破邪 6
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「今日はすまなかった」
夜。
梨壺の庭先までやって来た紫苑は、開口一番にそう謝罪してきた。
「綾女に力を使わせたくなかったのに使わせてしまった」
「それはいいの。あんなに幼い子なんだもの、何かあったら大変だし」
「だが、君に負担があるとわかっていて止められなかった」
それは仕方がないと思う。
安倍晴明のふりをしている以上、紫苑は鬼でありながら帝に仕える立場なのだ。帝に呼べと言われて断れるはずがない。
昨日と同じように階の下段に並んで座る。
そして、これまた昨日と同じように、支子で染められた団子を渡された。
黄色い色をした団子を一つ口に入れて咀嚼しながら、月光に照らされた裸の梨の木を見やる。
「姫宮は大丈夫だった?」
「ああ、今のところ落ち着いているよ。ただ、これ以上帝の側にいさせるわけにはいかなかったからね、部屋に戻ってもらった。父親と離れたくないと泣いていたが……」
父親の側にいたいと言って泣く脩子内親王と、父を亡くしたころの自分が重なるような気がした。
特に脩子内親王は母を亡くしてまだ日が浅い。いくら理由を説いたところで五歳の子だ。父親と会えない理由をすんなりと飲み込めるはずもなかった。
(心細いでしょうね)
乳母がそばにいるとはいえ、弟とも引き離されている。
弟の敦康親王は中宮が養育しているのだ。以前のように簡単に会える場所にいない。
特に帝がしばらく目を覚まさなかったのだ、彰子中宮は神経質になっているはずで、敦康親王と会うのも簡単には許可が出ないと思われた。
祟りであることを伏せていても、安倍晴明が頻繁に参内し、父親である道長が気をもんでいるのはわかっているはずで、薄々よくないことが起こっていると気づいていてもおかしくなかった。あの方は、聡い方だから。
こういうとき、最優先にされるのは、現在のところ唯一の帝の男子である敦康親王である。
帝がいくら姫宮を溺愛していようと、他に男子が生まれなければ敦康親王に東宮宣下がある可能性が高く、周囲は弟親王を優先する。姫宮がいくら希望しようと、敦康親王のためと言って拒否されるはずだ。
生まれたばかりの末姫は一緒にいるが、まだ赤子であるがゆえに話ができるわけでもない。心は慰められるだろうが、父にも弟にも会えないとなれば姫宮はどれほど落ち込むだろうか。
「兄様の祟りは、人に移るということ?」
「対象者にはそうなのだろう。もともと帝の血筋を祟ったものだから。綾女が影響を受けなかったのは、綾女が破邪の力を持っていたからだろうと思うよ」
綾女が帝に触れたときに紫苑が止めなかったのは、移ると思っていなかったからに違いない。わかっていたら帝にも、子に会わないように、触れないようにと注意を入れていたはずだから。
(祟りが根本的に解決しない限り、兄様は我が子に会うこともできないのね)
しかし、人ならざるものとして蘇るという将門公の祟りを、どうすれば消し去ることができるというのか。
死してなお恨み続ける将門公の思いは強いはずだ。
同じとは言わなくとも、人を呪いたくなる気持ちは――綾女にもよくわかるからこそ、将門公がそう簡単には引かないのではなかろうかと思うのだ。
(状況が違えば、わたしも将門公みたいに祟ったのかしら……あの男を)
内裏にいるからだろうか。
昨日からずっと、心が過去に引っ張られる。
(お父様……)
もしあの男が生きていたら、綾女も、祟り殺したいほどにあの男を呪ったのだろう――
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