第二話:氷の騎士と呪われた大地
王都を追われてから、どれほどの時が経っただろうか。
揺れの激しい無骨な馬車に揺られる日々は、私から「伯爵令嬢」という最後の皮を一枚一枚剥ぎ取っていくようだった。護衛の騎士たちは私を「罪人」として扱い、ろくに口も利かない。食事は冷えたパンと干し肉だけ。けれど、そんな肉体的な苦痛よりも、窓の外の景色が緑から痩せた褐色へ、そしてやがて一面の白へと変わっていく様の方が、私の心を凍えさせた。
やがて馬車が止まり、扉が開かれると、刃物のような冷気が肌を刺した。
「着いた。降りろ」
促されるままに外へ出ると、そこは、まさしく世界の果てだった。見渡す限り、白、白、白。ごうごうと音を立てて吹き付ける風が、乾いた雪を地吹雪のように舞い上がらせている。そんな荒涼とした大地に、まるで巨大な墓石のように、黒灰色の城が一つ、聳え立っていた。
「……ここが、アイスラー辺境伯領……」
衛兵に促され、重い城の扉をくぐると、中は外と同じくらい冷え冷えとしていた。高い天井と石造りの広間は、人の営みの温かさというものがまるでない。わずかな使用人たちが、遠巻きに私を無感情な瞳で見つめているだけだった。
広間の奥、玉座の間に通されると、一人の男が窓の外の吹雪を眺めて立っていた。こちらに振り向いたその人と目が合った瞬間、私は息を呑んだ。
氷を思わせる銀の髪に、感情の機微を一切映さない、ガラス玉のような蒼い瞳。彫像のように整った顔立ちは、しかし、まるで生きている人間とは思えないほどの冷気をまとっている。
この人が、この地の主、ゼオン・フォン・アイスラー辺境伯。
「……報告は受けている。王都からの追放者だな」
彼の声は、冬の湖の底から響いてくるように低く、平坦だった。
私はスカートの裾を摘まみ、凍える体で最後の誇りをかき集めて、淑女の礼をとる。
「セラフィナ・グリーンウッドと申します。本日より、辺境伯様のお世話になります」
「世話など、この地には存在しない」
ゼオン様は、事実を告げるように淡々と言い放った。
「部屋は用意させた。勝手にうろつくな。何かを期待するな。ただ、私の邪魔をしなければいい」
それだけ言うと、彼は再び窓の外に視線を戻し、私という存在がもはやそこには無いかのように振る舞った。あまりの無関心に、言葉を失った私を、年配の侍女が「こちらへ」と無愛想に手招きする。
案内されたのは、塔の一室と思われる、質素な部屋だった。固いベッドと小さな机、そして暖炉には、心ばかりの火が頼りなげに揺れている。
「閣下を煩わせるな。この地は、何も赦しはしない」
侍女はそう言い残し、足早に去っていった。
一人残された部屋で、私は小さな窓に歩み寄る。外はどこまでも続く雪景色。
絶望が、冷気となって体の芯まで染み渡るようだった。けれど、その時、荷物の中にこっそりと隠してきた、小さな鉢植えが目に入った。王都から持ってきた、私の唯一の慰め。今はすっかりと萎れてしまっている。
私はその鉢をそっと両手で包み込んだ。
「大丈夫よ……」
それは、萎れた薬草に、そして、打ちのめされた自分自身に言い聞かせるための、小さな誓いだった。
「大丈夫。私たちなら、きっとここでだって、花を咲かせられるわ」
冷たい部屋の中で、私の指先から、ごく微かな、淡い緑の光が溢れた気がした。