プロローグ
この間、1年半付き合った彼氏に振られた。
マッチングアプリで出会って、なんとなく始まって、なんとなく続いた人。悪くなかった。……まあ、良くもなかったんだろうけど。
彼は、アプリをやめてなかったようで、なんとなく気づいてはいたんだけど。
(YouTubeの広告にアプリの動画が出てくるたび、ああまだやってるんだなってなんか気づくじゃん)
かといって怒るでもなかったし、
――だから私は、本当にどうでもよかったんだろうと思う。
しかしな、アラサーでいい年の私をそう簡単にポイ捨てするとは本当にいい度胸だ。
そんなこんなで今日は婚活パーティーに出かけた。
人並みに結婚願望がある28歳。
婚活市場では需要、ギリギリ。
私の職場は広いレストランで、よく婚活パーティ会場に使われているってだけで気が進まなかったけど
だって、アプリはなんかもう嫌になっちゃったし。
今日のパーティは「日本酒婚活」
――別に日本酒なんて好きじゃないけど。
私は明るいタイプでもないし、お酒の力でうまくやれたらいいな、なんて思ってた。
でも、現実は。
口が臭い人、話し方に癖がある人、お酒の勢いで早口になる人。
私が勢いを借りる前に、周りの男たちが借りすぎていた。
緊張して減らなかったおなかも開始30分でぐぅぐぅと雄叫びを上げはじめ
テーブルに置いてあったサンドイッチをつまんだが、パサパサで具もなかった。
そういえば“手前にしか具が入ってないサンドイッチ”って話題になってたな、なんて思い出して、つまらない気持ちになった。
マッチングせず、呼吸を殺して2時間。
金だけ捨てて、私は駅へ向かった。
ものすごい思い付きで、目についた南武線の電車に乗った。
乗ったこともない電車だ。
(ちょっとした冒険だ~)、なんてわくわくしてたら痴漢をされ、ため息をつきながら知らない駅で降りた。
改札を出た瞬間、爆笑が聞こえた。
男2、女2。キラキラ。あまりに楽しそうで、
心の中で悪態をついて目をそらした。
ふらふらと街を歩く。
どうということもない街。だけど雑貨屋なんかもあって、意外に時間は潰せた。
小腹が空いて、ふらっと入ったバーのような小料理屋のような店。
期待してなかったけど、味はその下をいった。全部まずい。
「こういう店は美味しくてほっこりするのが定番じゃないのかよ」とキレそうになった。
くそが、腹立つ。
外に出ると、雨。
なんかもう、今日は最悪だ。
、、、というかここのところずっと最悪。
厄年か?いや、まだだっけ?
傘なんて、もちろん持ってない。
酔いも回ってきて、足元がおぼつかなかったけど、
とりあえず酔いを醒まそうと歩き始めた。
とりあえずここはどこなんだろう。
駅はこっちか?
まあ最悪はタクシー拾って帰ろう。
独身アラサー、趣味なし女。財布のひもはゆるゆるだ。
星見えるかな、と目を凝らして空を仰いだ。
見えそう、目を細めれば。
目に雨が入って、ふらっとした拍子に転んでしまった。
伝染したストッキングと、膝からにじむ血。
ひりひりする。
立ち上がる気力が無くてとりあえず座り込んだ。
(あー、こっからどうやって帰るかなー)
そのとき。
「うわっ!」
目の前に、メガネが落ちてきた。
バサッと傘が転がり、スーツの男がしゃがみ込む。
「ごめんね、お姉さん!大丈夫?」
私の体を見て異常がないか確認しつつ、肩に触れた。
触るのに抵抗感ないんだなあとぼんやり思う。
右手に携帯を握っていたから、傘を差して携帯を見ながら歩いていたのだろう。
「大丈夫、こちらこそごめんねえ」耳に髪を掛けながら男の顔を見る。
――あれ。見たことある。
「血出てるじゃん、絶対ダメだよそれ。」
血はさっき勝手に転んだだけなんだけど、説明するのも面倒だなあ。
「俺、そういうの放っておけないんだよね、連れて帰っちゃお」
お姫様抱っこでもされんばかりの勢いで、腕がわきの下に潜り込んでくる。
そこで彼はメガネを思い出したのか少し長めの前髪をかき上げて、メガネを拾いに行った。
チャラすぎる逃げなきゃ、思うと同時に思い出した。
(あ、こいつ後輩だ。直属の。)
めちゃくちゃ真面目でな後輩が目の前でチャラ活動をしている。
全然雰囲気ちげーな。
いたずら心に火が付いた。
メガネをかけ直して振り返り様に勢いよく私を抱き上げる。
ほんのりお酒の匂いがするから、酔っているんだろう。
「じゃいこっか!」とニコニコしながら私を見た彼の顔から急に笑顔が消えた。
私はちょうどどうでもよく、ちょうど冒険したい気分だった。
「連れて帰っちゃうんでしょ?」
彼の頬に指を指した。
私は少し、わくわくしてた。
目を合わせずに「うわ、まずいよ…」と言いながら、私を抱き上げたまま歩き出した。
くそみたいな一日だったが、ようやくお酒の勢いを借りられそうで、冒険も成功しそうだ。