5,できる兄です?※
「ブレーカーかな?」
暗闇の中で動きを止めて瑠唯が呟くと、ソファの辺りで涼介のスマホが光った。
「……SNS見ているけど、停電だって言っているひとがちらほらいる。この辺一帯やられているのかも」
そう言いながら立ち上がり、カーテンを開ける。月や星が出ているのか、周囲の建物の灯りがなくとも、真っ暗闇ではない。青ざめた弱い光の中で、涼介は「停電だな」と呟いた。ひとまず、事態を把握した瑠唯はほっと息を吐いた。
「情報を得る側としてはSNSの発信はありがたいけど、個人のアカウント運用としてはうっかりだなぁと思うよね。停電している世帯がそんなに多くなければ、時間帯や普段の言動や行動範囲と合わせて住んでいるエリアがかなり限定されちゃう」
せめて速報が出るまで待てばいいのにと言いながら、瑠唯はコーヒーを淹れるのを諦めて、リビングへ戻った。ソファの端に腰を下ろして「復旧するかな?」と口にする。
「雷が落ちたわけでもないし、理由がわからないからなんとも。充電器は持っているけど、あまり無駄遣いしない方がいいだろうな。冷凍庫の中は大丈夫そう?」
「ん~……アイスが入っているのが気になる。食べちゃおうか。こういうとき、あんまり開け閉めしない方がいいって言うからすぐに取ってくる」
どこかに置き去りにした自分のスマホを手にするまでもなく、一緒についてきた涼介がアイスとスプーンを取るまで照らしてくれたので、迷わず動くことができた。
「ゲームも途中になっちゃったね。やりすぎ防止に、ちょうど良かったと思っておくところかな」
チョコミントアイスを食べながら瑠唯が言うと、クッキー&バニラのアイスを食べている涼介が「まあそうだなぁ」とのんびりと言う。
「ストーリーが進めばどうしたって分岐になるから、誰かを選ばざるを得ない状況になる。瑠唯はもう、誰を選ぶか決めている?」
「決めてない。『巡る世界の五重奏』って、何年も前から名前は聞いたことがあるゲームだから、なんとなく知っているけど、積極的に情報は入れてないんだよね。十八禁だし」
その点に関して、瑠唯はルールを守ってきた。公式だけではなく、十八歳以下フォロー禁止のクリエイターさんをフォローしないなど、当たり前に気をつけるべきところで気をつけていると、オタクといえど情報はあまり入ってこないものである。
ここで「オタクたるもの、法の網をくぐって」などとアウトロー気取りで裏技を開陳する輩がいたら、その方が噴飯ものだ。
「ヒーローは五行の特性にあわせて五人いるのは知っているし、ビジュアルもオープニングムービーで見て知ってる。朱雀班で火の蛍、玄武班で水の渚、白虎班で金の真澄、麒麟班で土の陸人、青龍班で木の柊。見た目だけなら私は麒麟の陸人っていうキャラがいいなぁと思ってる。長髪の」
「ドクズだ」
アイスを噴き出しかけた。
なんとかこらえて飲み込み、瑠唯は涼介を見た。
「まさかドクズからの一途キャラって」
「あいつだよ。見るからに女好きって顔してるだろ。現実にいたら絶対、近づいてはいけない気配が漂っているはずだ。あいつはな……」
そこで涼介は言葉を呑み込み、アイスをばくばくと食べ始めた。
「気になるところでやめないで」
「これ以上はネタバレになる。推しキャラのネタバレを聞いて、この先無垢な気持ちでゲームをプレイすることができるのか? ほら、アイス溶ける前に食べたほうがいい」
うううと呻きながら、瑠唯は「アイス美味しい、アイス美味しい」と食べきった。
そこでぱっと電気がつく。
長引かなかったことにほっとして「コーヒー淹れるね」と立ち上がり、二人とも次のまさかに備えてスマホを充電したり、トイレをすませたりとしているうちに涼介が気づいた。
「ゲームが立ち上がらない」
「故障? ゲーム機は動いているんだよね?」
すぐに涼介が手際よく調べて「サーバートラブルでメンテナンスに入ってる。復旧は不明」との情報を確認した。
今日はもうどうにもならないと結論が出たところで、涼介が「それじゃあ」と立ち上がる。
「冷蔵庫や冷凍庫の中のもので、料理できそうなものがあれば作り置きの惣菜にでもするか」
「お兄様がとんでもないことを言い出した」
「IHだから、もし次の停電がきたら何も出来ないよな。すぐに腐る季節でもないし、ご飯も炊いておく? 何かあったときコンビニだってレジ動かないだろうし、迂闊に買いに行けば暴動が起きているかもしれないし。冷蔵庫開けてもいい?」
「災害対策が完璧! 頼りになる! どうぞどうぞ、なんでも使って」
瑠唯が考えたことと言えば、夜中に何かあったら困るから、すぐに家から出られるような格好で寝るようにしよう程度のことだった。地震があったときは、余震が怖いのでいつもそうしている。
(つくづく、今日涼介が家にいて良かった……。両親が離婚して家族が解散してからは、お母さんが夜勤でいないときはいつもひとりだったし。家に家族がいるって、こんなにも安心できるものなんだな)
大学生ともなれば、一人暮らしをしているひとも多いので「夜に一人は嫌だ」という会話自体が甘えだと思っていた。この先社会人になれば、実家を出るのもある意味当然の流れなので、そういう「思っても話題にはできないこと」は増えていって、誰にも言う機会がないまま自分の中で折り合っていくしかないのだろうと感じていた。
涼介は冷蔵庫や野菜庫、冷凍庫までざっとチェックしてから、いろいろと取り出している。
「夜勤明けの母さんって、何か食べるんだろうか。簡単にカレー作っておくか。野菜結構あるから、作り置きはコールスローときんぴらとマカロニサラダとかキャロットラペあたりがいいかな。保存容器はある? きっちり密閉して冷蔵庫入れておけば四日くらいは日持ちする。停電したらその限りではないだろうけど」
「レシピなくてもできるの? そんなに? いつの間にそんなに料理できるようになったの?」
「父親と暮らしている間に? 時間もあったし、食べたいものは自分で作れた方がいいなと思って。瑠唯は料理しないの?」
ごく自然に話を振られて、瑠唯はしゃがみこんだ。
「私は食べられるものを食べていればそれでって感じ……。材料は、お母さんが時間あるときに料理しているんだけど、最近は買うだけ買ってだめにしていることも多いかな。疲れていて。だから、帰ってきて料理が出来ていたら喜ぶと思う」
「なるほど。食材すっからかんにするなって怒られる心配がないなら、作っておこう。……瑠唯も一緒に作って、少しでも料理覚える?」
短い会話から、涼介は「瑠唯は特に料理をしない」と悟ったのだろう。
「ひとから教えてもらう機会って、無いからね……。いまさらお母さんとそういう会話もしないし。うん、一緒に料理作る!」
瑠唯に対して「あんたも少しは料理を覚えなさいよ」「自分でできるようにしておきなさい」と口うるさく言っていた母も、高校受験の頃から何も言わなくり、それっきりだった。
(あのとき、両親が離婚しないで家族がばらばらにならなかったら、どうだったんだろう。涼介は素直にお母さんから料理を教わっていたのか、それとも何もしない男になっていたのか)
その「もしも」は、ルート選択もセーブデータもやり直しもないこの現実世界では、決して知ることができない。
幸いだったのは、双子の生き別れは一生ものにならず、こうしてまた会うことができて、子どもの頃に一緒に暮らした家で仲良く会話ができていることだ。
ここからまた、ふつうに兄妹としてやっていけることに、瑠唯は感謝したい気持ちになった。
「あのね、私もカレーくらいならできるんだよ。野菜切ってカレールウを入れれば食べ物になるから。ご飯炊くのも問題なくできる」
「じゃあ、そっちはよろしく」
二人で作業分担を話し合い、並んで料理をしながら「海外生活どうだった?」などと話しているうちに時間はあっという間に過ぎた。そろそろ眠くなってきたねと、0時過ぎに解散。
次に目を覚ましたのは、帰宅した母親がキッチンで大騒ぎしている声を聞きつけたときだった。
先に起きたらしい涼介が「怪しい男じゃなくて息子です」という説明をしているのを見ながら、瑠唯は母親に連絡しそびれていたことを思い出した。
☆設定&登場人物紹介☆
『巡る世界の五重奏』
明治が六十年続いたあとの、架空の大正時代が舞台の和風乙女ゲーム。
妖魔が出没する帝都で、一定期間妖魔を寄せ付けない『結界』を張る能力者の中ではトップの実力を誇る、名門有馬家の令嬢翠扇がヒロイン。
その力は重宝されるものの、結界が行き届かない地域や、効力が切れた場では妖魔が跋扈する。
妖魔と戦う能力を持った五人の攻略対象者たちと協力して妖魔のボスを倒すまでの一年間、イベントをこなしつつ推しヒーローとの好感度を上げてハピエンへ!
*巡る世界の五重奏キャラクター*
★有馬翠扇 18歳
ヒロイン。
有馬家の当主と目されていながら駆け落ちした母から生まれ、両親の死後不遇な子ども時代を過ごしている。
有馬家に引き取られてから「結界」の能力を発揮し、妖魔対策部隊の作戦中核メンバーに抜擢される。
★有馬彩花 19歳
意地悪な義姉(※実際は女性と偽っている男性で、2周め以降攻略可能キャラとなる)
翠扇の従姉。次期当主と思われていたが、翠扇が現れてから能力で遅れをとり、二番手となる。
嫉妬から数々のいやがらせをする。
ゲームでは、翠扇の知らぬところで翠扇をかばい、その身代わりとなって妖魔の生贄になって死んでいる。
*蛍 18歳
妖魔対策部隊所属。朱雀班(火属性)。
戦闘に出ていないときは炊事部で料理担当。甘味が得意。
ムードメーカー的さわやか弟キャラ。ルートに入るとヤンデレ化する。
*本編キャラクター*
◆佐藤瑠唯(翠扇)農学部 18歳
和風乙女ゲーム「巡る世界の五重奏」ではヒロイン翠扇だったらしい。
◆守谷涼介(彩花)??部 18歳
瑠唯の双子の兄、海外帰り。最近まで生き別れていた。
「ヒロインを虐げる意地悪な義姉だった記憶」が突如よみがえった。
◆立野蛍他大学 18歳
瑠唯の中学・高校の同級生。「いいひと」現在はファミレス店員。