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溺愛の空 3 三角座りのエミリア

 その光景に、グンナールは眉間に深いしわを刻む。

「これは……」

 客亭の一階で、賓客の出立の手伝いをしていたところ建物内に大きな破壊音が響いた。

 驚いて駆けつけてみると、叔父が泊まっていた三階の客室の壁が見事に破壊されている。

 外に面していた窓ごとごっそり壁のなくなった部屋の先には、曇天の空が見えていた。

 青年はすぐに部屋の中に入り、辺りを確かめる。室内には人影はなく、荒らされた様子もない。

 破壊された壁から外を見回してみても、地上にも、そして空にも部屋の主の姿はない。ただ、目下には窓や壁の残骸が落ちている。地上にばらまかれたような木片や壁の成れの果てと思しきものたち。しかし、幸いそこには人の姿などはない。突然上から降って来た物体に、傷つけられたような者はないようだった。

 グンナールはひとまず安堵の息。

 しかし、目の前の空を覆う厚く暗い雲からは、ゴロゴロと不機嫌そうな音が聞こえる。

 その不穏な空気に、グンナールは戸惑う。

「いったいこれは……。ゲレオン様はいったいどこへ……?」

 グンナールはクロクストゥルムの町を見渡し、そこに叔父の姿を探す。

 と、そこへ、慌ただしく誰かが駆け込んできた。

「あ! い、いた! グンナール様!」

「見つけたわ!」

「グンナール! た、た、大変よ!」

 ドスドスと部屋に駆けてきた竜人族たちは、彼の母の友人と叔父の護衛。

「奥様方、ジェイ、これは……」

 全員とても慌てている。その様子から、きっと事情を知っているに違いないと思って近づくが……。

 三者はよほど焦っているのか、それぞれ必死に、しかし同時にしゃべってくるもので、わあわあとまじりあった言葉はなかなかに解読が難しい。

「それで……ゲレオ……様が!」

「……矢のようにあ……子……!」

「グ……ナール……だから! なん……かしてちょ……だい!」

「……お三方。どうか、一人ずつお話しいただけませんか……」

 彼らにいっきに迫られたグンナールは、眉間にわずかに困惑をのぞかせた。と、三名は、はたと口を閉じ、顔を見合わせる。そのうちで、一番高位な婦人が、で、ではわたしが……と、進み出た。

「た、大変よ、グンナール。……グネルが来たわ……」

 その重い言葉に、青年は数回瞬き。

「……母が?」

 彼の母グネルは、昨晩すでに賓客らとの別れの挨拶はすませ、今日は邸にいるといっていたはずだ。

 それは、昨日エミリアにいろいろと災難が降りかかったため。

 邸の女主人としては、具合の悪いエミリアと、脚が悪く娘を心配する夫を放ってはおけない。

 彼女の代わりにこうして客らの見送りを任されていた息子は、怪訝な表情。

「……では……つまり……これは母が来たせいですか……」

 グンナールは、破壊された壁を見て深々とため息。

 結局、あの二人はまたケンカをはじめてしまったのか。

「それで……二人は今どこに?」

 この壁と窓の悲惨な状態からみて、それはなごやかな再会などではなかったはず。

 しかし、クロクストゥルムの上空にはその姿はない。あの二人がケンカをはじめると、それはもう、とにかく派手。近くにいれば、気がつかぬということはない。ということは、きっと二人はどこか遠くにいってしまったのだろうと、グンナールは考えた。

 彼らは翼を使えば高速移動が可能。どこぞに存分に戦えるフィールドでも探しに行ってしまったのか。

「まあ……この領の民に被害が出ぬのならひとまずは……」

 彼がずっと恐れていたのは、あの盛大な兄妹ゲンカを繰り広げる二人が、ここで人族たちの集落に被害を与えること。

 しかし、母たちにもそのくらいの分別はあったようだ、と、グンナールは一旦安堵。……が。

 オロオロした母の友は彼に告げる。

「グ、グンナール……それはいいんだけど、いえ、よくないけれど! あ、あの子……一人じゃなかったわよ……だ、大丈夫なの⁉」

「……一人じゃない……? 叔父、と、一緒という意味で──……?」

「違う! そ、そうじゃないのよぉ……!」

「? 公爵夫人、落ち着いてください」

 慌てふためいてドスドスしている竜人族の奥方を、ヘルムートはいったい何事かとなだめるが……そんな彼の冷静さは、次の瞬間に消え去ることに。

 夫人はもどかし気に訴えた。

「あの子、腕に女の子を抱えていたわ! 白銀の髪の、人族の女の子よ!」

 あの子、あんな二人に連れていかれて大丈夫なのっ⁉ と、戸惑った婦人に問われ、グンナールの表情が一気にこわばった。




 ……ところ変わり、ここはある海岸。

 耳に心地いい音を重ねながら、波が引いては返す浜辺。目の前には広い広い海。空は曇天ではあるものの、潮風はそこそこ穏やか。人気はなく、近くには民家もないようだ。

 そんな静かな白い浜辺の上に、ひとり三角座りした人族の娘は、海上の空を見上げ、ほげーという顔。

 驚きすぎて、もはや表情を取り繕うという頭すらないらしい……。

 口を丸く開け、ポカンと空を見上げたままの彼女はもちろんエミリア。その顔はとてもまぬけだが……そんな彼女の視線の先には、二頭のドラゴン。

 赤い巨体と白金の巨体がぶつかり合う空中戦を、エミリアはただひたすらぽかんと見つめ続けている。





お読みいただきありがとうございます。

三角座りは地域によって、体育座りとか体操座りとか、いろいろ呼び方があるようですね。おいも座りと呼ぶ地域もあると聞いて、かわいらしくてびっくりしました。

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