紫苑 1
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長岡京より移された平安の都。
陰陽道の知識を駆使し、安心安全な都をお造りになった桓武天皇だったが、残念ながらその願いは完璧にはかなわなかった。
早良 親王の怨念から逃れるように移り住んだ都は、遷都間もなくして、魑魅魍魎が跋扈する人と妖の共存する場所となったのだ。
とはいえ、妖の姿を見ることができる人間は限られるため、都に住まう多くの人は、自分の隣を人外のものが歩いていることなど気づかない。
しかしながら都の中には多くの妖が存在し、それらを束ねるのは「鬼」と呼ばれる妖の中でも上位のものだった。
――そんな鬼が、先々帝の姪であり、内裏から打ち捨てられた綾女を未来の嫁と認識しているのには訳がある。
(まったく、お父様も勝手なことをしてくれたわ)
もぐもぐと餅を咀嚼しつつ、綾女は嘆息した。
それはまだ、綾女が内裏のはしっこで暮らしていた時のこと。
父の常陸親王は綾女が生まれた時にはすでにそこそこ年を取っていて、綾女が生まれて数年後に妻も亡くし、少々心を病んでいた。
病んでいると言っても、落ち込むことが多くなった程度で、綾女に対して当たりがきつかったわけではない。むしろ溺愛されていたくらいで、幼い頃は暇さえあれば父の膝の上にいた。
ただ、遅かれ早かれ、綾女を一人残して逝くことを不安に思っていたのだろう。
そんな、ある日のことだった。
常陸国太守とはいえ、親王であるので、父は常陸国に居を移したわけではない。
綾女と共に内裏で暮らしていたが、あるとき、父は春日大社に詣でに行った。
外祖父の、そして亡き妻の実家の氏神にこっそりと綾女の将来の安寧を祈りに行ったそうだ。
その帰り道。
父と従者は道に迷った。
本来なら迷うはずもないような場所だった。
昼であったはずなのに、いつの間にかあたりは夜のように暗くなって、これはただ事ではないと父は気づいたらしい。
父は、昔から妖の類が見える体質だった。
ゆえにその体質を受け継ぎ、幼い頃より妖を目にすることが多かった綾女は、妖にはいい妖と悪い妖がいて、その見分けがつくようになるまでは見えても見えないふりをするようにと父から言い聞かされて育った。
父はそのとき、父の言うところの「悪い妖」に捕まってしまったのだろう。
のちに綾女に語って聞かせたことには、あの時は死を覚悟したと言っていた。
しかし、妖の術に囚われた父が、あの場で命を散らすことはなかった。
偶然通りかかった幼い鬼の子が、父を妖の術から救ってくれたという。
それが――綿星のいう「主様」である。
鬼に助けられれば対価を払う必要がある、というのは昔からの父の言い分だった。
いったいどこで聞いたのかはわからないが、鬼と神とは似て非なるものであり、神に祈り捧げものをするように、鬼に助けられたら同様のことをしなければならないと父は言った。
そして父は、その鬼に、綾女が大人になったら嫁に出すと約束してしまったらしい。
なんて勝手なことを、と綾女は怒ったが、父には父の打算があった。
自分が死んだ後、綾女を守る強い男が必要だと、そう考えたのだ。
鬼は悩み、その提案を受け入れた。
というのも、鬼にとってもその提案は悪い話ではなかったからだ。
帝は神の血筋。
先祖をたどれば天照大神に行きつく。
とはいえ、その血はかなり薄まり人と大差ないくらいになっていたけれど、鬼と神は似て非なるもの――親戚のようなものなので、鬼は神の血を好むらしい。
鬼は鬼同士か、神の血をその身に宿すものとしか婚姻しないそうだ。
親王である父には当然その血が流れているし、位階を与えられていない無品の内親王の綾女にもその血は受け継がれていた。
鬼にしてみたら、神の血をその身に宿す娘が得られる絶好の機会だったのだろう。
父と鬼との契約はすんなりと交わされて――そして綾女は、大変不本意なことに、鬼の嫁候補になったわけだ。
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ちなみに、綾女の境遇は「源氏物語」の末摘花を参考に作らせていただきました。