おとり 6
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次で最終話です(#^^#)
「くそっ、晴明のやつ、やっぱり年取って力がだいぶ落ちてたんじゃないか!」
紫苑は舌打ちして、後方に大きく飛びのいた。
間髪入れず、先ほどまで紫苑がいたとこに、錆びて刃こぼれを起こしている太刀が振り落とされる。
どぉん、と大きな音を立てて、床板に大穴があいた。
「ちっ、化け物が‼」
元人間のくせに、なんなのだこの力は。
紫苑が舌打ちした直後、鬼神二人が将門公に躍りかかるも、将門公は大きな咆哮を上げただけで二人を壁際に吹き飛ばす。
激突前に壁を蹴って体勢を立て直した鬼神たちは、すぐに双剣を構え直して、じりじりと将門公から距離を取った。
これは、想定外の事態だった。
目の前の将門公は、ところどころ錆びている鈍色の甲冑に身を包んでいた。眼窩が落ちくぼみ、鏑矢が額に突き立っている。
(神鏑に中りて、終に琢鹿の野に戦ひて、独り蚩尤の地に滅びぬ――って、滅ぼすならきっちり滅ぼしてくれないか、どっかの神!)
平将門の最期は、神の手によるものだった。
神の放った矢が平将門の命を奪ったと言われている。
だというのに――
神の怠慢か、それとも将門公の執念か。
蘇った将門公は、元人間であったとは思えないほどの強敵だった。
適度に距離を取りつつ、紫苑は手に持っていた封印の符を見やる。
これがもっと機能していれば、これほどの苦労はなかった。符を貼り付けるだけなら、鬼神二人に足止めさせた隙をつけば大変な作業ではない。
現にもう三回、将門公に符を貼り付けている。だが、貼り付けた端から青白い炎を上げて燃えるのだ。
手元の符はあと三枚あるが、これが尽きれば万事休すだ。
神格を得た将門公を完全にうち滅ぼすことは、紫苑の全力をもってしても不可能である。
綾女だけはなんとしても逃がさなくてはならない。
「星! 虎!」
紫苑が呼べば、二人の鬼神が同時に将門に斬りかかった。
その隙に破魔矢をつがえた紫苑は、鏑矢が突き立っている将門公の額を狙う。
二人の鬼神が吹き飛ばされた瞬間、ひゅっと放った弓は額の鏑矢のすぐ隣に突き立った。
ぐぅ、と将門公が低い唸り声を上げて額を押さえる。
黒い墨のような血が眉間から流れ落ちるのが見えた。
綾女の作った破魔矢は効くようだ。だが、止めを刺すには弱い。
将門公が額を押さえてうつむいた隙をついて、星と虎が斬りかかる。
首と胴を確実に切り裂いたように見えたが、将門公には傷一つついていないようだった。
(どうやら効きがあるのは破魔矢だけか。こんなことなら、綾女にもっと作ってもらえばよかったな)
破魔矢は保険のつもりで、出番があるとは思っていなかったので、数本しか作成を頼んでいなかったのだ。
きりきりと二本目の破魔矢をつがえた紫苑の脳裏に「撤退」の二文字が浮かぶ。
紫苑が将門公をこちらに引き付けているうちに、綿星に綾女を連れて避難させなくては。
だが、帳台から出れば、綾女の気配を将門公が感知できる。
どうにかして将門公を弱らせておかなければ、綾女を追いかけていかれたら厄介だ。本来の姿になった綿星の足は速いが、将門公の力は未知数である。
(くっそ、あんまりこういうのは得意じゃないんだが)
紫苑は破魔矢の矢じりに符を刺すと、宙に五芒星を描く。
「百邪斬断し万精駆逐せん、急々如律令!」
紫苑が宙に描いた五芒星が金色に光り、足元から突風が巻き起こる。
首の後ろで束ねた銀色の髪をはためかせ、紫苑は二本目の破魔矢を将門公の額に放った。
符と共に額を打ち抜けば、将門公が片膝をつく。だが、まだ足りない。
手元の矢はあと四本。
同じ方法であと四回将門公の額を打ち抜いたところで、打ち倒せるとは思えなかった。
膝をついている将門公に鬼神二人が続けざまに攻撃を加えているが、たいして効いている様子もない。
やはり撤退を考えるべきかと紫苑が奥歯を噛みしめたときだった。
「主様!」
横の壁をぶち破って、綿星が飛び込んできた。
なぜ綾女の側から離れたと思わず怒鳴りつけようとした紫苑は、綿星が口にくわえているものを見て目を剥く。
綿星は紫苑を守るように立ちはだかり、口にくわえている紙を彼に押し付けるようにして持たせた。
「嫁様からです」
「……これは綾女の血か」
「左様でございます。これならば効きましょう。私は嫁様を守るために戻りますゆえ、なんとしてもこの場で封じてくださいませ」
言いたいことだけ言うと、綿星は紫苑の返事を待たずして大穴を開けた壁から戻っていく。
みしみしと、邸が嫌な音を立てた。
(あの馬鹿、大穴を開けやがって。倒壊しても知らんぞ)
無茶をするものだとあきれて、だができるだけ最短距離を選んだ末の決断だろうと苦笑する。綿星は綿星で、一秒でも早く綾女の側に戻りたかったのだ。神のくせに、ずいぶんと綾女に懐いたものである。
紫苑は手元の封印の符を見つめ、表情を改めた。
(嫁にここまでされて、封印できませんでしたではすまされないな)
破邪の力を持つ綾女の血で書かれた封印の符だ。これならいける。
「星、虎、足止めしろ!」
すべての符を矢じりに刺し、紫苑は印を組む。
「我、謹請して奉る。東は青龍、西は白虎、北は玄武、南は朱雀。その御力にてここに平将門をこの地に封印せしめんと欲す」
鬼神二人が将門公を足止めしている間に早口で呪を唱えて、きりきりと矢をつがえる。
すっと目をすがめ、狙いを定め、紫苑は薄く笑った。
「――急々如律令!」
放った矢が金色に輝き、吸い込まれるように将門公の額に突き刺さる。
矢が突き立ったところから、将門公の体は煙のように消えて行き、やがて――
カラン、と効果を失った破魔矢だけが転がった。








