紫苑 2
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とはいえ。
綾女にだって、選ぶ権利はあると思う。
相手が人ならまだしも、鬼である。
しかも、一度も会ったことはない。
まあ、女は顔をさらすものではないなどという世間の常識のせいで、文だけ交わした顔も知らない相手と結婚することなど珍しくもなんともないのだが、それでもせめて人がいい。人外は嫌だ。
餅がなくなったので、かわりに先日綿星から「貢ぎ物」として受け取った煎餅を火桶で焼きはじめると、まだ隣で餅を食べていた綿星がうらやましそうな顔をした。
この綿毛の物の怪は食い意地が張っている。
仕方なしに綿星の分も焼いてやることにして、煎餅が焼ける間、ほかほかと湯気を上げる湯をすすった。
「今度はお茶が欲しいわね」
「結婚してくださいますか⁉」
「しない」
「どうしてですか! 嫁様ももういい年……」
「うるさい」
いい年と言うがまだ十六だ。このくらいの年ですでに嫁いでいる女性が多いのは確かだが「いい年」などと言われたくない。
第一、内親王がこのくらいの年で夫がいないのは珍しいことでもないのだ。一応内親王なのだからこの言い訳は立つと思う。
ずずっとお湯をすすって、綾女はじろりと綿星を睨んだ。
「だいたいねえ、よく考えてみなさいよ。結婚結婚言うけど、ただの一度も相手の鬼から――」
「紫苑様でございます」
「その紫苑とかいう鬼から、文の一通だってもらってないわよ! まずは文通からはじめるのが常識でしょう!」
ふふん、鬼が文を送るなど聞いたことがないので、こう言えば引き下がるはずだと綾女は高をくくった。
自尊心の高い鬼が、人の常識に合わせるはずがないのである。
すると綿星は、ふさふさの前足をポンと叩いた。
「なるほど、嫁様はだから拗ねているのですな!」
「拗ねてない!」
「いやいやわかりますぞ。女子の心とはいつの時代も繊細なものですからな! 嫁様はずっと主様の文が欲しかったのですな!」
「わかってない!」
誰が文が欲しいと言った。
ぱき、と煎餅が小さな音を立てたので火傷をしないように慎重にひっくり返しつつ、綾女はぐぬぬと唸った。
綿星は外見は可愛らしいくせに、中身はお節介な年寄りみたいなやつである。
綾女の目論見を明後日の方向に曲解し、「嫁様も可愛らしいではございませんか」などと言ってむふむふと楽しそうに笑っていた。
むかつくから、その首を絞めたやりたくなってくる。
いい感じに焼けた煎餅を、ぽいっと綿星の皿にのせて、綾女は自分の分の煎餅をぱきりとかじった。
「ともかく、わたしはあんたの主の嫁になんて、ぜーったいになりませんからねー!」
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