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第二十話:北の『おもててなし』

 王都の調査団が、ついに城門の前に姿を現した。


 先頭に立つのは、見覚えのあるヴァレリウス伯爵。しかし、以前とは違い、彼の背後には物々しい鎧に身を包んだ百名以上の王室騎士が控え、それは「調査」という名目からは、ほど遠い威圧感を放っていた。


「開門せよ! 王太子殿下のご名代、ヴァレリウス伯爵である! 辺境伯不在の折、我らがこの城の管理を代行する! 速やかに門を開け、薬師セラフィナ・グリーンウッドはその身を差し出すのだ!」


 伯爵の傲慢な声が、凍てつく風に乗って響き渡る。


 しかし、城門は、沈黙を保ったまま、固く閉ざされている。


 やがて、城壁の上に、一つの人影が現れた。


「……ようこそ、アイスラー辺境伯領へ。ヴァレリウス伯爵」


 そこに立っていたのは、薬師の仕事着である、質素ながらも清潔な、深い森色のドレスを纏った私だった。私の両脇には、侍女のヘルガと衛兵隊長が控え、その後ろには、銀色の毛皮を輝かせたルプスが、静かに佇んでいる。


「小娘が……! 主を失った城で、いつまで領主気取りでいるつもりだ! 貴様のような追放者に、この城を差配する権限などない! 我らは王命により、その『奇跡の薬草』とやらを正当に調査し、確保する。抵抗は許さんぞ!」

「調査、ですか」


 私は、穏やかに、しかし、誰もが聞き取れるほど、凛とした声で言った。


「ええ、もちろん歓迎いたしますわ。ただし、それが、真に平和的な調査であるのなら」


 私の言葉を合図に、城壁の上に、次々と人影が現れた。


 しかし、それは、弓や剣を構えた兵士ではなかった。ヘルガをはじめとする城の者たち、そして、アンナの両親のような、町の住民たち。彼らが手にしていたのは、武器ではない。私が温室で育てた、様々な薬草が植えられた、無数の『鉢植え』だった。


「なっ……何を……」


 ヴァレリウス伯爵が、呆気に取られる。


「手紙にも記したはずです。この土地の植物は、この土地の魔力に深く結びついています。そして、悪意や敵意に、ひどく敏感に反応するのです」


 私は、胸元に挿していた陽光花のブローチに、そっと魔力を通わせる。すると、それに呼応するように、城壁に並べられたすべての鉢植えが、一斉に淡い翠玉の光を放ち始めた。


 風向きが、変わる。


 城壁から、薬草の放つ、甘く、そして、どこか痺れるような、濃厚な花粉が、調査団に向かって流れ始めた。


「ぐっ……、な、なんだ、この匂いは……」

「馬が……、馬が暴れております!」


 騎士たちの馬がいななき、その場に踏みとどまれなくなる。騎士たち自身も、目眩や息苦しさを訴え、次々と顔色を悪くしていく。それは、命に別状はない、けれど、戦意を削ぐには十分な、私の仕掛けた「おもてなし」だった。


 とどめに、ルプスが天に向かって、高く、澄み渡る遠吠えを響かせる。聖獣の神聖な咆哮は、騎士たちの恐怖を決定的に煽り立てた。


「……これが、私たちの答えです、伯爵」


 混乱の極みにある彼らに、私は最終的な提案を突きつけた。


「もし、それでも平和的な対話を望まれるのでしたら、武装を解き、あなたお一人で、この門をくぐることを許可しましょう。北の民は、礼節をわきまえた客人を、心から歓迎いたしますわ」


 ヴァレリウス伯爵は、屈辱に顔を真っ赤にしながら、私を睨みつけた。


 力ずくで奪うこともできず、かといって、私の提案を呑むこともできない。彼は、完全に、進退窮まっていた。


 武器なき籠城。


 私は、城壁の上から、眼下で狼狽える王都の軍勢を見下ろした。


 ゼオン様。あなたの家は、あなたの民は、そして、あなたの薬師は。


 この通り、健在です。


 私たちは、決して、誰にも屈したりはしない。

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