第十七話:薬師の誓いと命の灯火
辺境伯様が王都へ旅立ってから、十日が過ぎた。
城主を失った城内には、静かな緊張感が漂っていた。けれど、絶望はなかった。皆、私と、私が育てる緑の恵みに、希望を託してくれている。ゼオン様が私に託してくださった、その信頼に応えるため、私はこれまで以上に仕事に没頭した。
日中は畑と温室の管理、夜は古書の解読と薬の調合。多忙な日々が、彼を待つ不安な気持ちを紛らわしてくれた。
そんなある日、問題は起きた。
私とゼオン様が、二人で初めて城壁の外に植えた、あの若木。その葉が、輝きを失い、力なく垂れ下がっているのに気づいたのだ。
「……やはり、この土地の呪いは、そう甘くはないのね」
温室や、石壁で囲んだ畑とは違う。何の守りもない雪原に、ただ一本の命。土地に染みついた、長年の呪いが、その小さな命を拒絶し、蝕もうとしているのだ。
これを見過ごせば、人々の心に芽生え始めた希望も、この若木と共に枯れてしまうだろう。
「ヘルガ、皆を集めて」
私は、決意を固めた。
その日の午後、私は城壁の外、弱り始めた若木の前に立っていた。私の傍らには、守護者のようにルプスが寄り添い、周囲には、ヘルガをはじめ、城の兵士や使用人たちが、固唾をのんで私を見守っている。
「今から、この木に、呪いから身を守るための『灯火』を灯します」
私は、この日のために用意した、特別なリースを掲げた。温室で育った薬草の中で、最も生命力の強い陽光花と、数種類の守りのハーブを編み込んだものだ。
「グルルゥ……」
ルプスが、吹き付ける呪われた風に向かって、低く唸り声をあげる。彼の聖なる力が、私と若木の周りに、見えない結界を張ってくれているかのようだった。
私はリースを若木の根元に置くと、その場に膝をつき、両手をそっと重ねた。
(お願い、聞いて。この土地に眠る、すべての命の記憶)
意識を集中させ、魔力をリースへと注ぎ込む。私の生命力が、温かい光となって、リースに宿っていく。
「この子を守って。この土地の、未来の希望を」
リースが、まばゆい翠玉の光を放ち始めた。それは、吹雪の中でも決して消えることのない、穏やかで、力強い輝き。光に照らされた若木の葉が、再び、しゃんと上を向くのが分かった。
魔力を使い果たした私は、その場に崩れ落ちそうになる。その体を、ルプスの温かい体が、そっと支えてくれた。
城壁の上から、その光景を見ていた人々から、嗚咽と、そして、割れんばかりの喝采が湧き上がった。
「おお……、薬師様が、木に光を灯された……」
「これで、我々の土地も、きっと……!」
私は、光り続けるリースと、元気を取り戻した若木を見つめ、南の空を仰いだ。
(見ていてくださいますか、ゼオン様)
私は、あなたの帰る場所を、あなたの民と共に、守り抜きます。
だから、あなたも。
あなたの約束を、必ず、果たしてください。
凍てつく風の中、私は、彼に託されたものの重さと、それを守り抜く覚悟を、改めて胸に刻み込むのだった。