おとり 2
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
昼をすぎて、晴明姿の紫苑が梨壺にやってきた。
相手が紫苑であっても、内裏で暮らしている以上、晴明の姿をしている彼には安易に顔をさらせないため、御簾を挟んでの応答となる。
この場には命婦と、それから二人の鬼神の女房しかいないが、命婦は晴明が実は紫苑であることを知らないので不用意な発言はできない。あくまでここでは、晴明と姫宮の会話をしなければならないのだ。
正直、ちょっと面倒くさい。
「晴明様、頼まれていた護符と、それから破魔矢です。確認してくださいませ」
晴明相手として対応しているため、受け答えは命婦が代わりに行う。
綾女の言葉をそのまま紫苑に伝えると、彼は好々爺然とした笑みを浮かべて頷いた。
鬼神の二人が護符と破魔矢を紫苑の元へ持っていく。
紫苑は護符と破魔矢を確かめて、目を見張った。
「……ちゃんと、作れておりますな」
つまりそれは、成功したということだろう。
紫苑もまさか本当に作れると思っていなかったのか、何度も護符と破魔矢を確認している。
(やった!)
理屈はよくわからないが、どうやら破邪の力を持つ綾女は、見本通りに書けばきちんと護符と破魔矢が作れるらしい。
嬉しくて飛び上がりたいのをぐっと我慢して、命婦に「問題ないようでよかったです」と伝えてもらう。
「非常に助かりました、姫宮」
「お役に立てて嬉しゅうございます。もっとお作りしましょうか?」
「そうですなあ、それでは、ご無理のない程度にお願いしてもよろしいでしょうか。紙はまた届けさせますゆえ」
ふっと目じりに皺を寄せて紫苑が笑う。
姿かたちは晴明だが、綾女はその姿の裏に、紫苑が嬉しそうに微笑んでいるのを見た気がした。
(役に立ててよかった!)
追加で頼まれたということは、申し分ない出来だったに違いない。
命婦に了承した旨を伝えてもらえば、昼間に、晴明の姿であまり長居はできないのか、作った護符と破魔矢を持って彼が立ち上がった。
紫苑が去っていくと、命婦もホッと安堵した様子で笑う。
「ようございましたね、姫様。帝もお喜びでしょう」
「ええ!」
命婦には「帝のために作っている」と伝えてあった。まさか綾女がおとりになるときに必要になるなんて口が裂けても言えない。命婦がひっくり返る。
(命婦にはおとりになるなんて絶対に教えられないわ。驚きすぎて心の臓が止まったら大変だもの)
当日は、紫苑に頼んでうまく誤魔化してもらわなくては。
「あ、命婦、あと少しで姫宮が来るから、貝合わせの準備をしておいてくれる?」
脩子内親王は今日も遊びに来ると言っていた。おつきの女房は申し訳なさそうだったが、綾女と遊ぶことで少しでも気がまぎれるなら、綾女はいくらでも付き合う。
「かしこまりました。お菓子も準備しておきましょう」
「お願い」
午前中ずっと文字を書いていた綾女は、ぐっと大きく伸びをして、こきこきと首を鳴らした。
将門公が蘇る日まで、あと十日――
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ








