おとり 5
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どのくらい時間が経っただろうか――
気づけば庭の死霊は一体もいなくなっていた。
鬼神たちの姿もないので、紫苑の加勢に行ったのだろうと思われる。つまりは、紫苑と将門公の決着はまだついていないということだ。
「綿星も紫苑を助けに行って」
「それはできませぬ」
不安に思って綿星に頼むも、彼は首を横に振った。
「主様からは嫁様をお守りするようにと仰せ使っておりますので」
「でも、晴明様の符が効かないんでしょう? だったら……、そうだ、ここに残っている符を紫苑に持って行ってよ。数があればなんとか……」
「こういうのは、数があればいいという話でもないのですよ、嫁様。符が効かないのであれば、もはや将門公自身を討ち取るよりほかございませぬ」
「できるの?」
「…………」
綿星はぐぅと低く唸って押し黙った。
(難しいのね……)
紫苑は力のある鬼だ。二人の鬼神も側にいる。その上で、蘇った将門公のほうが上だと言うのだろうか。将門公は、元人間だというのに――
「万が一、主様が破れれば将門公はこちらにやって来るでしょう。そのとき、嫁様だけではどうすることもできませぬ。将門公が嫁様の元にやってきた場合、嫁様を連れて内裏へ逃げるようにと主様から命じられております」
「そんな!」
「嫁様には、指一本触れさせませぬ」
低い低いその声から、綿星の覚悟が伝わってくる。
だが、万が一とか、紫苑が破れればとか、そんな言葉は聞きたくなかった。
「綿星、どうすることもできないの? たとえば……、そう! わたしがこの封印の符を作ったらどうかしら? だめ?」
護符は作った。破魔矢も作った。同じように封印の符を綾女が作ることはできないだろうか。
すると、綿星は綾女を振り返って、逡巡するように唸った後で、小さな声でぽつりと言った。
「姫様の血なら、あるいは」
「血?」
「符を書くときに墨ではなく血を使うのでございます。特に破邪の力を持つものの血は、特別でございますので」
「血……」
綾女は胸に抱きしめていた懐刀を見た。
「血で、書けばいいのね? ここにある符に上書きするだけでも効果はある?」
「ございます」
綾女が悩んだのは一瞬だった。
「――やるわ」
綾女は火桶の火を使って灯台に火を灯した。
文机がないので、札が入っていた文箱をひっくり返して台にする。
懐刀を鞘から抜いて、大きく息を吸い込むと、右の人差し指に走らせた。
鋭い痛みと共に赤い線が走り、ぷっくりと血が盛り上がって来る。
紫苑がここにおいていった符は五枚。
その一つ一つの文字の上に、綾女は人差し指を滑らせて血文字を書いていく。
流れる血が少なくなったら絞り出し、それでも足りなければ新たに指を傷をつけて。
痛みでぎゅっと眉を寄せると、綿星が悲しそうな声でくぅんと鳴いた。
「嫁様……」
「これを作り終わったら、紫苑に届けて。お願い」
「……わかりました。必ず」
綾女が自分を傷つけなくてもすむ状態だったら、綿星は何がなんでも綾女が指を切るのを止めていたはずだ。
彼が止めなかったということは、紫苑たちの状況はかなりまずいのだ。
(急がなきゃ……)
血がかすれてきたから、指先をぎゅっと絞るようにして新しい血をにじませる。
指先はじんじんと痺れ、熱いのか、それとも冷たいのか、よくわからなくなってきた。
それでも綾女は符を書く手を止めない。
痛いなんて泣き言を言っていられる状況ではないのだ。
何とか五枚の符に血文字を書いた綾女は、指先の傷を舐めながら綿星にまだ血が乾ききっていないそ
れを渡した。
「これを」
「すぐに戻ります」
綿星が床を蹴って部屋を飛び出していく。
風のように消えた綿星と、そして将門公を相手にしている紫苑を思い、綾女はぎゅっと目を閉じた。
(お願い――)
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