溺愛の空
現在、新しい家族を得て、幸福の絶頂期たるグネルは、やはりその継子が一人で男に会いに行くのを許さなかった。
グネルの認識では、エミリアに愛を請うたというその男は、完全なる不埒者。
自分と、愛する夫がいとおしむ娘に、勝手に愛を語ろうとは。なんていい度胸、なぜまずは自分を通さない!? と、敵意も露わ。どんな輩か考えはじめると、いらいらして腹が立つ。
けれども可愛い継子は、どうしてもその不埒者に会いに行きたいと願っていた。
グネルが『やめておきなさい』と言うと、エミリアは素直に応じて反論はしなかった。が、その落胆は全身に現れた。
『はい……』
と、言いながらも、ゆっくり落ちていく視線と頭。肩もしょんぼり落ちて、うつむいた顔は表情がしょもしょもとしぼんでしまった。そうしてとぼとぼと、立ち去る背中のわびし気なこと……。
外出用に持っていた帽子を引きずりながら立ち去っていく後ろ姿に、グネルが顔面を両手で覆って苦悩。
『う……(可哀想可愛い……っ)』
いつも勝気なグネルにとって、こんな苦しみは初めてのことである。
これまで彼女には、物静かながらも、実は彼女以上に頑固という息子しかいなかった。
その息子は、母がどれだけ強く命じても、彼自身がそれは間違いだと思えば絶対に従わず、てこでも動かないような男。その母子の対立の歴史は浅からず。
だからこそ、エミリアにこんなに素直に引かれると、逆にグネルは戸惑った。
(っおまけにバルドハートは、グンナールと違ってかわいいのよ!)
……これはまったく贔屓もいいところで、グンナールが憐れだが……。
竜人族という長命種のさだめか……もう生まれて数十年も経ち、幼子の頃などとっくに忘れ果てた成人の息子と比べれば、グネルにとってエミリアは幼子も同然。愛らしさという点で言えば、厳めしいドラゴン顔で、母より上背もあり、体格のいい息子とでは比較のしようもない。
そんな小さくてかわいい背中が、悲しげに……しょも……っと、丸まっているのを見せられては……。
このグネルも折れざるを得なかったのである……。
ただし、もちろんグネルの相手の男に対する警戒心は変わらない。
こうなったら、その不埒者がどんな男なのかを一目見てやろうという腹積もりで、文句の一つも言ってやろうという気持ちで(※多分文句は一つでは済まない……)。
エミリアを呼び止め、自分を同行させるならばと許可を出すことに。
するとその瞬間、悲しそうに退散しようとしていたエミリアの顔が、パッと額まで輝いた。
嬉しそうにほころんだ顔を見た瞬間、グネルはその表情にコロリと行く。
自分の決定が、可愛い継子をこんなにも喜ばせたのだという幸福感が、グネルの最悪だった機嫌を、いとも簡単に直してしまった瞬間であった。
そうしてグネルは、エミリアを連れてうきうき町へ繰り出した。
継子を疲れさせぬよう竜態に変じ、大きな腕で抱き上げ空へ飛び出すと、継子は腕の中で小さな歓声を上げた。
グネルは、なんだかとても嬉しかった。
飛びなれた空の景色が、いつにも増して美しく感じられ、本当に楽しくて楽しくてたまらない。
グネルに負けず劣らずの興奮状態で空を見上げるエミリアは、三白眼をキラキラと輝かせている。
「グ、グネルお母様! す、素敵! 素敵です!」
先日、例のニワトリ強盗事件の折、すでに一度空を飛んだ経験があったエミリアだが、あのときは突然で、まったく初の飛行体験を楽しむような余裕はなかった。
しかし今度は継母がしっかり自分を抱いて(あの時は首根っこをつかまれていただけだった……)、飛行速度も程よく穏やか。優しく吹き付けてくる風や、景色を、楽しむ余裕を得て。エミリアは、本当に楽しそうだった。その顔を、グネルのにやけ顔が、うふうふと嬉しそうに見つめている。
「いやだぁバルドハートったら♡ そぉんなことぉないわよぅ!」
デレデレの火竜の浮かれた声が、クロクストゥルムの町の空に響く。
もはやグネルの幸福度はMAX。
(ああああ! バルドハートきゅんと、朝の空のお散歩……な──なんて楽しいのかしら!)
空を飛びながら悶えるグネルは、もはや、こうして二人で街に降りてきたのが、エミリアの『例の恩人様に会いたい』という願いを聞いてのことだったということを忘れていた。
楽しくてしかたがないグネルは、地上で自分の友らが、この光景を唖然として見ているなんてことは、考えもしない。
と、そんな有頂天な友を、地上から呆然と見ていた婦人の片方が、あ! と、慌てるような声を上げた。
地上から、共たちに向かって、矢のような速さで飛んでいくものがあった。
すぐに、それは竜人態の同族であると判別できる。
その同族は、鬼の形相。腹の底からという声が聞こえて、途端、周囲の空がいっきに暗くなった。
「グゥネェェェルゥゥッッッ!!!」
「!」
その恨みがましい怒号に、上空では怒鳴られた竜人族の婦人が、瞬時に警戒のまなざし。
大きな声と、義理の母の殺気に、彼女の腕の中に大切に抱かれていた娘が戸惑った顔。
「グネルお母様……? あの方は……」
「…………」
しかしグネルは前方に現れた男をひたすら睨みつけている。
広い空はいつの間にか重い雲が垂れ込めていた。
お読みいただきありがとうございます。
ここひと月ほど、ある作品にかかりきりで更新ができませんでしたが、本日より再開いたします。
順次『ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!』のほうも投稿再開いたしますので、こちらの作品もあわせてお読みいただければ幸いです。




