爆弾発言、の、余波
……歓喜と失意の境に立たされているような気分だった。
ただの竜人族の男としてはエミリアに振られ、義理の兄としては『妻になりたいほど好き』と宣言されたのである。
「………………」
グンナールは、叔父に連れてこられた山中で呆然。正直、感情を持て余していた。
どうしていいかがさっぱり分からず、うなだれた男の顔は赤い。グンナールはその顔を両手で覆い、沈黙。
そんな彼のそばでは、叔父が何やらやいのやいのと騒いでいるが……今の彼にはそれを聞いてやる余裕などあろうはずがない。
(……この状況は……喜んでも、いい、のか……?)
グンナールの頭の中はぐるぐると混乱中。
いや、もちろん嬉しいのである。
エミリアに妻になりたいと言われたのは、間違いなく彼自身。
そうなりたいと、グンナールだって心から願っている。
ただ……エミリア本人から自分の妻になりたいと口にされた威力は、彼の想像をはるかに超えていた。
あのとき。
初め、エミリアの瞳には、ただの竜人族の男として彼女の前に立った彼に対しての、きっぱりとした拒絶が浮かんでいた。
嫌悪はない。ただ、真正直に、受け入れることはできないと、しっかりと表明するようなそのまなざしは、彼を大いに落胆させたのである。
『結婚したいひとがいる』と、言われたときは、それこそ巨人の拳で思い切り頭を殴りつけられたかのような衝撃を受けた。
そもそも彼は、先日彼女に『婚約者がいるはず』と母に知らされたときも同様のダメージを受けていた。
それが、エミリアの『捨ててもよろしゅうございましょうか?』という問いで、どうやら破棄されるようだと、察し、ホッとしたのも束の間。『結婚したい人がいる』という二の矢は、相当に痛かった。
呆然と立ち尽くした彼の胸には、悲しみや嫉妬といった負の感情が一気におしよせ、今度こそ立ち直れないのではと思うほどに苦しかった。
──だからこそ、その直後に彼女が“義兄”に対する想いを口にしたときは、まさに、天地がひっくりかえった。
失意の暗闇から、一転。彼の世界にはひとすじの光がさしこんだ、が……。
しかしあのとき苦悩の泥沼に叩き落されていた彼には、すぐにはエミリアの言葉に気持ちが追いつけなかった。
驚きすぎて思考は止まり、エミリアを凝視したまま、まずは耳を疑う。
まさか……自分がひどく嫉妬した相手が、自分であるなどとは……思いもしなかった。
ゆえに彼は、こうして出刃亀していたゲレオンにもたやすく連行されてしまったというわけである。
ただ、叔父にはそんな気はなかったのだろうが、ある意味これはファインプレイ。
もしグンナールがあのままエミリアのそばにいたとしたら。
驚きから立ち直った瞬間、歓喜した自分は後先考えずに彼女を抱きしめていたかもしれない。
それは、混乱した現状を、よりかき回してしまうだろう。
(……いや……むしろ、そうして打ち明けてしまっていたほうがよかったのか……? しかし……エミリアには『お義兄様には言わないで。絶対内緒にしてくださいね』と、懇願されてしまったしな……その状況で打ち明けるのは……どうなんだ……?)
グンナールは、まったくもってどうしたらいいのか分からない。
ともかく、すぎてしまったことをあれこれ悩んでも仕方がないとは思うのだが、それにつけてもと、グンナール。
地面に力なく胡坐をかいて座り込んだ彼はがっくりとうなだれ、ため息。
全身が甘やかな熱につつまれて、もどかしくてたまらない。無性に恥ずかしさを感じたグンナールは、姿を竜人態に戻す。
こういうとき、人態は顔色でまわりに感情が分かりやすくていけない。
己の肌がウロコに守られる感覚を感じ、やや落ち着きを取り戻した青年は。しかし、この姿の自分が、エミリアに『結婚したい』と言わしめたのだと思い出すと……それはそれでよけいに照れが襲ってきてしまう。
まったく、精神に大きな負荷がかかっていた。
グンナールは自分の想いを痛感。
(……おそろしいほどに振り回されている……)
もちろんエミリアにはそんなつもりはないのだろうが、彼女の一挙手一投足で、ここまでオロオロする自分が情けない。グンナールはほとほと困ってしまった。
(いや……しかしそれが恋情というものなのか……)
相手のささやかな言動で、歓喜したり、落胆したり。もともとそういうものなのかもしれないと彼は自分をなだめる。
そうして改めて自分と『結婚したいのだ』と宣言したときのエミリアの様子を思い出すと、やはりいいようのない喜びが沸き上がった。
嘘のないまっすぐな瞳を思い出すと、思わず微笑んでしまう。
反り返りそうに張られた胸と、毅然と伸ばされた背筋はなんとも勇ましく……まあ、つまり、今は何をとっても可愛いとしか思えないのである。胸には再び愛しさが湧き上がり、なんとも言えない幸せな心地。
しかし、ここでグンナールのドラゴン顔がわずかに曇る。
彼女も自分を慕ってくれていることは分かった。だが……状況はあまりにも複雑。
なんといっても、黙っていなさそうな外堀が複数。
どうしたものかと考えはじめた矢先、彼の膝の間近にぴしゃりと小さな雷が落ちる。
「………………おい貴様……いつまで惚けてわたしを無視するつもりだ!?」
「……」
見上げると、そこには沸々と怒りをたたえる叔父の瞳。
腕を組み、仁王立ちしてこちらを見下ろす人態の叔父の顔はいら立ちに満ちていて、母グネルの怒った顔にそっくりである。ただ、その顔が、グンナールに冷静さを取り戻させた。
(……さしあたっては、まずこの方か……)
“まず”と前置いたのは、彼以外にもたいへん説得が難しそうな者があとに控えているからである。むしろ、その者に対しては、この叔父すらも手を焼いていることを考えると……そちらのほうが本丸だろう。
新婚気分という、ある意味最強の幸福状態にあるその者が、その幸福に水を差そうとする自分をたやすく許すとは思えず。もちろん彼自身、その幸福を邪魔だてしたくもないのだが……。
これは非常に悩ましい状況であった。
グンナールは浅く息を吸う。
とにかく冷静にならなければならなかった。
(……この二人をなんとかせねば、我らに未来はない……)




