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第十一話:氷の騎士の怒り

「私の作った春を、奪いに……」


 私の言葉に、ゼオン様は無言で手紙を受け取ると、その内容に自ら目を通した。一読するうち、彼から発せられる空気が、先ほどまでの比ではないほどに、急速に冷え込んでいくのを感じた。執務室の窓ガラスが、パキリ、と小さく音を立てて凍てつく。


 彼が顔を上げた時、その蒼い瞳には、底知れない怒りの炎が、青い氷のように燃え上がっていた。


「……ふざけるな」


 地を這うような低い声だった。


「彼らは、お前を『役立たず』と断じ、この死の大地へ捨てた。今になって、どの口がそれを言う」


 彼の怒りは、私のためだけではない。この土地を、そして、ようやく見え始めた希望の光を、自分たちの都合で踏みにじろうとする王都の傲慢さに対する、純粋な憤激だった。


「セラフィナ。お前は、もはや王都の罪人ではない。私の保護下にある、この地の薬師だ。お前の生み出すものは、この土地のものだ。王都の連中に、指一本触れさせるものか」


 その言葉は、何よりも力強い誓いだった。私は、彼の背後に、この極寒の地を何十年もたった一人で守り続けてきた、孤高の騎士の姿を見た。


「はい。私も、送るつもりはありません」


 私は、きっぱりと首を横に振った。


「私が育てた薬草は、アンナのような、この土地で苦しむ人々のためのものです。私を捨てた人々のために使う気は、毛頭ございません」


 私たちの視線が、初めて、一つの同じ敵意を共有して交差する。


 しかし、ゼオン様は冷静だった。


「だが、王太子からの命令だ。ただ『否』と返せば、反逆と見なされかねん」

「ええ。ですから、少し工夫が必要ですわ」


 私は、ここ数日、古書を読み解いて得た知識を元に、一つの策を提案した。


「私が育てる薬草は、この土地の特殊な魔力に適応したものです。それゆえに強い効能を持ちますが、同時に、この土地の人間以外には効き目が薄い、と。特に、聖なる力を持つというリリアーナ様のような方には、下手に使えば害になる可能性すらある、と返答するのです」


 それは、半分は真実で、半分は、私たちのための嘘だった。


「……なるほど。断るための、完璧な口実だ」


 ゼオン様は私の策に頷くと、すぐに羊皮紙とペンを用意した。私たちは、その夜、共に暖炉の火を囲みながら、王都への返信を練り上げた。


 丁寧な言葉遣いの裏に、決して屈しないという、鋭い拒絶の意思を込めて。それは、二人の初めての共同作業だった。


 手紙を書き終えた頃、ゼオン様が、ふと私を見て言った。


「セラフィナ・グリーンウッド。私は、お前という人間を、完全に見誤っていたようだ」

「と、申しますと?」

「お前は、ただ心優しいだけの女ではない。その牙は、この氷の大地で生き抜くための、強かな生存者の牙だ」


 私は、微笑んで返した。


「その牙を、隠さずにいられる場所を与えてくださったのは、辺境伯様、あなた様ですわ」


 返信を託した使者が、夜の吹雪の中、王都へと旅立っていく。


 それを見送りながら、私は、もう何も怖くはない、と感じていた。


 私の隣には、誰よりも頼もしい氷の騎士がいてくれる。温室では、もふもふの友が待っている。


 過去からの鎖は、もう私を縛ることはできない。私の春は、この土地と、この人たちと共にあるのだから。

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