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ある竜人族の婦人たちの、井戸端会議

 

 その朝のクロクストゥルムの宿亭では、客である竜人族の婦人たちが、ため息交じりに出立の準備を進めていた。


「.……やれやれ。おめでたいけれど……本当に肝の冷える式だったわねぇ……」

「まったくよぉ。まさか、このような場所でご兄妹がお揃いになるとは……わたしはいつグネルが怒り出すかとヒヤヒヤしていましたよ」


 苦笑交じりで一難去ったという顔の竜人態のご婦人たちは、どちらもグネルの友である。

 片方は透き通るような水色のウロコと瞳。もう片方は大地を思わせるこげ茶色のウロコのご婦人で、どちらも旅衣装だが、とても身なりがいい。

 彼女たちは、今回の再婚式に招かれた数少ない者たち。グネルとは付き合いが長く、ゆえにその新婦の気性をよく心得ていた。

 水色の婦人は頬に手を当てて言う。


「わたし、国元からもっと護衛を連れてこなかったことを心底後悔したわ……防御魔術に特化した術士を用意しておけばよかった! だってグネルが、『あの分からず屋は来るわけないから大丈夫』と手紙に書いていたから……つい鵜呑みにしてしまったのよねぇ……」

「わたしもよぉ。あの子ったら、本当に再婚しても相変わらずね」


 大げさな調子でわいわい話している様子は、竜人族のご婦人版井戸端会議といった風。

 こげ茶色の婦人は、少しだけ呆れた調子で続ける。


「兄君はああいうお方でも、自分を大切にしてくれているって自覚がまったくないの。すごくいい子なのに、どうして兄君にだけはああなのかしら」


 彼女が分からないと首をかしげると、もう一人の婦人は肩をすくめて答える。


「結局はそりが合わないということなんでしょう。グネルはさっぱりしているけれど、兄君様は神経質なんですもの。昔からあの方は、末の妹のグネルにチクチク言っていらしたから」

「……それを考えると……グネルが遠くに嫁いだのはよかったのかもしれないわねぇ。人族の男爵と再婚すると聞いたときは驚いたけど……年中ケンカばかりの兄妹が離れれば、まわりにも迷惑かけなくなるわ」


 どこか安堵した様子の婦人に、水色の婦人は苦笑。


「でも……息子のグンナールは、本当は新しい家族を国元に連れて行きたかったようよ。だってあちらの方が、竜人族の暮らしに適しているし、グネルのことも見張れるしね……でも、ゲレオン様がねぇ……」

「そうよねぇ……。……ところで……グンナールといえば、気がついた? あの子、首元のウロコが一枚欠けていたわ」

「あらそうなの? ……ん? 首……?」


 首元のウロコと聞いて、水色の婦人は軽く目を瞠る。急所近くのウロコの意味は、彼女たち竜人族にとっては特別な意味を持つ。本当なの? と、確かめるような視線に、もう片方の婦人は険しい表情で頷いた。


「あれは大変よ……もしあの姿を、毒の公の娘アダルギーシアが見たらどうなる? 絶対に一波乱起こるわ……」

「え……? ま、待って! まさか……あの子、別の娘にそれを与えたということ!?」


 ギョッとした婦人に、大地色の婦人は肩をすくめる。


「だって、ここに来る前に見かけた時は、あの子のウロコに欠けはなかったわ。アダルギーシアはしょっちゅうグンナールの邸に押しかけていたけれど、あの子は一切相手にしていなかったでしょう? あんまり我が物顔で押しかけてくるから、しまいには嫌がって軍営で寝起きしていたくらいよ。相手はあの娘じゃないわ」

「ま……まぁあぁ……まぁぁ……。それは大変だわ……」

 

 どうやら婦人たちの頭のなかには、そのアダルギーシアなる者の顔が浮かんでいるようで、二人の目には、災いを予感するような不安がくっきりにじむ。

 しばし恐々と沈黙していた二人だが。不意に、大地色のウロコの婦人が嫌そうな顔で手を大きく振った。


「や、やめましょう! せっかくおめでたいことがあったばかりなのに! そちらはグンナールがなんとかするでしょう! わたしたちにはどうしようもないことだわ!」

「そ、そうね……それよりも今はグネルだわ! わたし……新郎にこの領の火竜対策を急ぐよう進言しておくわ。今はいいけれど、いずれ夫婦喧嘩だってありうるのだから」

「そうそう。亡くなった前夫とグネルの夫婦喧嘩はそりゃあひどかったんだもの……。そこはしっかり言っておかないとね。グンナールは……さっき下にいたわよね?」

「ぇ、ええ。早朝出立の客の誰かを見送っていたわ……でも……どうしましょう、わたし気になってあの子の首ばっかり見てしまいそう……」

「だめよ! やめておきなさい! 首を突っ込んだらろくなことにならないわ!」

「そ、そうよねぇ…………」


 と、グネルの二人の友が揃ってため息を吐いたときだった。


 ──……ほほほほほ!


 どこからか響いてくる、大きな笑い声。

 高く愉悦のにじむ声は、どうやら、宿亭の外から聞こえてくるようで。その声を耳にした婦人たちはハタと顔を見合わせた。


「…………これは……」

「グネル……?」


 二人はいったい何事かと、客室の窓に駆けよって外を見る。

 するとその視線の先、朝空の清々しい上空には、緋色の身体の立派なドラゴンが悠々と飛行中。

 大きな翼を広げ、気持ちよさそうに大空をゆったりと舞うのは、間違いなく彼女たちの友である。


「グネル!? あの子、何やってるの……?」

「さ、さあ……なんだかものすごく上機嫌みたいだけど……あら? あの子誰かを腕に抱えていない……?」


 嬉しそうな笑い声を響かせている友は、赤い腕に小さな誰かを大切そうに抱きしめていた。



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