文と訪い 5
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「おめでとうございます~!」
どこから摘んできたのか、椿だろうと思われる赤い花びらを小さな籠にわんさかと入れて、綿星が上機嫌でやってきたのは昼をいくらか過ぎたあたりのことだった。
ばっさ~っと赤い花びらを頭から振りかけられた綾女は、きりきりと眉を吊り上げた。
「何がおめでとうなのよ! それから散らかすんじゃないわよ! ほらっ、早く拾いなさい! 命婦に怒られるじゃないの!」
部屋中花びらだらけにされた綾女は、髪に絡みついた一枚の花びらを摘み上げつつ綿星を睨みつける。彼は「あれ?」というように首をひねった。
「もっとこう、きゃっ、恥ずかしいっ、みたいなのを想像したのですが……」
「あんた締め上げるわよ」
「わわっ、失礼しました! すぐに片付けますのでっ」
綾女の怒りが本物だと気づいた綿星が、大慌てで自ら散らかした花びらを拾い集める。
小さな体で右に左に駆け回って、花びらをかき集める白いふわふわの狐に、綾女はやれやれと肩を落とした。
綿星に悪気がないのはわかっている。
そもそもの原因は、そうとは知らず、相手の訪れを待ち望むような歌を書いて送りつけて綾女だ。非常に不本意だが、あれは綾女が招いた結果だった。
「綿星、あんたの主に言っておいてくれない? 今日も明日も、来なくていいからって」
「そうは参りません! 嫁様と主様がついに結ばれ――きゃぅんっ!」
むんずと首根っこを摘み上げれば、綿星が情けない悲鳴を上げた。
(本当にこいつ、強い妖なのかしら?)
綾女にも簡単に捕まるような綿星が強い妖だと言われてもちっともピンとこない。
実際、摘み上げられて宙づりになった綿星は情けない顔をしていた。
「誰と誰がなんですって?」
「で、ですから、嫁様と主様が……」
「それ以上言ったらその首に首輪つけてそこの丸柱につなぐわよ」
「ぎゃあっ」
妖のくせに、首輪をつけて繋ぐと言われたのがそんなに嫌だったのか、綿星はわたわたと暴れはじめる。
小心者の綿毛狐を解放し、綾女は火鉢に新しい炭を入れた。
綿星が警戒するようにそーっと綾女のそばまで寄ってくる。
「どうしたの? そんなあったかそうな自前の毛皮があるのに寒いの?」
「そうではございません。……嫁様は、主様の何がお気に召さないのでしょう? いい男だったでしょう? 人の男と違って鬼は一途ですぞ。よそに女は作りません」
確かに、紫苑は端正な顔立ちをしていた。
艶やかな銀髪に、綺麗な赤い瞳。
無駄な肉のないすっきりとした輪郭の中にあった、涼やかな美貌。
昨夜のことを思い出すと、少し……ほんのすこーしだけ、顔に熱が溜まってくる。
紫苑は、綾女の気持ちを慮り、無体なことはしないと、通ってきたというのにただおしゃべりをして帰る優しさもあった。
綾女の生活を考えて頻繁に貢ぎ物もくれるし――、話してみた感じでは悪い印象もなかった。
綿星の言葉が本当なら、よそに女を作らないという点も評価できる。
これが人間の男ならそうはいかないだろう。
綾女のように後ろ盾のない女を正室に望む貴族の男なんてまずいやしない。たわむれ手に手を出して飽きたら捨て置かれるのが関の山だ。
捨て置かないにしても、最低限の生活の面倒だけ見て放置される可能性が高い。
紫苑が綾女を正室として扱い、綾女一人を見てくれるのなら、確かに他の人間の男を夫に持つより、何倍も幸せだろう。
(だけど……)
やはり一点、鬼、という部分が綾女に二の足を踏ませる。
だから、綾女は答えられずに話題をずらした。
「そろそろ餅がなくなるわ」
「嫁様は餅が好きですなあ。今日、他のものと一緒にお届けしておりますぞ」
「そう、ありがとう」
綿星は躊躇いがちに、ちょん、と綾女の膝の上に前足を乗せた。
「嫁様、余計なことかもしれませんが……、鬼は、人よりずっと頑丈でございます。主様は、嫁様を置いて先にいなくなったりはなさいませんぞ」
綾女は、炭をつつく手を止めて、ぽんと綿星の頭に手を置いた。
「……そうね」
なんだかんだと、ここに移り住んでから毎日のようにやって来る綿星は、綾女のことを、綾女以上にわかっているのかもしれない。
別に、綿星に自分の事情を、過去を話したことはないのだけれど、妖だからなのか、単に綿星が聡いのか、なんとなくの事情は把握しているようだった。
そのくせ、綾女に真実を訊ねようとはしない。
それは綿星なりの優しさなのだろう。
綾女は、綾女を膝に乗せて朗らかに笑う父の顔を思い浮かべながら、そっと目を伏せた。
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