第十二話:雪解けの温室と、芽生える信頼
王都へ使者を送ってから、一月が過ぎた。
返事が来ないのは、良い知らせか、それとも嵐の前の静けさか。けれど、私の心は不思議と穏やかだった。私には今、やるべきことがある。
その間に、私の温室は、もはや「奇跡」としか言いようのない変貌を遂げていた。
かつての死の気配は完全に消え去り、そこは命の息吹に満ちた緑の聖域となっていた。色とりどりの薬草が芳しい香りを放ち、寒さに強いという古の野菜が青々とした葉を茂らせ、小さな赤い果実が宝石のように実っている。ガラスの外で荒れ狂う吹雪の世界とは、まるで別世界だった。
「ルプス、そこは駄目よ。踏んでしまったら、この子たちが可哀想だわ」
私の足元では、すっかり温室の主の一員となった月光狐のルプスが、気持ちよさそうに丸まっている。私が種を植えれば、その鉢の隣で昼寝をして、不思議な温かさで成長を助けてくれる。彼は私の言葉を理解しているかのように、注意すると大きなあくびをして少しだけ場所を移動した。言葉はいらない、静かで温かい、私の相棒。
城の者たちとの関係も、雪解け水を思わせた。特にヘルガは、今では母親のように私の面倒を見てくれる。
「セラフィナ様、少しお休みになられては。温かいハーブティーをお持ちしました」
「ありがとう、ヘルガ。ちょうど一息つきたかったところよ」
彼女の淹れてくれるお茶は、いつだって私の疲れた体を優しく癒してくれた。
そして、辺境伯様との間にも、静かな変化が訪れていた。
彼が薬湯を飲みに私の部屋を訪れる日課は、いつしか、彼が温室へ足を運ぶことに変わっていた。私が育てた植物に囲まれながら、淹れたてのハーブティーを飲む。それが、私たちの新しい習慣だった。
「ここの空気は、澄んでいる」
その日、湯気の立つカップを片手に、ゼオン様がぽつりと言った。
「ええ。植物たちが喜んでいるからですわ」
「お前も、か」
「はい。私も、今が一番、幸せです」
彼はじっと私の手元に視線を落とした。土で汚れ、道具を持つうちに固くなった、令嬢らしくない私の手。けれど、彼の瞳に侮蔑の色はなかった。
「その手は……」
彼は黒い手袋に覆われた指先で、そっと私の指に触れた。ひんやりとした感触。けれど、以前のような、すべてを凍らせるほどの冷たさではない。
「……この地を、救っている手だ」
その言葉と、思いがけない仕草に、私の心臓が大きく跳ねた。
「辺境伯様……?」
「ここにいると、体の芯を苛む冷たさが、ほとんど消える」
彼は、初めて私に、はっきりとそう告げた。呪いが和らぐのだ、と。それは、私が彼にとって、かけがえのない存在になりつつあるという、何よりの証だった。
「あの、辺境伯様。一つ、試してみたいことがあるのです」
私は、ずっと胸に秘めていた提案を口にした。
「温室の外に、この地の土に、直接、木を植えてみてはいけませんか。この温室で育てた、寒さに強い若木です。あるいは……」
私の大胆な提案に、彼は一瞬目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。
「……よかろう。場所を選べ」
その日の夕暮れ。
私とゼオン様は、城壁のそば、風が少しだけ和らぐ場所に立っていた。二人で凍った土を掘り起こし、私が魔法で温めた土を入れ、そこに、小さな若木を植える。
土を被せ終えた時、私たちの手が、偶然、触れ合った。
彼は手を引かなかった。私も、引かなかった。
白銀の世界に、ぽつんと立つ一本の緑の若木。
それは、この呪われた地に、本当の春を呼ぶための、私たち二人の、最初の共同作業だった。