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第二十二話:王都に咲く、反撃の狼煙

 ゼオンは、震える手で、セラフィナからの手紙を開いた。


 そこに綴られていたのは、短いながらも、彼女の力強い意志が感じられる、戦いの記録だった。ヴァレリウス伯爵を、武器も使わずに、知恵と勇気だけで退けたこと。城も、民も、皆、無事であること。


 安堵と共に、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。誇らしい。彼女が、自分の信じた通りの、いや、それ以上に、強く、賢い女性であったことが。


 そして、彼は、足元で穏やかな光を放つ『光の花』を見下ろした。


 鉢に触れると、セラフィナの魔力が宿った、温かく、優しい生命力が直接伝わってくる。この花がここにあるだけで、屋敷全体を覆っていた呪いの冷気が、嘘のように霧散していく。これは、ただの植物ではない。希望そのものだ。


(……待っているだけでは、駄目だ)


 囚われの身であることに変わりはない。だが、この手には、王都の誰もが無視できない「切り札」が届けられたのだ。


 ゼオンは、屋敷に一人だけいる、古くからアイスラー家に仕える老執事を呼んだ。


「オーブリー。長年、王都の貴族社会を見てきたお前に頼みがある。今、王太子殿下と最も距離を置いている、影響力のある貴族は誰だ」


 オーブリーは、主の瞳に宿る、氷ではない、鋼の光を見て、すべてを察した。


「……賢王の弟君、王弟殿下のエドワード公爵様でございましょう。殿下は、アルフォンス王太子殿下のやり方を、かねてより危惧しておられます」


 その日の午後、エドワード公爵の元へ、一人の老執事が届け物をした。


 中身は、辺境伯ゼオンからの手紙と、一つの小さな鉢植え。


 『光の花』を一目見た思慮深い公爵は、すぐにその価値と、ゼオンの意図を理解した。


 噂は、翼を得たかのように、瞬く間に王都のサロンを駆け巡った。


「聞いたか? 呪われた北の地で、聖女様の光とは比べ物にならぬほど、神聖な花が咲いたらしい」

「聖獣・月光狐が、その花を守っているとか」

「辺境伯は、その花を使って、不毛の地を蘇らせていると……」


 その噂は、当然、アルフォンス王太子と、聖女リリアーナの耳にも入った。


「ありえません! 呪われた土地の、邪悪な魔術に決まっていますわ!」


 リリアーナは、血相を変えて叫んだ。彼女の偽りの奇跡が、本物の輝きの前では色褪せてしまうことを、誰よりも彼女自身が知っていたからだ。


 アルフォンスが噂を力で押さえつけようとした、まさにその時、ゼオンは次の一手を打った。


 エドワード公爵の仲介を経て、病床にいる国王陛下への、直接の拝謁を願い出たのだ。


 名目は、「ご快癒を祈るための、辺境からの贈り物の献上」。そして、「神聖なる獣の祝福を受けた、北部領土復興計画のご報告」。


 それは、もはや罪人としての弁明ではなかった。


 王国に、新たな恵みをもたらす、有能な領主としての、堂々たる謁見の申し込み。アルフォンスとリリアーナは、国王陛下への忠誠という大義名分の前では、それを拒むことができない。


 ゼオンは、屋敷の窓から、王宮を見据えた。


 手の中には、セラフィナが持たせてくれた、陽光花の革袋。そして、彼の部屋では、光の花が、北の故郷からの約束のように、静かに、しかし、力強く輝き続けている。


(セラフィナ。お前が灯してくれたこの光で、俺は、俺たちの道を切り拓く)


 反撃の舞台は、整った。


 氷の騎士は、金色の鳥かごの中から、静かに、そして、確実に、王都の闇へと牙を剥くのだった。

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