6.お披露目と歓迎パーティ
奈月のお披露目と歓迎パーティの時間が迫ってきた。
「それにしても王宮に来たその日とは、忙しないですね」
「まあ、城の連中からしたら、いつ来るか分からない俺たちを待ち続けるのは、かなりのストレスだったらしい。さっさと済ませたいのだろう」
「それくらいなら、お披露目とかパーティとかいらないのに」
「だが、ここまでお膳立てされてしまえば断ることもできまい。それに、貴族が一堂に会するのだから、魔の気配のある領地に名乗り出てもらうのに都合がいい。目的をそれに切り替えれば、パーティも無駄ではなかろう」
賢者の言葉に奈月も納得した。
足を踏み入れたパーティ会場はむやみに明るかった。
シャンデリアだけでなく、どこが光源とも分からないキラキラした光の粒が舞っている。魔法だろうか。ちょっと抑えてほしいほど眩しい。
王族が登場し、王の挨拶の後、奈月と賢者がステージ上に呼ばれた。
聖火の巫女である奈月を紹介するのは、魔導院の最高顧問であり大賢者の称号を持つセレノスだ。奈月は賢者の横に並んだ。
―― 白いドレスだ。
―― 手に持っているのは?
―― 祝福のトーチというやつじゃないか?
―― あんな華美な衣装で戦えるのかしら。
「さて、ここにいる白川奈月殿が、伝説に謳われた聖火の巫女だ。異世界の日本という国から来た。魔の気配がある領地に心当たりがある者は申し出てほしい。こちらに滞在している間は、魔を払うことに協力してくださるそうだ。以上」
奈月の知る賢者らしい簡素な紹介に、会場には不満のざわめきが起こった。
「そうだ、大事なことを言い忘れておった。大賢者セレノスの名において、聖火の巫女である奈月殿を害するものは、国賊と見なし排除する。ゆめゆめお忘れなきよう」
そう締めくくり、賢者は奈月をエスコートしてステージから降りた。
「あの、私も一言挨拶するようにと言われていたのですが、良かったのですか?」
奈月は小声で賢者に訊ねた。
「なにも最初から、こちらばかりが手の内を明かす必要もあるまい。どこで足元を掬われるか分からんからな。言葉は惜しむが良いぞ」
奈月と賢者の元に真っ先にやって来たのは、飛竜が現れた村の領主だった。息子に領地を任せ、自分は王都にいたので、すぐに礼も言えず申し訳なかったと謝罪した。翌々日には王宮に来るものと思っていたらしい。仕方がないことだと思う。奈月も、やきもきしていたのだ。
その領主が離れると、魔を払ってほしいという領主が何人かやって来た。賢者が領地を確認し、対処の必要ありと認めたら巫女殿をお連れすると約束した。この数なら闇雲にあちこち連れ回されることはなさそうだ。
魔を払う依頼が一段落すると、野心や好奇心や下心を持った者たちが近づいてきた。
「どうやって飛竜を倒したのだ(目を瞑っていたのだろう)」
「跡形もなく消し去ることなど可能なのか(死体もないのに信じられるか)」
「そのドレスのなんと神々しいことか(それで魔物と戦えるのか)」
「異世界からどうやっていらしたのですか(村も巻き込んだ大掛かりな詐欺ではないのか)」
どの問いも、その後に続く言葉が聞こえてくるようだった。省略された言葉を察する日本人の能力が、こんなところで活かされるとは。
質問には賢者が答えた。
「百の説明より、一度見ていただこう。次の巫女殿の遠征が決まったら、ぜひその目で確認していただきたい。今質問した者で、実際に魔物を見た者はおられるか。辺境に領地を持たぬ貴族には魔物など他人事だろう。噂で巫女殿を腐すのではなく、事実で語ってほしいものですな」
興味本位で問いかけた男たちは、羞恥に声を詰まらせた。魔物などと関わりたくない。気まずい沈黙が生まれた。
そこに、場違いなほどに明るい声が響いた。ガイウス王子だ。
「なんだ、なんだ、奈月の武勇伝が信じられないのか。そりゃあ、そうだよな。そこまでの力は大賢者殿にもないのだろう」
「いかにも」
「だから次の機会は俺も見に行くから、お前たちもついて来いよ。見もしねえものをあれこれ言ったってしょうがないだろ。トーチが青い炎を噴き出すなんて格好いいじゃねえか。見たいだろ?」
勢いに押され、数人が頷いた。
「じゃあ、こんなとこで説明も証明もできないことを問い質してないで、巫女様を歓迎しようぜ。少なくとも、あの村の住人全員が助かったんだ。俺は王族として奈月に感謝している」
ガイウス王子の言葉で、奈月と賢者を囲んでいた貴族たちがゆっくり離れていった。
「ありがとうございます、ガイウス殿下。こんな時の対応の仕方が分からず困っていました」
「困ってないでトーチを振り回して蹴散らせばいいんだよ。炎は出さなくても、ぶん殴れるだろう?」
「殿下、冗談なのか本気なのか区別がつかないアドバイスは、奈月殿を余計に混乱させますぞ」
「本気に決まってんだろう。あいつら国を救う巫女に失礼過ぎ」
ガイウス王子はすっかり奈月に懐いて、次の遠征を心待ちにしているようだった。
じゃあな、と言ってガイウス王子が去った後、絢爛たるドレスの女性が目の前に立った。後ろに二人の女性が付き従っている。三人とも十代だろうか、若さと自信にあふれているように見える。
「ごきげんよう、聖火の巫女様」
「ごきげんよう、白川奈月と申します」
「私は、レティシア・ロッシ。炎の魔法を得意とする者です。あなたが来るまでは、私が聖火の巫女に最も近い者と言われていました。あなたは魔法のない世界からいらしたそうですね。それなのに聖火を扱えますの? 巫女としての高貴さも品格も、あなたからは感じられないわ」
背後の女性たちが頷く。なかなか失礼な物言いだと思うが、これが貴族の有り様か。
「品格ですか? 飛竜に相対した時に、カーテシーでもするのですか。高貴であれば、飛竜が応えてくれるとでも」
「無礼な。そんなこけおどしのトーチで魔を払うなど、とても信じられないと言っているのです」
奈月はプライドの高そうなこのレティシアをどう宥めようかと考えた。賢者は自分が出るまでもないと見たのか、静観している。
「では、こうしましょう。聖火の巫女の名は、レティシア様のものにしましょう。私は別にそうした名前がなくても魔を払えますし、いずれ元の世界に帰りますから、そのような大それた称号を貰っても持て余すと言うか、向こうでは使い道もありませんから」
奈月は謙虚に提案したつもりだった。
しかし、レティシアには、聖火の巫女という名前は取るに足らないものと聞こえてしまったらしく、怒りに震えている。
どうしたものかと思っていると、
「相変わらず真っ直ぐね、レティシア様は」
また一人、艶やかな黒髪を背中に流した深紅のドレスの女性が、会話に入ってきた。
「ごきげんよう、巫女様。聖火の巫女の名前を返上するのなら、奈月様とお呼びした方がよろしいかしら」
「ごきげんよう。私はどちらでも構いません」
「そう、では奈月様と。私はカミーラ・モンテヴェルデ。我が伯爵家の領地は、西の国境まで続いております。魔物もたびたび間引くのですが、今年はそれが追いつかないかもしれません。奈月様のお力をお借りしなければならない時は、どうぞよろしくお願いしますね」
貴族のお手本のように美しく整った笑顔を向けられた。
「はい、遠征先は賢者様が決めてくださいますので、その順番で回ります」
「あら、うちは広大な穀倉地帯を有しているのよ。他より優先されてしかるべきじゃないかしら。王国民の食卓にパンが並ぶのは、主にうちのおかげだわ」
「そうなんですか」
「そうよ、あなただって、こちらに来て食事にはパンを食べているでしょう?」
「王宮に来てからお菓子をいただきました。マフィン、美味しいですね。それに、村にいた時は主食はイモでしたから、小麦粉の恩恵にはそれほど・・・。ともあれ、回り順を決めるのは、この国に五百年も生きている大賢者様ですから、私はそれに従うだけです。カミーラ様も私に言うより、大賢者様に直接交渉した方が話が早いですよ」
「五百年・・・」
カミーラ様は笑顔を引き攣らせ、押し黙った。
「ほほほ、カミーラ様も相変わらずの自信家ですこと。穀倉地帯は、何もモンテヴェルデ領に限らないでしょう?」
高貴な女性二人の応酬が始まった。
奈月はしばらく眺めていたが、口を挟むこともできず、そろそろと後ろに下がった。このままフェードアウトできれば良かったのだが、カミーラに見つかって連れ戻された。
「ところで奈月様、王宮に着いたのは今日なのでしょう。ガイウス殿下とずいぶん打ち解けていらっしゃるようね」
「エリシア王女殿下に招かれてサロンに案内されたところに、ガイウス殿下がいらっしゃいました。そこで飛竜を消滅させた話などをいたしました」
「殿下との婚約を狙っているのではなくて?」
カミーラの言葉に、レティシアも厳しい視線を奈月に向ける。
「ガイウス殿下はおいくつですか」
「同い年くらいでしょう? 十五歳よ」
「私は二十二歳ですが」
「は?」「え?」
「七つも年下です。お互い論外でしょう」
「「・・・」」
「しかも、私はすでに結婚しています」
「うそ!」
カミーラが叫んだ。レティシアも険しい目を向けて言った。
「だったら聖火の巫女なんかじゃないわ。巫女は清らかな乙女でないといけないはずよ。結婚してるなら、その・・・」
レティシアの声が小さくなり、言い淀んでいることで予想がついた。
「乙女ね、乙女。あいにく私も乙女ですよ、レティシア様」
奈月が顔を寄せてひそひそと話すと、レティシアもこそこそと返してきた。
「どうしてよ、既婚者なんでしょう。それとも、白い結婚と言い張る気?」
「その結婚式後のパーティの最中に、こちらに飛ばされてきたんですよ」
「そんな!」
と言った後、レティシアは慌てて声をひそめた。
「そんなの可哀そうじゃない。魔物退治してる場合じゃないでしょう」
「そうですよ、だから私、さっさと用事を済ませて帰りたいんです。やり残した分は、後からレティシア様にお任せして良いですか」
「え、それは」
途端に自信無さげに言葉を濁したレティシアに、賢者が言葉を被せた。
「それは良い。奈月殿が大物を片付ければ、後の雑魚どもは俺とレティシア嬢でなんとかなるだろう」
「な、なりますか?」
賢者に指名され、レティシアの頬が上気した。
「本来なら、己の国は己で守らねばならん。全部よそから来た巫女殿にお任せと言うのは情けなかろう。今は自称聖火の巫女が、これから次の聖火の巫女になればいい」
「はい、私も自称ではなく公に認められる存在になりたいです」
レティシアもなかなか素直で前向きなお嬢様らしい。自信があるのは羨ましいと奈月は思う。
賢者が話を続ける。
「異世界からの巫女という存在が長居をすれば、いらぬ確執を生む。貴族の厄介ごとに巻き込まれる前に、奈月殿を帰してやりたい。現に先ほど茶に薬を盛られた。命さえ危ないのであれば、王宮から早く出た方がいい」
賢者の言葉に、レティシアとカミーラが顔色を変えた。強気なお嬢様たちだが、まだ貴族社会の陰湿さには染まっていないのだろう。
薬についてはすでに薄い下剤と判明しているが、賢者はあえて薬とだけ言った。聞きようによっては暗殺を謀られたと勘ぐられるかもしれない。
奈月たちの周りの空気が変わった。
先ほどから奈月たちの会話に聞き耳を立てていた者たちは、こんな深刻な展開は予想していなかった。少女たちのよくあるマウント合戦だと何気なく聞いていたのが、賢者のとんでもない暴露話に、一気に緊張感が増した。
「さて、奈月殿、そろそろ帰るとするか」
賢者が奈月に声をかけると、レティシアが不思議そうに聞いた。
「巫女様たちは、王宮に部屋を用意してもらっているのではないの?」
「部屋に入るメイドが信用できないのに、泊まる勇気はありません」
「左様。もう用事は済んだからな」
賢者はぐるりと会場を見渡した。奈月もそれに倣う。いくつもの不躾な視線とぶつかった。
魔を払う巫女を歓迎している者ばかりではない。
この機に王国内がごたつけば、のし上がるチャンスがあるのではと狙う者、近隣諸国に働きかけてうまい汁を吸おうとする者、巫女の浄化を失敗させ王家の威信を失墜させたい者、様々な立場があるだろう。
だがそれは、奈月が対処しなければならない問題ではない。奈月は自分の身を守ることだけを考えようと思った。
読んでいただき、ありがとうございました。
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