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祟りの噂 3

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 土御門の邸に移って十日余り。

 一月も終わりになって、雪が降る日はめっきり減った。

 たまに風に乗って白いものが舞うこともあるが、積もるようなことはない。

 広い庭に植えられている紅梅の蕾も膨らみ、一つ二つ、咲いているものもあった。

 階に座ってぼんやりと庭を眺めていた綾女は、足音が聞こえて振り向いた。


「お帰りなさい。今日は早かったのね」


 簀子を歩いてきたのは紫苑だった。老人の姿から、銀髪に緋色の目の姿になっている。この邸の周りには結界が張ってあって、外から中の様子は伺えないのだそうだ。だからこうして、彼本来の姿でいられるらしい。

 弾棋で負けた綿星は、きっちりと約束を果たしてくれたようで、紫苑にも綾女が高野山に行きたがっていると伝わっている。

 先日紫苑から、今の疫病騒ぎが片付いて落ち着けば連れていってくれると言われていた。


(まさか本当に連れていってもらえるとは思わなかったわ)


 どうせ断られるだろうと思っていたから、紫苑の返答は綾女にはとても意外なものだった。

 だけど、素直に嬉しい。

 この先の未来に、楽しみが一つできた。


「ただいま。何を見ていた?」


 紫苑が綾女の隣に座って、視線を追うように紅梅を見やった。


「梅か」

「もうそんな季節だなと思って」

「そうだな。あと二月もすれば桜が咲く」

「桜か……。内裏の桜は、綺麗だったわ」


 紫宸殿の前の桜が咲くころになると、父に連れられて見に行っていたのを思い出す。懐かしい。

 最近、特に父を思い出すのは、紫苑と会ったからだろうか。

それとも、彼から内裏の話を聞いたからだろうか。

もう六年も経つのに、いまだに父の面影を探しているなんて子供のようだろうか。


(わたしの幸せを願ってくれたお父様は、わたしが紫苑と一緒にいることに安心しているかしら、どうかしら)


 この庭には桜はないのねと、少し寂しく思っていると、紫苑がすっと片手を綾女の前に差し出した。


「なに?」

「手を出して」


 言われるまま両手を出せば、紫苑がその上で軽く拳を握るようにしてからぱっと開いた。

 ふわりと、薄紅色の花びらが舞う。


「わっ」


 綾女の手のひらの上には花びらがこんもりと山になっていて、ふわりと抜けていく風に一枚、二枚と宙を舞っていく。

 宙を舞っていった花びらは、しばらくすると空に溶けていくように消えた。


「陰陽の術?」

「これは鬼術」


 笑いながら紫苑がくるくると手を動かせば、あちらこちらに花びらが舞う。


「桜の木は持ってこられないが、まあ、このくらいはできる。桜が咲いたら、どこかに花見でも行こうか」

「そんなに簡単に出かける約束をしていいの?」

「そうだな。疫病騒ぎが片付かなければ出かけられないが……、逆に、あまり長引かせるのもまずいにはまずい。桜が咲くまでにはなんとか片付けたいものだね」


 そう言うが、綾女にも今のこの状況が難しいというのはわかっていた。

 鬼神であり、安倍晴明に自分の代わりを託された紫苑は、かなり強い鬼である。稲荷狐やほかの鬼神を従えていることからも、それは間違いない。

 その紫苑が、いまだに手をこまねいている状況なのだ。

 原因が何かは教えてもらえていないが、よほど厄介なものなのだろう。


「わたしも手伝えればいいんだけど」


 考えてみたら、綾女は紫苑にもらってばかりだ。

 これまでの貢ぎ物もそう。

 ここでの暮らしもそう。

 高野山へ行こうという、未来の約束もそう。

 そしてさっきは花見の約束までもらった。


(何かお返しがしたいわ)


 妻とは名ばかりで、まだ契りを結んだわけじゃない。

 綾女の覚悟が決まらなければ、いつまでも待ってくれると言っていた。

 ここまでしてもらって、綾女は彼に何一つ返せていない。

 物を、気持ちを、約束を、ただただ受け取るばかり。


「綾女は何もしなくていいよ」

「……そうね。妖が見えるだけで、特別な力があるわけじゃないし、何もできないわよね」


 見えるだけの綾女にできることはないだろう。

 わかってはいたがちょっと落ち込む。

 しょんぼりと肩を落とすと、紫苑が綾女の肩を抱いて引き寄せた。


「そうじゃなくて、危ないことはしてほしくないんだ」

「危ないの?」

「……それは」


 紫苑が、「しまった」というような顔をした。

 この前詳細を聞いたときに「秘密」と言っていたが、もしかして、疫病に感染するとは別に綾女の身に害が及ぶ可能性があるから秘密にしているのだろうか。


「紫苑――」

「俺がなんとかするから。綾女はここで、疫病騒ぎが落ち着くのを待っていてくれたらいいよ」


 続く綾女の質問を封じるように言葉をかぶせて、紫苑が素早く綾女のこめかみに口づけした。

 ぱっとこめかみを手で押さえて赤くなる綾女に笑って立ち上がる。


「ほら、いつまでもここにいたら寒いから、中に入ろう」


 恥ずかしくてうつむいた綾女は、紫苑の手を取りながら、誤魔化されたと口を尖らせた。





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