文と訪い 1
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「姫様、姫様、先ほどこちらが届きましたよ」
部屋の中で火桶の炭をつついていた綾女は、興奮気味な命婦の声に顔を上げた。
いつも物静かな命婦が珍しく慌ただしく部屋に入ってきて、手に持っていた文箱をずずいと差し出してくる。
紐を解き、文箱の蓋を開ければ、白い文と蕾のついた梅の枝、それから小さな茶色い壺が入っていた。壺を開けると中には茶葉が入っていて、綾女は目をぱちくりとさせる。
(まさか本当にくれるなんて)
茶葉はとても貴重なものだ。
内裏で暮らしていたときはよく口にしたが、こちらに移り住んでからは一度も口にしていない。
蕾のついた梅の枝なんて何の役にも立ちそうになかったので命婦に押し付けて、綾女は文を手に取った。
(ぐ……文も、本当に贈ってきた……)
恋文には歌を添えるのが一般的だ。
鬼のくせに雅な歌を書き記してある文に、綾女はぐうと唸る。
なぜなら綾女は、歌が苦手なのだ。
綾女の求婚者が鬼だと知っているくせに、昔から「いいお話ではございませんか」などと能天気なことを言う命婦は、喜びのあまり袖で目元を拭っていた。
「姫様に文が届くなんて……! 長生きはするものでございます」
「まだ五十にもなっていないじゃないの」
とはいえ、五十も生きれば御の字なのは確かだ。四十八歳である命婦は長生きしている方だと言えるだろう。
「ささ、お返事をお書きなさいませ」
「……紙がないし」
「一緒に届きましたよ。硯も筆も墨も一式」
鬼のくせに抜かりがない。
茶葉は嬉しいが、文はいらなかった。
返事を書きたくないが、すっかり舞い上がっている命婦がそれを許してくれるとは思えない。
「今晩お返事を受け取りに来られるそうですので、ささ、お早く」
「早すぎるわよ!」
せめて一日、いや、三日は待ってほしい。
「歌のお返しなんて、どうしたらいいのよ……」
「それならばこの命婦、姫様の代わりにお書き致しますよ」
「自分で書くわ」
命婦に代筆なんてさせたら、結婚を了承するような文を書きかねない。
何度も言うが、鬼と結婚なんてしたくないので、命婦にだけは代筆させてはならないのだ。
(でも、歌……どうしよう)
何かを参考にしたくとも、巻物も草子もここにはない。
内裏で暮らしていたときにいくつか読んだが、まったく記憶に残っていなかった。幼かった自分は、よほど興味がなかったのだろう。今もだけど。
一応、手習い程度に箏も琵琶もやったが、才能はからきしだった。
綾女が自慢できるのは、長く艶やかな髪くらいなもので、それ以外に特出したものは何一つないのである。
鬼が贈りつけてきた歌は、簡単に言えば「会いたい」ということなので、「わたしは会いたくない」という歌を返してやろうと思うのだが、どうすればいいのだろう。
(ま、いっか。意味さえ伝わればいいんだから、雅さなんて必要ないわ)
あれやこれやとこねくり回したところで碌な歌は生まれないのだから、この際、開き直ってしまおう。
綾女は命婦に紙と硯を用意してもらうと、さささっと簡単な文をしたためた。
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わたくし事ですが、本日、書籍デビューして四周年を迎えました!
2021のこの日に初めての書籍が出てからもう四年も経ったんだなと、感慨深い気持ちでいっぱいです。
五年目も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!