◇ プロローグ ◇
「どうした奈月、また緊張してるのか?」
頭ひとつ分高いところから、新郎の高瀬陽一が声をかけてきた。
「だって、結婚式は無事に済んだでしょう? 披露宴も今のところポカ無しなんて、順調すぎて怖いよ」
キャンドルサービス用のトーチを握りしめる奈月の手が震えている。
「はは、相変わらず心配性だな、奈月は。大丈夫、俺がきっちり段取りを組んで、リハーサルもしただろう? 俺を信じて安心しとけ」
「でも、予期しないアクシデントがあるかもしれない」
「たとえば?」
陽一は面白そうに奈月の顔を覗き込んだ。
「たとえば、ドレスの裾を踏んづけて転ぶとか、このトーチが壊れてて火が着かないとか」
「さすがにそこは式場側でチェックしてあるだろう。貸してみな」
カチッ、カチッ。
「あれ? うそだろ。着かないぞ?」
式場のスタッフが確認したところ、どうやらガス切れらしい。代わりのものを持ってきますと言って、担当のプランナーが走っていった。
「アクシデント、あったな」
「うん。おかげで落ち着いた。ひとつくらい何かあった方が私らしいから、これで大丈夫な気がする」
奈月は陽一と穏やかに笑みを交した。
「すみません、お待たせしました。これを使ってください」
走って戻ってきたプランナーから手渡されたトーチは、艶のある真鍮製で重みがあった。
「あ、これって、アンティークのドレスを着たマネキンが持っていたトーチじゃないですか?」
「そうなんです。ガスが入っていてすぐに使えるのがこれしかなくて。年代物ですみません」
「いいえ、初めて見た時から意匠が凝ってて素敵だなって思っていたので、実際に使えるなんて嬉しいです」
受け取ったトーチは、奈月の手によく馴染んだ。
「では、高瀬様、白川様、入場のお時間です」
奈月の手の上に陽一が手を重ね、二人は大きく開かれた扉から披露宴の会場に歩を進めた。会場は照明が抑えられ、招待客の各テーブルに据えられたキャンドルに、トーチを持った二人が火を灯してゆく。
おめでとう、と、お幸せに、の声が絶えず二人に注がれた。
奈月はお礼を言いながら、時折り陽一を見上げ、この優しくて頼もしい人と人生を歩んでいける幸せをかみしめた。視線に気づいた陽一も、奈月を見つめて笑ってくれる。
すべてのテーブルを回り終え、中央にあるメインキャンドルに火を灯すと、盛大な拍手が沸き起こった。祝福の言葉がまた幾つも投げかけられた。
その時、会場中のすべてのキャンドルの炎の色が変わった。
オレンジから紫へ、それから赤、青へと、揺らめきながら美しく変化していく。
「わあ、きれい」
「あ、また変わった」
「どうやって変えているんだろう」
「炎色反応か」
「トーチには仕掛けができそうだけど、ロウソクにはどうやるの」
「どのキャンドルも同じタイミングで同じ色に変わっていくのも、やばくない」
炎の色は青から次第に白っぽくなり、徐々に大きく膨らんでいった。
「すごーい」
演出だと思っている招待客たちは歓声を上げるが、陽一と式場のスタッフは焦っていた。
『こんなの聞いてないぞ』
『何かに燃え移ったら火事になる』
『水をかけて消すべきか・・・』
刹那、眩しい光がはじけた。誰もが目を閉じ、再び開けた時には、キャンドルは元通りにオレンジの温かい炎をまとっていた。
スタッフは、落ち着いた光景に胸をなで下ろした。しかし、
「奈月!?」
高瀬陽一の隣にいたはずの白川奈月が消えていた。
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