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序章

新連載開始しました!

平安ものです。

どうぞよろしくお願いいたします。

「はあ~、それにしても、今日はさっむいわね~」


 火桶(ひおけ)にあたりながら、綾女(あやめ)は着こんだ何枚もの(うちき)の襟元をぎゅうっと重ね合わせた。

 衣服を納めている唐櫃(衣装入れ)からあるだけの衣を引っ張り出して重ねたが、まだ寒い。


 長保三年、一月(むつき)――


 閉じた蔀(戸)の外ではしんしんと雪が降り続いており、年が明けて春が来たというのに、ちっとも温かくなる気配がない。


 ここは、碁盤(ごばん)の目のような平安の(みやこ)の、右京の外れ。

 人々から忘れ去られたようにぽつんとたたずむあばら家は、あちこちにガタがきているからか、どんなにきっちりと戸締りをしていても隙間風がひゅーひゅーと入り込む。

 こんなさびれた(やしき)に、かつては帝のおわす内裏(だいり)にいた姫が暮らしているなどとは、誰も思うまい。


「ようやくお湯が沸いたわね」


 火桶にかけていた銅瓶(ヤカン)から、綾女は火傷しないように気をつけながら、ところどころ漆のはげている器にそーっと注いだ。

 温かい湯を飲めば五臓六腑が温まる。


「早く温かい季節にならないかしら」


 ひゅ~っと音を立てる隙間風を忌々しく思いつつ、綾女はそっと息を吐いた。






 綾女の父は 、常陸親王(ひたちのしんのう)である。


 先代の帝の弟で、常陸国太守を任されていたからそう呼ばれていた 。

 父が生きていたころは、内裏のはしっこに部屋を賜り暮らしていたが、それも、六年前に父が他界するまでのこと。


 父が死ぬや否や、綾女の周りから人はいなくなり、あれよあれよと、この人気(ひとけ)のない邸とも呼べないあばら家に押しやられた。

 ついてきてくれたのは、父が生きていたころから綾女の面倒を見てくれていた命婦(みょうぶ)ただ一人。


 母は幼いころに亡くなった。母の実家である藤原北家(ふじわらのほっけ)の現当主――綾女の伯父――は今の帝の元に送り込んだ娘、中宮に何とかして男児を産ませようと必死なので、綾女の存在などすっかり記憶のかなたに追いやられているだろう。


 というか綾女という存在すら覚えていないと思う。

 権力闘争に明け暮れる殿上人(貴族)たちは、不要なものはあっさりと切り捨て忘れ去るのだ。

 親を失い後ろ盾もない姫など、まるでいなかったもののように切り捨てられる。

 これが男児であればまた違っただろうが、女児は宮家を名乗れない。父のように、名誉だけの肩書を得るのも不可能だった 。


 今上帝には溺愛する后がいたにもかかわらず、十二歳で入内させられた中宮も可哀想なものだ。

 そして、最愛の后を亡くしてまだひと月足らずの帝に、今年十四を数えたばかりの幼い中宮と子作りを薦める左大臣(伯父)もどうなのか。


 しばらく会っていない伯父の顔を思い出そうとしたけれど、あまりに朧気で諦める。

 母の弟とはいえ、人々から忘れ去られた内親王 である綾女にとっては、左大臣は雲の上の人だ。伯父とも従姉妹である中宮とも、今後関わることはあるまい。


 ずずず、とお湯をすすりながら、綾女はそんなくだらない権力闘争に巻き込まれなくて本当によかったと思った。






 こんなさびれた場所で暮らしているというのに、綾女の元に内裏の情報が入ってくるのはわけがある。

 普通であれば、邸に命婦と二人で閉じこもり、日々生きるのに精一杯の綾女に殿上人たちの情報が入ってくるはずがないのだが、せっせせっせと綾女の耳に情報を入れたがる変わり者――というか、変わり「物の怪」がいるのである。


「嫁様ー! いい加減、主様と結婚してくだされ!」


 火桶で餅を焼いていた綾女は、その声に「げっ」と顔をしかめた。

 しっかり蔀を閉じておいたのになぜか屋敷の中に入り込んできたのは、ふわふわの綿毛のような毛におおわれた白狐である。

 それが、空中をぱたぱたと走りながら綾女のそばまでやって来た。


「こんな昼間から堂々と歩き回るなんて、あんたいつか陰陽師に調伏されても知らないわよ」


 やって来た綿毛狐は、物の怪だ。

 額に星の模様があるから、綾女は彼を「綿星(わたぼし)」と呼んでいる。

 どういうわけか綾女は昔からこの手の()()()()()()()が見える体質だった。

 それは十六歳になった今でも変わらず、むしろ強くなっていく一方だ。


「心配してくれたのか嫁殿!」

「誰が嫁よ! そして心配なんてしてないわよ! というか邪魔っ! ちょっと、これはわたしの餅よ! よだれたらさないで‼」

「やや、失礼をば! ……だがうまそうな餅ですな」


 じーっと大きな青い目を餅に注いでいる綿星は、垂れてきたよだれを器用に前足で拭った。


「だからこれはわたしの……」

「主様から貢物がございます」

「仕方ないわね一つだけよ」


 嫁というのは認めないが、貢ぎ物はいただきたい。

 綾女はころっと態度を裏返すと、二つあった餅のうちの一つを皿にのせて綿星の前においてやった。

 綿星は餅が冷めるのを待っているのか、前足でちょんちょんとつつきながら温度を測っている。

 そんな綿星を無視して、綾女は餅にかぶりついた。


「で、貢ぎ物って?」

「米や野菜などを持ってまいりました! 今、命婦殿が仕分けしておいでですぞ。ですから主様と結婚――」

「しません」


 こんなさびれた屋敷で暮らしているのに毎日をしのげているのは、綿星が「主」と呼ぶ男からの貢物があるからである。

 綿星が、むーっと目をすがめた。


「なんでですか! 主様はいい男ですぞ! それはもう美男子で、女子がぽーっとなる見た目ですぞ! 年も二十歳! 男盛り! 大きな屋敷も持っていてお金持ち! 何が不満ですかっ」


 わーわーと騒ぎ出した綿星に、綾女は口の中の餅をごっくんと飲み込んでから、むんず、と綿星の首元を掴み上げた。


「あんたもしつこいわね! 何度も言いますけどね、わたしは、人外のものとは、結婚なんて絶対に、したくないの‼」


 そう、綿星の言う「主様」。


 それは、俗に「鬼」と呼ばれる妖なのである。






お読みいただきありがとうございます!

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