯は美味しいし、程よい値段でたくさん食べられるから、ありがたいよね」
「それはたしかに」
少し神妙な顔をしながらチョコパフェを食べる少女たちに、ギルバートは酒を飲みながら笑う。
「がははっ、ま、その分頑張って大元の肉を獲ってこれるようになれってこった」
それが彼なりのエールだったのか。それとも単純に彼がクリムホッグを食べたいだけかは分からなかったが、カイリはいつか自分が獲って帰った肉がここで提供される日を想像して、また気持ちが高揚した。
すっかり、初心者講習に対する恐怖は消えたようだった。
――数時間後、悲鳴を上げるとも知らずに。




