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宴もたけなわではございますが、異世界に呼ばれましたので  作者: バラモンジン


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2.聖火の巫女と大賢者

 一夜明けて、奈月は村長(むらおさ)の屋敷の応接間にいた。


「巫女様、よく眠れましたか」


 村長の問いに、はい、と答えはしたが、奈月は夜中に何度も目が覚めた。


 この世界に呼ばれた理由は何か。これからの処遇。帰る方法。帰れたとして、陽一が奈月のことを信じて受け入れてくれるのか。


 考えれば考えるほど、奈月に希望はないように思えた。眠れるわけがない。


 だがそれを言うのは憚られた。昨日あれほど村の皆から感謝され、巫女様がいれば安心だと涙ぐまれたのだ。今さら元の世界に帰りたいとは言い出しづらい。奈月の生来の気の弱さが、このままなし崩し的にこの世界に留まることを選んでしまいそうだ。選ぶと言うより流されるか。



「これから賢者様がおいでになる。普段は王都におられるのだが、今ちょうど近くの村の遺跡調査に参加しているようなので、急遽こちらにお招きした。最初は渋っておられたが、聖火の巫女様の話をすると、二つ返事で応じてくださった」


「その方に、聖火の巫女のことを教えてもらえるのですか」


「そうだ。ワシらが知っているのは、ほんの二行ばかりの伝説に過ぎない。”白き衣を纏いし聖火の巫女が、この世の光と闇の均衡が崩れる時、青き炎をもって魔を払う” というものだ」


「白き衣」

 

 奈月は自分のウェディングドレスを見下ろした。


 昨夜これを脱いで寝間着を借りようとしたのだが、なぜか脱げなかった。腕に張り付いているわけでもないのに、いざ腕を引き抜こうとするとできない。


 しかも、昨日は無我夢中で飛竜とやり合い、荒れ地を馬に乗って移動したのに、ドレスが全く汚れていないのだ。意味が分からなすぎて、考えるのを止めた。


 ティアラもネックレスも巫女として欠かせないものなのか、身体から離れてくれなかった。着けたまま寝れば、ゆがんだり、埋め込まれたスワロフスキーが外れやしないかと気が気ではなかった。


 レンタルなのだから、式場に返さないといけないのに。延長料金も請求されるだろうか。

 

 幸いパンプスとストッキングは脱げたので、最悪の寝心地にはならなかった。今朝からは踵の低い靴を貸してもらっている。一晩寝ても、セットした髪が全く崩れないのも助かった。


 それにしても雑念が浮かびすぎて、村長の話を聞き逃しそうになる。今何を言っていたっけ?


「青き炎ですか?」

 

 奈月は森での様子を思い起こしてみる。


「私のトーチは、オレンジ色の炎だったと思うのですが」


「森にいた男たちの話では、飛竜を消したのは青白い巨大な炎だったというぞ」


「どういうことでしょう」


「それが分からぬから賢者様を呼んだのだ。巫女様も、聞きたいことがたくさんあるだろう。いきなり異世界に来られたのだから」


「はい」


「ワシらは昨日浮かれすぎていた。戸惑う巫女様を思いやることもなく、村の命が長らえたことをただ喜んでいた。配慮が足りなかったと思う。済まなかった」


 奈月は村長の真摯な態度に、昨夜のひとり取り残された気持ちが慰められたように感じた。



「来たぞ」


 いきなり部屋の中に、長いあご髭の老人が現れた。


「賢者様、その登場の仕方は心臓に悪いですぞ。ノックをしてドアから入るか、数秒で良いので転移の気配をください。ご覧なさい、巫女様が固まっておられる」


 あご髭の老人はソファに座った奈月を見て、相好を崩した。


「おお、そなたが飛竜を浄化で消し去った巫女か。異世界からよくぞ参った。転移早々、魔物に出くわしたのに、よく対処できたな」


 賢者に褒められて奈月は嬉しくなったが、同時に警戒もする。おだてられて担ぎ上げられるのが怖いからだ。


「腕をめちゃくちゃに振り回していたら、飛竜が勝手に消えたんです。私なんかに浄化する力があるとは思えません」


「無手ではなかったのだろう?」


「はい、一応キャンドルトーチは持っていました」


「そのトーチを見せてもらえるか」


「はい、これなのですが・・・」


 奈月はトーチを手にしてためらった。


「私以外が触ると、電撃が走るようなんです。あ、電撃って分かりますか」


「一瞬にくる衝撃的な痛みか」


「そうです。昨日、領主の若様が見せてほしいと言ったのでお渡ししたら、触れたと同時に放り出されました。その後も、うっかり触った人が手を弾かれていました」


「ふむ、進化したか。だが俺なら問題なく触れるはずだ。貸してみろ」


 自信ありげな賢者に、奈月はトーチを手渡した。


 賢者はすんなり受け取って、トーチをためつすがめつ眺めている。

 

 奈月は驚いた。このトーチは生体認証的なものをされているか、この世界の人間には触れないようになっていると思っていたのだ。


「うんうん、これだ。これは俺たちが作った物だ、間違いない」


「そんなはずはありません。これは私の世界から持ってきたものです。賢者様が作った物なら、なぜ日本にあったのですか」


 奈月は賢者だという老人に疑念を抱いた。


 その表情に気付いたのか、村長が話に割って入った。


「賢者様、まずお互いに自己紹介をしてからにしませんか。巫女様が賢者様のことを何も知らなければ、ただの胡散臭いあご髭爺ですよ」


「なんだと、髭は知識の象徴だぞ」


「その知識を授かりたくてお呼びしたのです。賢者様の凄さが分かれば、髭も立派に見えるというものです」


「む、そうか。俺は王立魔導院の顧問をしている、セレノスというものだ」


 賢者の短い自己紹介に村長が補足をした。


「世間では、魔導院最高顧問のセレノス様というより、大賢者様の方が通りが良い。恐ろしく昔から生きているので、もはや人間を超越した存在でもある。魔導研究に夢中になるあまり、死ぬのを忘れたらしい」


 一気に胡散臭さが増した。人間て、魔法を使えばそれほど生きるもの? 奈月は納得しがたい気持ちを抑えて、自分も自己紹介をすることにした。


「白川奈月といいます。たぶん異世界から来ました。今私は日本語という母国語で話していますが、こちらの言葉に変換されていますよね。皆さんの言葉も、私には日本語に聞こえます。どういう仕組みなのでしょう。それに、この翻訳は正確なのでしょうか。意図的に変えられてしまう恐れはないのですか」


 奈月が一番気になっていることを聞いた。勝手に発言を変えられたら話し合いにならないからだ。


「おそらくそこは信じて良い。このトーチは、俺ともう一人の魔導士が協力して作った物だ。そいつは日本人で、かつてこの国の魔を払うために召喚されてきた」


「え?」


 衝撃的な内容なのに、何でもないことのように言う賢者に更なる不信感が募る。


「その女性は、こちらの依頼に応え、あっさりと魔を払った。それができる者を召喚したのだからそれは驚かない。だが彼女は、すぐに元の世界に帰そうとする我が国に、もう少し滞在させてくれと言ってきた。魔法などない世界から来たからそれを堪能したいのだと言って、魔導院の長である俺に弟子入りしてきた。

 探究心が強く賢い女性だった。彼女の向こうでの知識と、俺の魔導の知識を融合し、二人でそのトーチに魔導陣を刻んだのだ」


「ただの模様じゃなかったんですね」


「この世に魔の気配が満ち、魔物の発生が止められないほどになったら、そのトーチの火で魔物を消し去ることができるようにと組んだ魔導陣だ」


「それがなぜ日本にあったのでしょう」


「魔導陣を施しただけではトーチは完成しなかった。何度試作を繰り返しても、彼女が魔を払った時ほどの威力は出なかった。やはり召喚という界を渡る過程がなければダメなのだろうという結論に達した。そして彼女はトーチを持って日本に帰っていった。いつかまた機会があれば、このトーチが媒体となるだろうと言って」


 賢者は昔を懐かしむように目を細めて、


「それにしても、変な女だったなあ」


と、しみじみ言った。


「それはいつ頃の話ですか」


 村長が訊ねた。


「うーん、かれこれ二百年にはなるかな」


「二百年?」


 さらっと言ったがとんでもないぞ、と奈月は思った。しかし村長は納得したようで、


「それほど昔なら、当時のことも正確に伝わってはおらんのでしょうな」


 などと言っている。


「あの、この世界の寿命と言うのは何百年という単位なのですか?」


 思わず奈月が訊ねると、村長が笑いながら答えた。


「それほど長生きはしないさ。百も生きれば最長老だ。だから言ったろう? 賢者様は死ぬのを忘れたって」


 奈月は年齢のことは、そういうものとして無理やり呑み込むことにした。


「その女性は、どのくらいの期間こちらにいたのですか」


「はてさて、ニ、三年だったか、五、六年だったか。一年もいなかったか、まあそのくらいだ」


 大雑把すぎる。


「奈月殿、人間五百年も生きているとな、数年の違いなど気にならなくなるぞ。どうかすると名前も忘れそうになる。誰も俺の名前を呼ばないからな」


「顧問とか、賢者様としか呼ばれないのですか」


「だから、セレノス師匠と呼んでくれた彼女のことは今でもよく覚えておる」


 永く生きる者の孤独が窺えた。


「その女性は、何という方でしたか」


「・・・変わった名前だったな」


「思い出せないのですね」


「せっかく良い話風に持っていったのに、突っ込むでないわ」


「その方は召喚された時、どうやって魔を払ったのですか。トーチなど持っていなかったのでしょう?」


「いや、道具などいらんよ。その瞬間、この上なく歓喜と祝福に溢れた者が、気持ちを魔にぶつければいいのだから。闇を照らす光となれば、魔は消える。ただ、象徴としての聖具があった方が、後から説明するのに説得力も増すということで彼女には剣を持たせた。真っ白な衣装を着せたのも、その一環だ」


「それらしく見せる演出ということですか」


「左様。小汚いオヤジが鋸を持って現れるより、汚れなき白き衣装の乙女が剣を掲げた方が絵になろう? 世間にも受け入れられやすい。あちこちで活動してもらうのに、民衆が歓迎してくれた方がやり易かろうと考えたのだ」


「そうして二百年の間に、聖火の巫女の伝説が生まれたのですね」


「そうだ。彼女は炎など出さなかったが、語られるうちに尾ひれが付いて、剣もトーチに変わり、祝福のトーチなどと呼ばれるようになった」


「なんと、ワシらの巫女様が・・・」


 村長は騙されたような裏切られたような顔をしたが、


「だが、昨日巫女様が我らの村を救ってくださったのは確たる事実。伝説が裏付けられたと言えますな」


と、神妙に頷いた。


「その通り。奈月殿は紛れもなく、今代の聖火の巫女だ」


「あの、賢者様、私も召喚されたということですか」


「いや、今回は召喚と言う手順を踏んでおらん。異世界から召喚できる魔導士など今は俺しかいないのだから、それは間違いない。奈月殿は、トーチが相応しい人間として連れてきたのだ。そしてトーチに刻まれた魔導陣が、奈月殿の内にある歓喜と祝福を炎に変えて、魔を払ったのだ」


「私の中の歓喜と祝福・・・」


「ここに来る前、奈月殿はその最中さなかにいたのではないか」


「そうです、そうなんですよ! どうしてくれるんですか。私に投げかけられた祝福を、魔を払うために使われるなんて嫌です」


 奈月は泣けてきた。こんな知らない世界のために、奈月の幸せを犠牲にするなんて。


「そもそも、私は日本に帰れるのですか」


 こうなったら、要求はきっちり通しておきたい。奈月は、弱気な自分を奮い立たせた。


「帰れるよ。魔を払い終わってすぐ帰るなら、向こうの世界でさほどの時間はたっておらん。希望とあらば、少し遡って帰還することもできるぞ」


 事もなげに言われて、奈月は振り上げた拳のやりどころに困った。


「あ、そうなんですね」


 などと、無難に納得してしまった。どうもこの大賢者様は調子が狂う。


「ともあれ、界を渡ることでトーチの魔導陣が完成したことが確認できた。二百年ぶりに証明ができて嬉しいぞ」


 賢者は大満足のていである。


「あの、帰れることが分かって安心したのですが、これから私はどうなるのでしょう。浄化とやらを、あちこちでやらないといけないのですよね」


「あー、それが厄介なことになりそうなのだ」


 賢者は言いづらそうに村長を見た。代りに説明しろと言っているようだ。


「今回のことは、領主の若様を通して、すでに国に報告されている。国としては、魔を払ってくれた巫女様を放っておくことはできないだろう。巫女様に更なる浄化を頼む以上、契約やら報酬やら歓迎の宴やら、民へのお披露目やら、一連のことをこなさないわけにいかない」


「巫女自身が浄化以外の全てを断った、じゃダメなんですか」


「国の面子がある。よその国から非難されたり、好条件での引き抜きを防ぐ意味もある」


「それだけではないぞ」


 村長も言う。


「巫女を身内に取り込んで、貴族としての地位を上げようだとか、王族に嫁がせて巫女の血を王家に、などと言い出すかもしれん」


「私はすでに結婚していますが? というか、その披露宴中に連れてこられたのですよ」


「間が悪いトーチだな」


 賢者が言うと、奈月のトーチが一瞬、青い炎を吐いた。


「怒ってますね、トーチ。怒りたいのは私です」


 トーチの艶が少し曇った。


「トーチに意思があるみたいですね」


「彼女の思念が残っているのだろう。頼むぞ、トーチ。同郷の奈月殿を守ってくれよ」


 賢者が言うと、トーチは輝きを取り戻した。現金なものだ。



 気が緩んだところに、ノックの音がした。

 

 村長が許可すると、昨日森にいた男の一人が入ってきた。


「国から巫女様を王宮に連れてくるようにとの命令が下りました。最寄りの転移門から速やかに赴くようにとのことです。護衛の騎士も来ております」


「さっそく来たか」


 賢者は苦々しい顔で呟いた。


 

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