5.浄化遠征会議
次はいよいよ浄化の予定について話をすることになった。
会議室には宰相をはじめ、軍部からは魔物討伐を専門にする隊の正副隊長がいて、その他にも各部門から数名ずつという大所帯だった。
「浄化の日程が決まったので見てほしい」
そう切り出したのは討伐部隊の隊長だった。ここで一番実践に長けている存在なのだろう。軍人らしく簡潔に会議を主導していくようだ。
手際よく配られた日程表を見て、賢者と奈月は顔を見合わせた。とても納得できるものではない。
「その浄化は、誰が、誰のために行うのだ?」
賢者が聞いた。
「誰がですか? 聖火の巫女様が、わが国の安寧のために行ってくださるのではないのですか」
「ではなぜ、その日程を俺や巫女殿抜きで決めるのだ?」
「お言葉ですが、わが国の魔物の出現状況については、わが討伐部隊が一番よく知っています。国中を満遍なく回り、確実に魔を払いたい。どうかご理解いただきたい」
「巫女様はどうお考えですか?」
賢者相手では分が悪いと思ったのか、副隊長が、この国の内情や地理に疎いであろう奈月に話を振ってきた。
「そうですね。まず、三年かかるというのが悠長すぎます。それから、教会の勢力が強い領地と反王制派と目される領地が軒並み後回しにされているのは、なぜでしょう。これは魔物討伐部隊の隊長さんがおっしゃった魔物の出現分布図と合わせて考えられた日程なのでしょうか」
奈月の言葉に、話を振った副隊長は顔を強張らせ、何も答えなかった。
「さすがこの世界に柵のない巫女殿だ。言いづらいことをはっきり言いおった」
賢者が空気を読まず、愉快そうに言った。
奈月は尚も質問を重ねる。
「たとえば、最初の方に回ることになっている宰相様のご領地は、地図ではここですよね。ずいぶん王都に近いですね。こんな所に魔物が出るのですか」
「広大な森があるのだ。辺境への通り道だし、ついでに討伐しながら行けば効率的だ」
いかにも苦し気な言い訳だ。王都の周りはどこだって辺境への通り道だ。
奈月は神妙に頷いて言った。
「なるほど。計画の趣旨は理解しました。では、こうしましょう。私と賢者様は別行動をします」
「うむ、それが一番手っ取り早い。俺と巫女殿は、魔物の被害が切実なところから回る。俺の転移で現地に行って、巫女殿のトーチで素早く浄化。その日のうちに、拠点としている村に戻って寝る。これなら馬車移動よりよほど楽だ」
「だがそれでは、民衆にアピールできないではないか。国が民のために力を尽くしていると示すのも、国を治めるには必要なことなのだ」
「だから最初に聞いただろう。誰が誰のために行うのかと。俺たちは民のために魔を払う。お前たちは王家の威信を示すために派手な遠征をして、ちまちまと魔物を倒せばいい」
「なんだと!」
討伐部隊の面々が気色ばんだ。
「この後の歓迎パーティで、魔の気配が濃厚な領地について領主から申し出を受けるつもりだ。現地を見て優先順位を決める。おそらく今見せてもらった計画とは全く違う順番になるだろうな」
「では、私たちはもう行きますね。この遠征計画には参加しませんので」
「待て!」
怒りをあらわにした討伐部隊の副隊長が、奈月の腕を掴んだ。
とっさに奈月はトーチに火をつけた。
ポッと出た炎はオレンジ色だったが、副隊長の目の前にかざすと青い炎に変わった。
「私に害をなす者には炎が青くなります。飛竜もこれで消しました」
―― 祝福のトーチだ
―― 本当に炎が青くなるとは
―― 副隊長も消されるのか?
副隊長は掴んだ奈月の腕を、震えながら放した。
「あのですね、本音を言うと、私は一刻も早く元の世界に帰りたいんです。向こうには結婚したばかりの夫がいます。両親や姉妹や友達もいます。仕事もあります。よその世界のために、なんで三年も無駄にしないといけないのですか。あなた方は急に知らない国に行かされて、三年働けと言われたら従いますか。好きで浄化をして回るのではないんです。そちらの都合を押し付けないでください」
奈月の言葉に皆が呆然とした。
「そんな・・・」
聖火の巫女とはあくまでも巫女であって、自分たちのような普通の人間だとは考えもしなかった。まして元の世界には家族がいて、仕事もしている既婚女性だなどと誰が想像したろう。
神聖視していた巫女のイメージを庶民に落とされ、会議室に理不尽な怒りがわいた。
「あのなあ、巫女に幻想を抱くのは勝手だがな、そもそも二百年前の聖火の巫女も、我が国が召喚で招いた異世界の女性だ」
賢者が話し始めた。
「俺がその召喚をしたのだから、伝説ではなく事実だ。彼女も日本から来た。しかも二度目の離婚をしたばかりの三十代だ。召喚でこちらに来たおかげで元夫の暴力から逃げられたことを感謝された。だから進んで浄化に協力してくれたのだ」
「離婚した女が巫女を名乗るのか?」
「名乗ったわけではない。民衆が感謝のあまり彼女を讃え、伝説となる中でそう呼ばれるようになっただけだ。勝手に巫女と呼んで、イメージと違うと言われてもな」
「皆様が、お綺麗でお優しそうな巫女を担ぎたいなら、遠征組にはそうした女性を馬車に乗せて連れて行ったらいかがでしょう。宣伝のためなら悪いこととも思えません」
何ということもなさそうに奈月言うと、男たちは黙り込んだ。
奈月と賢者は、今度こそ引き留められることもなく、会議室を後にした。
歩きながら賢者が話しかけてきた。
「奈月殿、よく反王制の貴族だとか、教会が強い地域だのを知っていたな。誰に聞いた?」
「ガイウス殿下です。エリシア殿下のサロンで、話のついでに教えてもらいました。身を守るには、まず敵を知らなくてはと思いまして」
「確かにな。そう言えば、応接室で出された紅茶だがな」
「何か分かりましたか?」
「なんと薄い下剤だった」
「陰険というか、悪趣味ですね」
「侍女のひとりがガイウス殿下のファンで、婚約者の座に巫女が収まるのは許せないからと、メイドにやらせたと言っている。単なるいたずらのつもりだったらしいが、国王が招いた賓客にそれはない。解雇は免れないだろうな」
「そんなことが簡単にできてしまうのは、国としてまずくないですか」
「相手が相手なら国際問題に発展することもあるな。魔物が出る以外、平和過ぎるのも問題だ」
「そう言えば、浄化についての正式な契約を結びませんでしたね。報酬をもらえないでしょうか」
「いや、陛下がガラス玉より美しい宝石を用意すると言っただろう? 国王の言葉だ、口約束だからと反故にするような方ではない」
「ずいぶん信用しているのですね」
「陛下の気性は分かっておる。幼き頃から魔法の手ほどきをしたのは俺だからな。俺には嘘はつかない。宝石はちゃんと寄越すだろう」
「ならそれを励みにがんばります」
奈月と賢者は、また最初の応接室に戻ってきた。
午前中とは違うメイドが二人、ワゴンを押してやって来た。
「おお、軽食か、ありがたい。あちこちで茶は飲んだが、食事はしてなかったな」
メイドたちはテーブルに手際よくあれこれ並べ、一杯目の紅茶だけ注いで、礼をして静かに去っていった。奈月はその所作に、なるほど巫女の自分よりよほど上品だと思った。
「奈月殿、パーティではほとんど食べられないから、今のうちに腹を満たしておくのがいいぞ」
奈月は念のため、並べられたものの上をトーチの炎でひと撫でしてみたが、オレンジ色の炎が揺れるだけだった。
「これで安心していただけます」
城の食べ物は掛け値なしに美味しかった。
奈月は二つ目のマフィンに蜂蜜をかけながら、賢者に話しかけた。
「それにしても、あれほどあからさまに反王制派を蔑ろにするのはどうでしょう。いたずらに反感を煽るだけに思えますが」
「わざと煽って反抗したところを叩きたいのか、そもそも反乱の準備はできていて、その切っ掛けをほしがっているか」
「前者なら王制派、後者なら反王制派ですね」
「どちらの思惑も汲んでいるから、あんな不公平な遠征計画が認められたのだ。お互い相手を出し抜くつもりだろう」
「素人にも想像がつくなんて、お互い相手を侮り過ぎではないですか」
「まあ、中には討伐隊の隊長のように、一本気で真っ直ぐなやつもいるから、表面上は真っ当な感じに見える。脳筋で考えが浅いのが難点だがな」
「教会が強い領地というのはどうなんですか」
「うーん、そこは普段から神官の祈りでそこそこ魔を抑えているからな。どこぞの世界からやってきた邪教の使いなどの世話にはならん、という態度だな」
「邪教の使いですか、私は」
「前の巫女がそう言って罵倒されたのよ」
「じゃあ、その地はスキップでいいですね」
そんなふうに話をまとめ、夜の歓迎パーティを待つことになった。
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