死の真相 3
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父の遺体は火葬するために山作所へ運ばれた。
墨染の衣に身を包み、葬送者が列をなす。
火葬には一晩以上かかるので、綾女は儀式が終われば宮中に戻ることになっていた。
朗々と読経の声が響く。
綾女は牛車の中にいるように言われていて、その中で命婦に肩を抱かれていた。
なぜなら、綾女が参加できたのは宮中における葬儀だけだったからだ。それ以外は許可が下りていなかった。
けれど、どうしても父が荼毘に付されるまでそばにいたいと駄々をこねた綾女に、道長が顔を見せないことを条件に、こっそり参列することを許可してくれた。牛車の中でおとなしくしておくのならば、と。
並んで停められている、いくつものからっぽの牛車の一つに綾女がいるなど、誰も思うまい。
気づかれると厄介なので、綾女はひたすら声を殺し、読経を聞きながら、父の安らかなる眠りを祈った。
そのときだった。
牛車のすぐ近くで誰かが話している声が聞こえてきた。
その楽しそうな声に、失意のどん底にいた綾女は無性に腹が立って、読経よりもそちらの声に耳を傾ける。
声は二つ。
その一つは、綾女の知る声に似ていた。
よくやった、とその声は言った。それは、中関白の――道隆伯父の声だった。
命婦もその声に気づき、綾女を抱きしめるようにして息をひそめる。
「帝が宮様を居貞様の代わりに東宮にとおっしゃったときは肝が冷えた。いくら仲がいいからといって、そのようなことは許されぬ」
「まったくでございます。それにしても、権大納言殿にも困ったものです。こちらが陰陽の頭を呼ぶ前に、まさか晴明を呼びつけるとは。毒に気づかれるかと冷や冷やしましたぞ」
「普通なら気づかぬ毒でも、あれは気づくかもしれんからな。宮様の次は、あれをどうにかせねばなるまい」
ハハハ、と押し殺したような笑い声が聞こえる。
綾女は、頭のてっぺんからさあっと血の気が引いていく気がした。
(なんて言ったの?)
綾女が悲鳴を上げるのを抑え込むように、命婦が綾女の頭を胸に抱きしめる。
命婦の衣をぎゅっと握りしめて、綾女は瞬きも忘れて目を見開いていた。
(毒って言った?)
死ぬ前日の夜まで元気そうだった父。
朝になって冷たくなっていたと聞いたけれど――綾女はずっと、不思議だった。
人とはそんなに簡単に死ぬものなのだろうかと。
だって、父は病気もしていなかったし、体も弱い人ではなかった。
母が死んでしばらくは心が弱くなっていたようだが、最近は落ち着いていて、よく笑う明るい人だったのだ。
その父が、ある日突然息を引き取ってしまうなんて、絶対におかしい。
(……そういうこと)
だから道長伯父は、「すまぬ」と言ったのだ。きっと気づいていた。気づいていて言えなかった。なぜなら道隆伯父は、今や時の人。帝を除けば、都で一番の権力者。道長であっても逆らえない。
あの「すまぬ」は、守れなくてすまなかったという意味だったのだ。
ぎしぎしと心臓が嫌な音を立てる。
奥歯を食いしばって、綾女ははらはらとこぼれる涙をそのままに、何度も何度も先ほどの言葉を反芻した。
父が、東宮になるかもしれないから。
道隆の娘の中宮に子が生まれる前に父に東宮宣下がなされたら困るから。
今の東宮、居貞親王の母は道隆の同母腹の妹だ。
だが、綾女の父は違う。妻に道隆の異母妹を迎えていたが、父の母は藤原とは関係のない家の女性だった。つまり、藤原北家の本筋から外れる。
だから――殺した。邪魔だったから。
(許さない)
目の前が真っ赤に染まるほどの怒りを覚えたのは、生まれてはじめてのことだった。
後にも先にもあれほど激怒したことはない。
この手で殺してやりたいと、綾女は命婦の衣を握り締めて震えた。
綾女の背中に回された命婦の腕も震えている。
(許さない許さない許さない)
呪ってやる――
あの日感じたあの殺意は、本物だった。
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