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6,そこにフラグがあるじゃろ? あってはいけないフラグが!

「べつにねえ、瑠唯も年頃だしそういうことに興味もある年頃だから頭ごなしにどうこう言おうなんて思わないんだけど、玄関入ったら男の靴があるじゃない? ついつい戦闘態勢で探索していたら、キッチンにカレーがあってびっくりして。そこに生き別れの息子が出てくるなんて、完全に予想外よっ」


 明らかにカレー鍋を気にしつつ、カレーを食べたい様子で母の千賀子(ちかこ)は熱弁をしていた。


「そうだよね。生き別れの息子はともかく、疲れて帰ってきた家に食べ頃のカレーがあったら驚くよね。食べていいよ。いま温めるね」


 できた息子であるところの涼介は、再会した母を優しい言葉で受け止めているようだった。


「もうっ、瑠唯からはなんの連絡もなかったから。涼介が帰って来ているならひとことくらいあってもいいのにっ」


 千賀子の苦言はもっともな内容だったが、そもそも昨日のように停電があったときに「そっちはどう? 大丈夫?」などと連絡しあうこともない母娘関係である。メッセージアプリを開けば最新のやりとりは一ヶ月前くらいに終わっているのではないだろうか。


(涼介とお父さんはどうなんだろう。というか、涼介からお父さんに「実家に泊まる」と連絡があったら、お父さんからお母さんに「世話になるのでよろしく」とか普通あるんじゃない? どうなってるの、うちの家族)


 伝言ゲームが下手どころか、始まってすらいない。

 自分も悪い自覚はあるので、瑠唯は誰かに文句をつけるわけにもいかず、ひとまずリビングに向かおうとした。そのとき、背後にひとの気配を感じて、振り返った。


「おはようございます。……すみません。朝からお邪魔しています。お母様と同じ会社で働いている北沢(きたざわ)と申します。すみません」


 二回謝られた。かなり恐縮している。

 玄関に立っていたのは、引き締まった体にぴしりとワイシャツを着こなした長身の青年だ。清潔感があり、困ったような微笑を浮かべた顔立ちは、ぱっと目を引くほど整っている。姿勢がよく、どんなイケメンキャラのコスプレでも映えそうなスタイルの良さだった。


「おはようございます。ここで何を……?」


 夜中の災害対策云々で、部屋着ではなくカットソーと楽なスカートで寝ていたおかげで、寝起きとはいえ多少ましな姿での対面である。顔を洗っていないのは痛恨だが、これだけ恐縮している相手がそんなことを気にすることはない、と思う。


「今朝までこの近くの現場だったんですが、解散間際に鳥のフンが頭に命中しまして。佐藤さんが、うちが近くだから洗い流していきなさいと言ってくださったんです。このまま電車やタクシーに乗るのもいろんな方に迷惑かと、甘えさせていただくことにしました」


 滑らかな口ぶりで説明してくれる相手を、瑠唯はまじまじと見てしまった。


(頭に鳥のフン? 見えないけど、後ろ側?)


 その反応をどう思ったのか、相手は胸ポケットから名刺入れを取り出し、一枚差し出してきた。


 黒竜警備保障 警護課 北沢真澄


 千賀子は警備会社勤務で、現在は要人警護のような部署にいると聞いている。夜勤ということは、それなりに緊急性や重要度の高い顧客に対して、夜通し身辺警護についていたことを意味する。

 瑠唯が文字列を目で追ってから顔を上げたところで、真澄が控えめに声をかけてきた。


「中途で入社して一年くらいです。お母様には、とてもよくして頂いております」


「それはどうも、ご丁寧にありがとうございます」


 内容を確認したので返そうとしたら「さしあげます」と微笑まれる。大人の男性から名刺をもらう機会などそうそうあるわけではないので、瑠唯はどうしたものかと手に持ったまま、リビングへと向かった。


 息子と出会ったせいで興奮しているのか、千賀子は普段あまり見たこともないテンションで「カレー大好きなの、ありがとう。えっ冷蔵庫にもいろいろある? そっかー、全部食べるねっ」と騒いでいる。嬉しいやら照れ隠しやらで情緒が乱れまくっている様子だ。


「おかーさん。鳥のフンのひとが玄関で待ってるよ。家にあげていいの?」


「ああ、北沢くんね! そうそう、頭に鳥のフンが落ちてきちゃったの、ひどい状態だから連れてきたわ。北沢くん、どうぞー! 上がってー!」


 千賀子が声を張り上げると、恐縮しきったままの真澄が廊下をそろそろと足音も立てずに歩いてきた。家が小さくなったかな? と錯覚するほどの長身である。


「すみません、ご家族でお揃いのところに、お邪魔します。バスルームをお借りします」


「着替えも必要よね。ジャケットは完全にやられていたけど、シャツも汚れているでしょう? 別れた夫の荷物も残っていないし、年頃の娘がいるから裸でいいわよとも言えないし。あら困ったわ。急いで来ることばかり考えていて、コンビニにも寄らなかった」


 遠慮がちな真澄に対して、千賀子がわーわーとまくしたてる。事情がわからないだろう涼介に、瑠唯は名刺を渡しながら「お母さんの会社のひと」と説明をした。

 名刺を確認した涼介は、顔を上げて真澄の方へと視線を向けた。


「コンビニで昨日買った着替えを持ってます。下着とシャツだけですが、サイズは大丈夫じゃないかと。俺は服のまま寝てしまって、着替えてなくて」


「ありがとう。助かります。あとで同じものを買って返します」


 真澄は、涼介を見てほっとしたように微笑んだ。


「あ、この子はね、別れた夫と暮らしている息子なの! 今日うちに来るとは聞いてなかったけど、カレーを作ってくれていたみたいで!」


 カレーはほぼほぼ私だよと瑠唯は主張したかったが、ひとまず黙った。生き別れの息子が作ってくれたカレーだと思ったほうが、美味しく食べられるかもしれない。

 明らかに緊張を解いた様子で、真澄は穏やかに言った。


「女性だけの家でバスルームを借りるのも気がひけていたので、男性がいてくれて良かったです。長居はしませんが、俺が出ていくまではこの家に居ていただけますか?」


「はい。休みだしべつに用事もないので。バスルーム案内しますね。母さん、いいよね? バスタオルとか脱衣所にストックあるのは昔のままだよね」


 さらーっと言いながら、涼介は「こっちです」と真澄を連れて行った。

 立ち去るその後姿を、千賀子は目を潤ませて見ていた。


「……かーさんって言われちゃった……。昔は『お母さん』だったよね。大学生くらいだったら『おふくろ』かなあと思っていたけど、そっか、かーさんって言うのね」


「『おふくろ』は難易度高いと思う。『僕』が『俺』になるのは比較的簡単だとしても、お母さんからおふくろは、さりげなく移行しにくいから。現実的にはどのタイミングでおふくろになるんだろうね?」


 当たり障りのない会話をしているうちに、涼介が戻ってきた。


「北沢さんのシャツとスーツ、ウォッシャブルだっていうから、軽く洗ってから洗濯機まわしておいた。ごはん食べていくようにすすめたよ。冷蔵庫の中のものを使って、いろいろ作ったんだ。かーさんも、お腹空いているならいま食べるよね。夜勤お疲れ様」


 てきぱきとキッチンで働く様子に、千賀子はまたもや目を潤ませていた。だが、本人に向かって素直に嬉しいと言える性格でもない。


「わかった。まずは着替えてくるわね!」


 そそくさと、自分の部屋へと引っ込んでいった。

 二人きりになったところで、涼介がすかさず言った。


「さっきの北沢真澄さんっていうひと、攻略対象者だな。妖魔対策部隊では護衛部で普段は要人警護を担当している。目立たないように振る舞っているけど、帝国妖魔対策庁の長官の息子で、次期長官と目されている実力者。優しい年上お兄さんキャラで、性格の裏表はあんまりない。ただし攻略サイトによると、子作りに執着があり絶倫で、ルートに入ると所構わず迫られるとか」


「クズだ!」


「まあ、関係を持てば結界を張る能力が低くなるとわかっていても、翠扇(すいせん)に何がなんでも自分の子どもを産ませたいって迫るのはどうなんだろうなとは思う」


 しみじみと涼介が同意する。

 どうも、攻略サイトを読み込んだとはいっても、実際にキャラとヒロインが関係を持つのはエンディング後だとかたくなに信じている様子だ。


(前世の価値観だとそうかもしれないけど、そこはエロゲですよ。絶対ルート固定後はエンディング待たずに……。だいたい、執拗に関係を迫るキャラがいるってことは、「能力値の高い者同士で交わると力が倍増する」とかエロゲ的な設定があるはずだって)


 瑠唯としてはそう考えずにはいられないのだが、これは恥じらいもあって涼介には言いにくい。

 もじもじしている横で、カレー皿を並べた涼介がぼそりと言った。


「しかしこうも現実側であっちのキャラに遭遇するってことは、この先全員揃うんだろうな。俺はあっちで翠扇が誰を選んだかは知っているけど、瑠唯はあの中から誰かを選ぶんだろうか」


「フィクションと現実を混同している場合じゃなくないですかー!?」


 涼介はおっとりと笑っていた。手元に、カレー皿は四枚。このまま四人で朝食をとるつもりで準備を進めているようだった。


「朝から食うかな? と思ったけど、肉体労働だし母さんも北沢さんも食べられるだろうな。昨日の作り置きから、マカロニサラダとキャロットラペもつけておこう」


 そこに、シャワーを浴びてタオルオフしただけの濡れた髪のまま、真澄が姿を見せた。


「ドライヤー使えばいいのに」

「短いからすぐに乾くので、大丈夫。カレーの匂いがすごく良くて、急いで来てしまいました。本当に俺もいいんですか」

「もう準備してます」


 涼介の態度はそっけないが、真澄はとても嬉しそうな顔をしながら涼介に熱っぽいまなざしを注いでいた。


 あ、と瑠唯は声が出そうになった。


(涼介~~~~! 立野くんに続き、北沢真澄さんもフラグ立ててない? どう見ても好感度上げまくってるけど、なんなの?)


 涼介自身はまったく気にした様子もなく「何か飲みます?」と真澄に声をかけている。その様子を見ながら、瑠唯はまさかと思わずにはいられなかった。


 本当に涼介は彩花(いろは)なのだろうか? よほど正ヒロイン翠扇のほうがふさわしい動きをしている気がする、と。


(で、でも涼介と子作りに執着している絶倫お兄さんは組み合わせ的にちょっと違う気がする。その恋は始まる前に阻止したい……!)


 妹は心配性なのだった。


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そこに 3びき ポケモンが いる じゃろう!
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