9,守るよりも打って出る
「急な呼び出しがね……。もっと寝たかったけど」
昼過ぎに、千賀子がスマホを握りしめて部屋から出てきた。
瑠唯は、涼介がいないタイミングでゲームを進めて良いものか迷い、リビングのソファでスマホを眺め続けているうちにうたた寝をしていたが、そこではっと目を覚まして体を起こした。
「珍しいね、お母さん。夜勤からの連勤なんて、ひとが足りてないの?」
「今回は特別……。少し危ない任務で、その分各種手当もついているから、会社側からの無茶振りも聞いておこうって感じね」
危ない、と言われて瑠唯は真顔になってしまった。
(要人警護、つまりボディガードとはいえ、お母さんは民間人だから命がけにはならない……はず。でも、昨日からいろいろあったからなぁ。一応聞いてみる?)
普段なら、親子とはいえ立ち入った話はしないようにしている。千賀子の仕事は秘匿性が高いもので、家族にも言えない内容が多いと説明を受けていたからだ。
しかし、涼介によみがえった前世の記憶といい、それをなぞるかのように現れた「攻略対象者らしい人々」といい、何か周囲で異変が起きているかもしれない。瑠唯なりに、危機感を覚えている。
雑談程度に、探りを入れることにした。
「お母さんのいまの仕事って、もしかして妖怪とか超常現象絡み?」
突拍子もない問いかけになったが、千賀子はくすくすと笑って答えた。
「人間じゃなくて、モンスターから要人を警護しているのかってこと? だったら面白いんだけど、残念ながら敵は人間なのよねえ」
あんた何言ってるの? と呆れた反応ではないものの、さらりと「敵」という単語が出てくるのは十分気になるところである。
「敵いるんだ!?」
「あー…………」
失言したなぁ、という様子で千賀子は眉をしかめた。
シャワーを浴びようとしていたようで、リビングから出ていこうとしていたが、引き返してくる。
ソファの横に腕を組んで立ち、意を決した様子で口を開いた。
「普段ならこういう話はしないんだけど、この際だから言っておくね。今回の警護対象者は明確に命を狙われているの。詳しいことは言えないけど、警視庁からSPも来てる。でも絶対数が足りないからって、民間のボディガードまで雇い入れているわけ。本来『新しく雇い入れた人材』って内通者のリスクがあるから良くないんだけど、うちの社長が警護対象者と昔からの知り合いらしくて……、ちなみに、北沢くんは社長の息子。まあいいんだけど、そのへんは。ということで、お母さんはいま、危ない仕事をしています!」
やっぱり妖魔と戦っているのでは? と、喉元まできていた言葉を、瑠唯はなんとか呑み込んだ。重要なのは、千賀子がいま、仕事とはいえ何かしらのっぴきならない事情のある相手と関わりを持っているということだ。
(なんとなく「人生のネタバレ」を食らいそうな気がしていたし、涼介もいなかったから「巡る世界の五重奏」をプレイしていなかったけど、進めておけば良かったかも……! 絶対、お母さんの警護対象、何かあるひとだ……!)
キャラクターに関しては基礎知識しかなかったが、警護対象になりそうなキャラにはうっすら覚えがある。
攻略対象者の中でひとりだけ、妖魔対策部隊所属ではなく外部から「異能がずば抜けている」という理由で、ラスボス討伐のために合流しているキャラがいるのだ。
皇太子、柊。青龍班で木属性。ツンデレ。
まさかという思いはあったが「蛍」「真澄」ときたあとなので、瑠唯は「もしかして、お母さんの警護対象者は柊っていうひと?」と聞いてみようかと悩んだ。
しかし、ストレートに聞いても立場上、千賀子は答えられないはずだ。
「危ないのはそういう仕事だから仕方ないにしても、お母さん、涼介とまだゆっくり話してないよね。今晩もうちに来てくれるって言ってたから、お母さんも帰って来られるようならなるべく早く帰ってきてね」
瑠唯が当たり障りのない範囲で言うと、涙腺が弱っているらしい千賀子はまたもや目を潤ませて頷いていた。
「そうよね! 絶対生きて帰ってくるからね! あと、べつに私は作戦内では末端だから身内が狙われるなんてことはないと思うけど、戸締まりは気を付けてね! こういうときに男の涼介が家にいて、あんたひとりじゃないって思うだけでお母さんだいぶ安心できるわ!」
じゃあ急いでいるから! とバスルームに向かう千賀子の背を見送り、瑠唯はソファに力なく倒れ込んだ。
頭の中がわしゃっとしていたが、そんな場合ではないとスマホを手にして、涼介へとメッセージを送る。
――お母さんの警護対象がやばそう。警視庁も出てきてる案件みたい。戸締まりきちんとって言われたけど、涼介早めに来られそう?
すぐに既読になり、返事がくる。
――今から向かう。母さんの警護対象って誰か聞いた? うちの近くって言っていたから一応俺も調べてみていたんだけど、ここ怪しいと思わないか?
そこから、すぐにマップのスクショが送られてきた。
(公園?)
都内であると考えれば、かなり常識外れの敷地面積を誇る森林地帯。中央に建物らしきものが見える。
追って送られてきた住所から考えるに、徒歩で二十分くらいの距離だろうか。駅とは逆方向で、通っていた小学校・中学校とも離れていたので、これまでその付近に近づいたことはなかったが、公共機関や公園であれば知らないということはなさそうなので、何かもっと別のものではないかと思われた。
――なんだろうこれ。宗教施設?
――個人宅みたいだ。護衛をつける理由は、何かしらありそうだとは思う。俺からは北沢さんに、何も知らないふりしてメッセージしてみる。
――わかった。お母さんはたぶん聞いてもこれ以上教えてくれないと思うけど、出かける前にもう一回探りを入れておく。涼介も気をつけて来てね!
スタンプひとつの返事で、メッセージはそこで途絶える。
瑠唯は千賀子が出るまでに会話を試みたが、結局追加の情報を得ることはできなかった。
入れ替わりのようなタイミングで、涼介がマンションに到着した。
そして、躊躇なく瑠唯に言ったのだった。
「まだ明るい。いまのうちに、この辺見に行って来ないか?」
「危なくないかな?」
「逆に考えよう。戸締まりが必要ということは、家バレで狙われる可能性が万に一つでもあるということ。そうなったときは、家の中にいたらもうそれだけでアウトだと思う。じっとしているくらいなら、考えつくことはしてみた方がいい。大丈夫、俺がいるから」
双子の兄の力強いセリフに、瑠唯は「わかった」と言ってから、付け足した。
「私もいるからね! 全然記憶はないけど、翠扇だったら主人公補正があるはずだから! いざというときは、私が涼介のことを守るから!」
苦笑いをした涼介は「そうだな。前世で俺は悲惨なエンドだったから、そこは頼りにしておくわ。ヒロイン翠扇」と言ったのだった。
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